
2026年6月12日公開の「Governor」は、1990-91年の経済危機からインドを救ったインド・リザーブ銀行(RBI)総裁Sヴェンキタラマナンの業績を映画化した作品である。ただし、銀行名や個人名は改変されており、それぞれラーシュトリーヤ・バンク・オブ・インディア(RBI)、Aラマナンになっている。
1980年代にインドは財政赤字と経常赤字という双子の赤字を抱えていたが、経済危機の直接の引き金になったのは、1990年8月にイラクがクウェートに侵攻し勃発した湾岸戦争であった。中東の石油に依存していたインドは原油高による物価高に苦しむことになった。また、湾岸地域には多くのインド人出稼ぎ労働者がおり、彼らが本国に送金する仕送りはインドにとって重要な外貨収入源になっていたのだが、この戦争を機に湾岸諸国からの仕送りも途絶えた。これらの要因によりインドの外貨準備高は急減し、1991年半ばには破綻寸前の危機的な水準に落ち込んだ。しかも、伝統的な友好国だったソビエト連邦が1991年に崩壊し、支援が期待できなくなってしまった。その一方でこの頃のインドは短命政権が続いており、政策決定力が著しく低下していた。経済危機のさなかにチャンドラ・シェーカル政権(1990-91年)が崩壊し、下院総選挙が行われたが、その選挙運動中の1991年5月12日にインド国民会議派(INC)の政治家ラージーブ・ガーンディーが暗殺されたことで、さらに政治状況が流動的になった。インドの国家信用格付けは引き下げられ、ルピー安も進んだ。
最終的にインドは経済開放と引き換えに国際通貨基金(IMF)からの支援を受け入れ、危機を脱することになる。インドは独立以来、社会主義的な国家統制型混合経済政策を採ってきていたが、その方針を転換し、ライセンス・ラージ(許認可制度)の廃止と市場競争原理の導入による開放型混合経済に舵を切ることになったのだ。この大転換を主導したのが、ナラスィンハ・ラーオ政権(1991-96年)のマンモーハン・スィン財務大臣だったというのが一般的な歴史観である。マンモーハン・スィンは後に2004年から14年まで2期にわたってインドの首相を務めた。
ただし、「Governor」はマンモーハン・スィンの物語ではない。一瞬だけ登場するが、完全な脇役である。この映画の主人公になっているのは、チャンドラ・シェーカル政権の1990年12月22日からナラスィンハ・ラーオ政権の1992年12月21日までRBIの総裁を務めたSヴェンキタラマナンだ。IMFからの支援取り付けもマンモーハン・スィン財相就任前から彼が計画していたことであったという描写のされ方であったし、何より重要なのは、彼が67トンに及ぶ金準備を英国とスイスに空輸して担保にすることで外貨を調達し、IMFとの交渉の時間を稼ぐことに成功した点が強調されていたことだった。見方によっては、マンモーハン・スィンの業績を矮小化しているとも取れる。なぜか当時野党の有力政治家だった、インド人民党(BJP)のアタル・ビハーリー・ヴァージペーイーが登場し、RBIの施策に協力した場面がわざわざ描かれており、何となく親BJPの匂いを感じずにはいられない。
監督は「Inspector Zende」(2025年)のチンマイ・マーンドレーカル。音楽はアミト・トリヴェーディー、作詞はジャーヴェード・アクタル。キャストは、マノージ・バージペーイー、アダー・シャルマー、ナウシャード・ムハンマド・クンジュー、マドゥー、サンジャイ・ソーヌー、パーリトーシュ・サーンド、ラージーヴ・ガウルスィン、ジガル・スィンなど。
湾岸戦争前夜の1990年12月にバーラティーヤ・バンク・オブ・インディア(RBI)の総裁に就任したAラマナン(マノージ・バージペーイー)は、外貨準備高が底を尽きかけていることを知り、緊急に対策を練り始める。副総裁のCR(ナウシャード・ムハンマド・クンジュー)はソビエト連邦に支援を要請することを提案し、国際通貨基金(IMF)からの資金援助を模索するラマナンと対立するが、ソビエト連邦は崩壊してしまう。IMFは援助の条件として予算案の改定を求めたが、少数与党を率いていたシェーカル(サンジャイ・ソーヌー)首相の政権はインド国民会議派(INC)が連立から脱退したことで崩壊し、予算案の採決がほぼ不可能になる。
ラマナンは米国に渡り、各国から資金援助を取り付けると共に、国庫に蓄えられている金準備を担保にしてロンドンやスイスの銀行から借款を受ける計画を立てる。金準備を外国に渡すことは国民感情を逆なでする恐れがあったため、内密に行われた。ただ、新聞記者のアディティ・ヴァルマー(アダー・シャルマー)は空港で奇妙な動きがあるのを察知し精力的に取材をする。その結果、インド政府が金準備を外国に空輸しようとしているというスクープを得る。ただ、ラマナンから説得されたアディティは、スクープの掲載をわざと遅らせた。それによって時間を稼ぐことができ、政府は金準備を無事に外国に運ぶことができた。
下院総選挙の結果、ナラスィンハ・ラーオ政権が樹立し、マンモーハン・スィンが財務大臣に就任する。ラマナンはスィン財相にまだ危機を脱していないと状況を説明し、IMFからの資金援助を取り付けるために市場開放を推し進めるように進言する。
映画はスリランカの国家破綻のニュースから始まる。新型コロナウイルスの感染拡大などの影響で観光業が落ち込み経済不振に陥っていたスリランカは2022年4月に対外債務不履行(デフォルト)になり、民衆の大規模なデモが起こって、スリランカ政治を牛耳ってきたラージャパクサ一族は国外逃亡した。
このニュースを「遠い国の話」として無関心そうに聞き流す現代のインド人若者に、その祖母らしき女性が、かつてインドも国家破綻しかけたという話を聞かせる。この導入部が「Governor」の外枠になっており、祖母によって語られる物語の内容が内枠になっている。ちなみに、この祖母は主人公ラマナンの妻ヴァンディター(マドゥー)ということであろう。
1991年の経済改革はインドの現代史の一大転換点である。その映画化は非常に興味深い。ただ、まずは娯楽映画として面白い作品になる題材なのかどうかという点で疑問が湧く。国家の危機を救った英雄の物語といえば聞こえはいいが、地味な官僚が経済という目に見えないものの危機に専門知識を駆使して立ち向かうという筋書きであり、ただでさえ取っつきにくい物語だ。さらに、チンマイ・マーンドレーカル監督はまだ1本の長編映画を撮っただけの経験の浅い映画監督であり、地味な物語を派手に盛り上げるような特別な技術は持ち合わせていないようだった。マノージ・バージペーイー演じるラマナンの温厚な性格も相まって、物語は淡々と進み、あまり山場がない。政治家、官僚、新聞記者という登場人物の配置もごく一般的なもので工夫は感じられなかった。家族の描写の比重が多めなのはいかにもインド映画だが、それも取って付けたようなエピソードばかりだった。ラマナンは妻や同僚の言動にヒントを得て解決策を思い付くような描写の連続だったが、これは本当であろうか。
ちなみに、モデルになったヴェンキタラマナンも、映画の中のラマナンも、タミル人であった。勤務地はムンバイーであり、彼は基本的には片言のヒンディー語を話すが、家庭内では時々タミル語のフレーズが飛び出す。ラマナン役を演じたマノージ・バージペーイーは、タミル人っぽいヒンディー語を話そうと努力していた。
「Governor」は、インド現代史の一大転換点である1991年の市場開放を、当時RBIの総裁の視点から描いた作品だ。どのように危機が積み重なってインドが国家破綻寸前にまで行ったのかを概観する目的ならば参考になるかもしれないが、娯楽映画として成功しているとはいいがたい。言い換えればとても退屈な作品である。監督が未熟なためであろうが、退屈なテーマを退屈にしか映画化できなかった。;市場開放の立役者と見なされているマンモーハン・スィン財相の業績が矮小化されているのも気になる。主題は関心を引くかもしれないが、無理して観る必要はない作品だ。
