今日は、2005年12月16日公開の新作ヒンディー語映画「Bluffmaster!」をPVRバンガロールで観た。PVRバンガロールには「ゴールドクラス」なる最高級映画館がある。入場料350ルピーに加え、150ルピー分の飲食チケットをもれなく買わされるため、1つの映画を観るために合計500ルピー支払うことになる。ほとんど日本の映画館と変わらない値段になってしまう。だが、映画館は36席しかない贅沢な空間で、ふかふかのリクライニング・チェアに横たわって映画を鑑賞することができる。せっかくなので、このゴールドクラスでこの映画を鑑賞した。ちなみにデリーでも、最近ノイダにできたPVRにゴールドクラスがあるようだ。
「Bluffmaster!」とは「詐欺の達人」みたいな意味だ。プロデューサーは伝説的傑作「Sholay」(1975年)のラメーシュ・スィッピー、監督はその息子で、「Kuch Naa Kaho」(2003年)で監督デビューしたローハン・スィッピー、音楽はヴィシャール=シェーカル。キャストは、アビシェーク・バッチャン、プリヤンカー・チョープラー、リテーシュ・デーシュムク、ナーナー・パーテーカル、ボーマン・イーラーニー、フサイン・シェークなど。
ロイ(アビシェーク・バッチャン)はプロの詐欺師だった。巧妙な手口で人々から金を騙し取っていた。だが、ロイは恋人のシミー(プリヤンカー・チョープラー)のことだけは心から愛しており、自分の職業についても黙っていた。ロイとシミーは結婚することになるが、結婚式会場にはかつてロイがカモにした男が来ていた。なんとその男はシミーの叔父であった。こうしてロイは正体がばれてしまい、シミーに振られてしまう。 半年後、ロイは未だにシミーを失った悲しみから立ち直っていなかった。そんなときロイは、同じく詐欺師を生業とするディットゥー(リテーシュ・デーシュムク)と出会う。ロイは悲しみを和らげるために、まだまだ未熟な詐欺師のディットゥーにプロの心得を伝授することになる。ディットゥーが最終的なターゲットとしていたのは、父親を騙したチャンドルー(ナーナー・パーテーカル)という男であった。チャンドルーはホテルを経営する実業家ながら、裏では犯罪に手を染めている危険な男だった。ロイはディットゥーと共にチャンドルーを罠にかけ、大金をせしめる。ところが、その金はロイにカモにされて恨んでいたオマル(フサイン・シェーク)に奪われてしまう。 また、ロイは最近よく目まいがして倒れこむことがあった。友人の医者バレーラーオ(ボーマン・イーラーニー)に相談して精密検査をしたところ、ロイは脳腫瘍を患っており、余命は3ヶ月と宣告される。だが、もし莫大な治療費を払って最新の手術を受ければ、その脳腫瘍を治療することは不可能ではないとのことだった。ロイは今まで詐欺をして稼いだ金を持ち出す。 一方、ロイに騙されたことを知ったチャンドルーは激怒し、シミーを人質に取って身代金を要求する。もしその身代金を払ってしまったら、脳腫瘍の治療は不可能であった。自分の治療をするか、それともシミーを救うか。シミーのいない人生は何の意味もないことを知っていたロイは、迷わずその金を持ってシミー救出に向かう。金を受け取ったチャンドルーはシミーを解放するが、ビルの屋上からロイを突き落とす。 だが、落ちた先には救命用クッションが置かれており、ロイは無事だった。どういうことか理解できないロイ。シミーの家に駆けつけたロイは、全てがドッキリであったことを知る。ディットゥーが監督、チャンドルーが脚本家であり、シミーもそれに加担していたのだった。実はディットゥーの方が騙しのテクニックではロイよりも何枚も上手だった。
多少強引ではあるが、最後のどんでん返しが小気味良い佳作。音楽がファンキーなので、映画の雰囲気も非常にファンキーなものとなっている。この映画で完全にスタイルを確立したアビシェーク・バッチャンは、父親の七光りを照らし返すほどの大スターのオーラをまとってしまったと言っていいだろう。
主人公のロイは「ブラフマスター」の名をほしいままにする天才的詐欺師。そのロイが、詐欺師の世界に足を踏み入れて間もないディットゥーに詐欺師の心得を説くと同時に、共に悪徳実業家チャンドルーを罠にかける。だが、詐欺にかかっていたのは実はロイの方で、全てはディットゥー監督、チャンドルー脚本の大ドッキリ映画であった、というのが主要なストーリーの流れである。それに、ロイとシミーの恋愛と、余命3ヶ月と宣告されたロイの葛藤が編み込まれていた。
アビシェーク・バッチャンを筆頭に、俳優陣は優れた演技をしていた。プロデューサーのラメーシュ・スィッピーは、アビシェークの父親アミターブ・バッチャンを「Sholay」で国民的スターに育て上げたが、その息子ローハン・スィッピーはこの映画でアビシェークを完全に大スターに押し上げたと言っていいだろう。アビシェークは演技に加え、踊りまで独自のスタイルを確立した。彼はデビュー以来散々踊り下手の烙印を押され続けて来たが、「Naach」(2004年)で「踊らなくても踊っているように見える踊り」を披露したのを皮切りに、「Dus」(2005年)で「簡単に踊れるがかっこよく見える踊り」を自分のものにして、遂にこの「Bluffmaster!」で「アビシェーク型ダンス」を創出した。2000年代のヒンディー語映画界の大スターは、もしかしたらリティク・ローシャンでもジョン・アブラハムでもなく、このアビシェーク・バッチャンかもしれない。
リテーシュ・デーシュムクもいい演技をしていた。リテーシュは、「Masti」(2004年)や「Kyaa Kool Hai Hum」(2005年)で演じたような三枚目役が一番はまり役であり、この映画でも基本的にその路線を踏襲した。今度はさらに芸幅を広げる努力が要求されるだろう。ヒロインのプリヤンカー・チョープラーはあまり出番はなかったが、適切な演技をしていた。ナーナー・パーテーカルは、危険なマフィアと見せかけておいて実は気弱な脚本家というおいしい役柄であった。ボーマン・イーラーニーはハッスル過剰気味だったが、面白かった。
映画中、いくつかいいセリフがあった。余命3ヶ月と宣告されて落ち込むロイに、医者のバレーラーオは言う。「今までの人生の中で、何日記憶にある?最初の仕事、最初のスーツ、最初の給料、初めて女の子を触ったとき、初めて心が鼓動したとき、よし、人生の中で30日、覚えているとしようじゃないか。君にはあと90日あるんだ。1日1日を思い出深い日にすれば、君は3倍人生を生きられるんだ!」
「Bluffmaster!」のサントラCDは現在ヒット中である。普通のインド映画音楽とは一風もニ風も変わった味付けの曲が多い。特によいのはタイトル曲の「Sab Se Bada Rupaiyya」であろう。「妻よりも子供よりも父親よりも母親よりも偉いもの、それは兄ちゃん、金だよ金」という歌詞がサビの曲である。ロイとシミーの結婚式に流れる「Say Na Say Na」も、基本はバングラーながらちょっと変わった曲。「Tadbeer Se Bigdi Hui Taqdeer」は、「Baazi」(1951年)の同名曲のリミックスである。「Right Here Right Now」ではアビシェーク・バッチャンが歌を歌っている。その他、インド系英国人女性サイラー・フサインがヴォーカルを務めるバンド、トリックベイビーの曲が数曲流れる。この映画はアミターブ・バッチャンとシャシ・カプール主演の「Do Aur Do Paanch」(1980年)が部分的にモデルになっているようで、同映画のタイトル曲のリミックスも出て来る。このように音楽に特に力が入っている映画である。
今年のヒンディー語映画は、「Page 3」(2005年)、「Black」(2005年)、「Kaal」(2005年)、「Home Delivery: Aapko… Ghar Tak」(2005年)など、新感覚の映画が相次いだが、「Bluffmaster!」もそのひとつと言える。やはり都市部の映画ファンをターゲットにした作品であり、田舎でのヒットは難しいだろうが、ヒンディー語映画の多様化と、その多様性をカオスではなく洗練の方向へ持って行く努力は歓迎していきたい。