ハワーラー

 インド映画には昔から密輸業者が登場し、主人公になったり悪役になったりしてきた。密輸業者は法律で禁止・規制されている品物を秘密裏に輸入したり輸出したりして巨額の利益を得るわけだが、その際の金銭の受け渡しには、「ハワーラー(Hawala)」と呼ばれる送金・決済手段が使われることが多い。

 ハワーラーは、南アジアから中東にかけての地域で長い間利用されてきた。一説によるとその起源は8世紀頃までさかのぼれるという。ハワーラーの最大の特徴は、現金の移動なしに送金や決済が行われることである。「フンディー(Hundi)」とも呼ばれる。

 ハワーラーが成立するためには、まず、各地にハワーラー業者が散らばっていることが前提となる。ハワーラー業者は、ハワーラーを専門にしているというよりは、普段、貿易商、宝石商、両替商、旅行代理店などを本業としており、それを補完する事業としてハワーラーにも従事することが多いようである。

 ハワーラーの仕組みはこうである。たとえば、地点Xにいる送金者Aが地点Yにいる受取人Bに金額αの現金を送付するとする。ハワーラーを利用するとすると、送金者Aは地点Xにいるハワーラー業者Pに金額αを渡す。そうすると、ハワーラー業者Pは送金者Aに暗号を渡すとともに、地点Yにいるハワーラー業者Qに連絡する。受取人Bはハワーラー業者Qのところへ行き、送金者Aから教えられた暗号を渡す。ハワーラー業者Qはその暗号を確認した後、受取人Bに金額αから手数料βを差し引いた現金を渡す。こうしてハワーラーでの送金が完了する。国際送金になる場合は、当然現地通貨での受け渡しになる。

 この取引においてハワーラー業者Pからハワーラー業者Qに現金の移動があったわけではない。これだけだとハワーラー業者Pには金額αの収入があり、ハワーラー業者Qには金額αから手数料βを差し引いた額の支出があることになり、ハワーラー業者Pだけが得をしてハワーラー業者Qだけが損をしているように見える。だが、ハワーラー業者間ではこのような取引が双方向で常に行われており、帳簿上で調整されていく。また、金や宝石などの現物が取引され、ハワーラーでの差額が相殺されることもある。よって、ハワーラーは高額商品を扱う宝石商などと非常に相性のいい仕事になる。インドの街角に宝石商がやたら多いのは、インド人が宝石好きということだけではなく、彼らがハワーラーと密接に関係しているからだ。そして、ハワーラーは、ハワーラー業者同士の信用と信頼にもとづいたネットワークによって成立する。その信用と信頼の源泉は、家族や親戚などの血縁であったり、同郷同士の地縁であったり、さらには宗教やカーストであったりする。

ハワーラーの仕組み
ハワーラーの仕組み(Google Geminiで作成)

 近代的な送金システムが確立した後も、南アジアや中東ではハワーラーが生き残り続けた。なぜならハワーラーは公式な送金システムに比べて手数料が圧倒的に安く、しかもスピードが早いからだ。インドから中東への出稼ぎ者が増えると、彼らの多くはハワーラーを使って出稼ぎで稼いだ金をインドに送金していた。よって、ますますハワーラー業が栄えることになった。ただし、インドではハワーラーは違法であり、公にハワーラーを行っている業者はいない。ハワーラーは、脱税、マネーロンダリング、テロ資金の送金などに利用されることが多いため、全面的に禁止されている。

 ハワーラーでは「暗号」によって現金の受け渡しが行われる。その際によく使われるのが紙幣である。1枚の紙幣を半分に切って割符とするのである。先ほどの例でいえば、ハワーラー業者Pは紙幣の片方mを送金者Aに渡し、もう片方nはハワーラー業者Qに送る。送金者Aは紙幣mを受取人Bに送る。ハワーラー業者Qは、受取人Bが持って来た紙幣mと、ハワーラー業者Pから送られた紙幣nとを照合し、合致を確認したところで受取人Bを真正の受取人と判断して、指定の現金を渡すことになる。

 テルグ語映画「Pushpa 2: The Rule」(2024年/邦題:プシュパ 君臨)は日本の横浜港から物語が始まる。主人公である紅木密輸シンジケートのボス、プシュパーは紙幣の片割れを持って日本に乗り込んで来るが、それこそがハワーラーの割符である。プシュパーは、密輸先である日本からの送金がなかったため、割符を持って直談判に来たのであった。

Pushpa 2: The Rule
「Pushpa 2: The Rule」

 ハワーラーは、他にも「Bunty Aur Babli 2」(2021年)などに登場する。