
Netflixのウェブドラマ「Delhi Crime」は、インド発のもっとも成功したドラマシリーズに数えられている。デリー警察のヴァルティカー・チャトゥルヴェーディー警視(シェーファーリー・シャー)が主人公の犯罪ドラマであり、シーズン1は2019年3月22日から配信され、好評を博した。その成功は、インドのドラマとして初めてエミー賞を受賞したことからも分かる。高評価を得たことでシリーズ化が決まり、2022年8月26日からシーズン2が、2025年11月13日からシーズン3が配信開始された。日本語字幕付きで、「デリー凶悪事件」の邦題が付いている。
クリエーターはインド系カナダ人リッチー・メヘターで、彼がシーズン1の監督も務めている。シーズン2と3は監督はタヌジ・チョープラーに交代している。
主演は前述の通り、シェーファーリー・シャー。「Monsoon Wedding」(2001年/邦題:モンスーン・ウェディング)や「Dil Dhadakne Do」(2015年/邦題:鼓動を高鳴らせ!)などに出演していた女優だが、いまいち伸び悩んでいた。「Delhi Crime」は彼女にとって出世作となり、エミー賞で主演女優賞を受賞するなどして、遅咲きの花となった。シェーファーリーは全シーズンを通して出演している。
キャストはシーズンごとに異なるが、レギュラーメンバーになっているのはラージェーシュ・タイラング、ラスィカー・ドゥッガル、デンジル・スミスなどである。その他、アーディル・フサイン、ティロッタマー・ショーム、フマー・クライシー、サヤーニー・グプター、ジャヤー・バッターチャーリヤ、アーカーシュ・ダヒヤー、ユクティ・タレージャー、ミーター・ヴァシシュトなどが出演している。
「Delhi Crime」のシーズン1は、2012年のデリー集団強姦事件を題材にしている。デリー在住の医学生の女性が夕方帰宅時に、違法運行していたバスに誤って乗ってしまい、走行中のバスの中で6人の男性から集団強姦され、裸で道端に放り出された事件である。しかも、彼女は局部に鉄棒を突っ込まれ内臓を引き出されるなど、通常の強姦以上のことをされ、生死をさまよった後、シンガポールの病院で息を引き取った。この事件はインド中を震撼させ、抗議デモが暴動に発展して治安部隊と衝突するなど、大きな事件になった。また、国際的にセンセーショナルに報道され、以後、インドは「レイプ大国」という不名誉な汚名を着ることになる。ただ、警察の初動がよく、短時間で犯人の全員逮捕に成功するという目覚ましい成果を挙げた事件でもあった。「Delhi Crime」は、デリー警察の視点からデリー集団強姦事件を追った作品だ。シーズン1は全7話構成で、捜査開始から犯人全員逮捕までを描いている。
主人公ヴァルティカーは、事件を管轄することになったヴァサントクンジ警察署の署長であり、聡明かつ判断力のある非常に有能な人物として描かれている。一人の女性として被害者の女性に同情し、個人的な怒りを胸に秘めて捜査に当たる。家庭との両立やメディアへの対応に悩みながらも、部下を適材適所に配置し、犯人逮捕に全力を傾ける。彼女は速やかに科学的な捜査を始め、監視カメラの映像などから犯行に使われたバスの特定から始め、そこから犯人の一部を逮捕することにも成功し、最終的に犯人の全員逮捕を成し遂げた。捜査の経過をかなり忠実に再現している上に緊迫感があり、国際的に高く評価された。デリー集団強姦事件のことを詳しく知りたかったら外せない作品である。
シーズン2は、1980年代からインド各地で暗躍してきたチャッディー・バニヤーン・ギャング(下着ギャング)を題材にしている。「Delhi Crime」は元々シリーズ化が計画されていなかったと思われるが、シーズン2が作られたことで、ヴァルティカーを中心とした犯罪ドラマとしてシリーズの特徴が確定したといっていい。このギャングは下着姿で盗難などの犯行に及ぶことからそう知られていたが、しばらく鳴りを潜めていた。再度同様の犯罪が増加したことで、過去のギャングとの関連性などが疑問として浮上する。事件を担当することになったヴァルティカーは、再度チームを組んで事件の解決に全力を注ぐ。
シーズン3は、少女の人身売買シンジケートを題材にしている。インドでは年間30万人以上の女性が行方不明になっているという。特定の事件を題材にしたわけではなさそうだが、ヴァルティカーがデリーやその近辺を拠点として、孤児院や集団結婚斡旋所などを隠れ蓑にして国際的な人身売買を行う女性マフィアを追い詰めるまでが描かれている。
シリーズに一貫しているのは、女性が主要な役割を果たす点だ。まずシーズン1からして、強姦の被害に遭い病院で生死をさまよう女性と、その事件解決に邁進する女性警察官僚の物語であり、女性中心の犯罪ドラマというコンセプトが既に確立している。そして、シリーズ化が決定し、ヴァルティカーがシリーズを貫く主人公と位置づけられたことで、敏腕女性警察官僚が警察機構という男性社会において、性差を超えて活躍しながらも女性としての感受性も大切にしがら生き抜いていく様が描かれることになった。また、シーズン2からは彼女の腹心としてニーティ・スィン(ラスィカー・ドゥッガル)が登場し、別の女性警察官僚の視点から警察という仕事が描かれることにもなった。
さらに、シーズン3では悪役が女性であった。フマー・クライシーが、ハリヤーンヴィー方言の強い訛りのあるヒンディー語を話す「食えない」悪役ミーナー・チャウダリーを名演し、キャリアベストの演技を見せている。さらに、彼女の下ではサヤーニー・グプター演じるクスムが小悪党振りを発揮する。女性が女性の人身売買シンジケートを運営し、女性の人生を売り買いするという様子を見せながら、そこまでに至った経緯もちらつかせることで、インド社会の不条理を浮き彫りにしようとしている。
シーズン1から一貫して、インドでもっとも優れたウェブドラマであることに変わりがない。日本語字幕付きで鑑賞できるので、是非多くの日本人にも鑑賞してもらいたい。
