2013年5月17日公開の「Aurangzeb」は、ムガル朝第6代皇帝アウラングゼーブが題名になっているものの、アウラングゼーブ帝の物語ではない。アウラングゼーブは皇位継承争いの中で父親のシャージャハーンを幽閉し、兄のダーラー・シコーを殺して、自らが皇帝に就いた。デリー近郊のグルガーオンを舞台に、父子の物語が重層的に描かれた硬派な映画である。
監督はアトゥル・サバルワール。長編映画の監督は初である。主演はアルジュン・カプール。他に、リシ・カプール、ジャッキー・シュロフ、プリトヴィーラージ・スクマーラン、ザーラー・カーン、スワーラー・バースカル、ディープティー・ナーヴァル、タンヴィー・アーズミー、スィカンダル・ケール、スミート・ヴャース、ラスィカー・ドゥッガル、アムリター・スィン、カヴィ・シャーストリー、アヌパム・ケールなどが出演している。
舞台はグルガーオン。アーリヤ・ポーガト警部(プリトヴィーラージ・スクマーラン)の父親ヴィジャイカーント・ポーガト元警部補(アヌパム・ケール)は、グルガーオンを支配するギャングのドン、ヤシュワルダン・スィン(ジャッキー・シュロフ)逮捕に向けての捜査中に彼の妻ヴィーラー(タンヴィー・アーズミー)と双子の息子の一人ヴィシャール(アルジュン・カプール)を誤って殺してしまい、辞職して失意の中で生きていた。アーリヤは叔父ラヴィカーント・ポーガト警視(リシ・カプール)に育てられていた。ラヴィカーンとの息子デーヴ(スィカンダル・ケール)や、娘のトリシュラー(ラスィカー・ドゥッガル)の夫ヴィシュヌ(スミート・ヴャース)も警察官であった。アーリヤ警部にはスマン(スワラー・バースカル)という妊娠した妻がいた。この警官一家の中で、汚職に染まっていない警察官はヴィシュヌのみで、ラヴィカーント警視、アーリヤ警部、デーヴ警部補は、下々の者からみかじめ料を集める「コレクション」をして金を稼いでいた。 ヤシュワルダンは表向きは不動産王としてグルガーオンに君臨していた。ヤシュワルダンの双子の息子の一人アジャイ(アルジュン・カプール)は、恋人のリトゥ(ザーラー・カーン)と遊びほうけており、ヤシュワルダンを呆れさせていた。ヤシュワルダンのビジネスパートナーで愛人のニーナー・ワードワー(アムリター・スィン)は、ヤシュワルダンのビジネスを虎視眈々と狙っていた。 ある日、ヴィジャイカーントが死去する。ヴィジャイカーントは死ぬ前にアーリヤ警部に、死んだはずのヴィーラーとヴィシャールが実はナイニータールで生きていることを明かし、彼らの世話をするように頼む。アーリヤ警部は、ヴィシャールがヤシュワルダンの息子アジャイに瓜二つであることに驚く。ラヴィカーント警視は、ヴィシャールをアジャイに成り済まさせ、ヤシュワルダンの不法なビジネスの証拠を集めようとする。ラヴィカーントとアーリヤはアジャイを拉致して幽閉し、代わりにヴィシャールを送り込む。 ヴィシャールはヤシュワルダンのビジネスに関わるようになり、リトゥとも恋仲になる。実はリトゥは、ニーナーからアジャイを籠絡させるために送り込まれたのだが、彼女もヴィシャールに恋をしてしまう。また、ヴィシャールは入院したヤシュワルダンに情が移るようになり、彼の安全をラヴィカーントとアーリヤに要求するようになる。 また、ヴィシュヌはデーヴ警部補の不正に気付き、ラヴィカーント警視に報告する。ラヴィカーント警視はヴィシュヌを殺す。一方、リトゥはニーナーの息子インダル(カヴィ・シャーストリー)に殺されてしまう。ヴィシャールはインダルへの復讐を誓う。アーリヤはラヴィカーント警視がヤシュワルダンのビジネスを乗っ取ろうとしていることを知り、密かに別の計画を立て始める。 ヴィシャールは、ラヴィカーントからビジネスパートナーを解消されたニーナーに呼ばれる。ニーナーはヴィシャールに、全てのビジネスを明け渡すように要求していた。だが、ヴィシャールが書類に署名した途端にヴィシャールとヤシュワルダンを殺すのがラヴィカーント警視の計画だった。アーリヤは、ヴィシャールの代わりにアジャイを送り込み、ニーナー、インダル、そしてその仲間を、アーリヤ警部が送り込んだ警察官の力も借りて皆殺しにする。そしてヤシュワルダンが入院している病院へ向かう。 病院ではヴィシャールがヤシュワルダンを連れて脱出しようとしていた。ヤシュワルダンはデーヴ警部補に撃たれて負傷するが、駆けつけたアジャイがデーヴ警部補を殺す。ヤシュワルダンとアジャイはヴィシャールを逃がす。ヤシュワルダンは殺されるが、アジャイは逮捕される。 アーリヤはヴィーラーとヴィシャールを逃がす。そこへやって来たラヴィカーント警視は、アーリヤが裏切ったことを知って彼を撃つが、ラヴィカーント警視は引き返してきたヴィシャールに撃たれ、死ぬ。 1年後・・・。ヴィーラーとヴィシャールは元通りナイニータールで静かに暮らしていた。そこへ釈放されたアジャイがやって来て、一緒に住むことになる。その様子をアーリヤが見届けていた。
ムガル朝第6代皇帝アウラングゼーブは、宗教融和策を採ってきた歴代のムガル朝皇帝とは一転してイスラーム教至上主義を採ったとされており、標準的なインド中世史の中では過激派の為政者として知られている。だが、インド人にもっとも評判が悪いのは、実の父親を幽閉して皇位を乗っ取ったことである。父親のシャージャハーンは幽閉生活の中で命を落としており、アウラングゼーブは「父殺し」の汚名を着ることになった。
映画「Aurangzeb」は、父と子の関係に焦点を当てた作品である。ただし、単に一組の父子を巡る物語ではない。この映画には複数の父子関係が出て来て、複雑に絡み合っている。
まず、物語の語り手であるアーリヤには、実の父親であるヴィジャイカーントと、育ての父親であるラヴィカーントがいた。ヴィジャイカーントは正直な警察官だったが、過去の1回の過ちがトラウマになり、辞職して失意の中で暮らしていた。一方のラヴィカーントは、「コレクション」と呼ばれる不法なみかじめ料徴収に手を染める汚職警察官僚であった。ヴィジャイカーントは、「夢よりも家族優先」、ラヴィカーントは「家族よりも夢優先」という対極的な価値観を持っていた。アーリヤはヴィジャイカーントを負け犬だと考えていたが、一連の出来事を経て、ラヴィカーントのやり方に疑問を抱くようになり、最終的にはヴィジャイカーントと同じく、正しい道を選ぼうとする。この点でアーリヤは育ての父親ラヴィカーントを裏切ったことになる。
アーリヤの実の父親ヴィジャイカーントは、ギャングのドン、ヤシュワルダンの妻ヴィーラーを匿っていた。ヴィーラーは元々、ヴィジャイカーントのためにヤシュワルダンの情報を提供するインフォーマントだったが、やがて二人の間に恋が芽生え、ヴィジャイカーントはヴィーラーの逃亡を手助けする。ヴィーラーと、双子の息子の一人ヴィシャールは、エンカウンターによって死んだことになっていたが、実際にはナイニータールに住んでおり、ヴィジャイカーントが密かに世話をしていた。ヴィシャールにとってヴィジャイカーントは育ての父親だった。ヤシュワルダンの元に残った、双子の片割れアジャイに代わってヤシュワルダンに接近したヴィシャールは、ヤシュワルダンに対して実の父親としての愛情を抱くようになる。そしてヴィシャールはヤシュワルダンの命を助けようとする。実の父親を助けることは美談であるが、見方を変えてみると、ヤシュワルダンは、ヴィシャールの育ての父親ラヴィカーントの仇敵であり、ヤシュワルダンを助けることは、育ての父親に背くことになる。
アジャイにとって、ヤシュワルダンは実の父親であり、育ての父親だった。アーリヤとヴィシャールに比べると父子関係はもっともシンプルだったが、アジャイは事あるごとに父親に背き、放蕩生活を送っていた。だが、ヤシュワルダンが最期を迎えようとするときには、父親を守り、立派に息子としての役目を果たす。アジャイについてはアウラングゼーブ帝との関連は薄い。
アジャイのライバルで、リトゥを殺したインダルは、ヤシュワルダンとニーナーの間にできた子供という点も人間関係の複雑さに拍車を掛けていた。つまり、インダルはアジャイとヴィシャールの異母兄弟となる。ニーナーはヤシュワルダンのビジネスをアジャイではなくインダルに継がせようと画策していた。だが、インダルの人物設定についてはそれ以上深掘りがされておらず、終盤であっけなく殺されてしまう。
基本的には警察とギャングの間の抗争を描いたアクション映画であったが、2011年に社会活動家アンナー・ハザーレーの主導により盛り上がった汚職撲滅運動の影響も見受けられる。ラヴィカーントは汚職警官であり、彼に育てられたアーリヤも汚職に手を染める警官だった。だが、アーリヤには正義の警官だった父親ヴィジャイカーントの血が流れており、最終的には真っ当な警察官になる。映画の最後では、政治家や実業家から賄賂を受け取らなければ、警察は誰も恐れることはないとの力強いメッセージが発信されている。
「Aurangzeb」は、話題性のあるキャスティングがされた映画だった。著名な映画プロデューサー、ボニー・カプールの息子で、「Ishaqzaade」(2012年)でデビューしたアルジュン・カプールがダブルロールで主演を演じている他、リシ・カプールとジャッキー・シュロフというベテラン俳優が重要な役で起用されている。二人が共演したのは23年振りとのことである。また、マラヤーラム語映画俳優で、「Aiyyaa」(2012年)でヒンディー語映画デビューしたプリトヴィーラージ・スクマーランがこれまた主役級の役柄を演じている。さらに、アヌパム・ケールと息子のスィカンダル・ケールが初めて共演している。他に、ディープティー・ナーヴァル、タンヴィー・アーズミー、アムリター・スィンなど、ベテラン女優が起用されていて、映画を引き締めている。ヤシュラージ・フィルムスの底力を感じさせるキャスティングである。
「Aurangzeb」は、グルガーオンを舞台にした、警察とギャングの抗争の物語であり、また、重層的な父と子の物語でもある。残念ながら興行的には振るわなかったが、要所要所にベテラン俳優が配置され、主演のアルジュン・カプールやプリトヴィーラージ・スクマーランも好演していた。観て損はない映画である。