
1979年のイラン革命以降、イランとイスラエルは国交を断絶し、激しく対立するようになった。イランはイスラエルを不法な占領者と見なし、イスラエルはイランを脅威と見なして特に核開発を妨害してきた。とはいっても両国の対立は代理戦争の形を取ってきたが、2024年に直接交戦を行い、2025年にはさらに大規模な軍事作戦が行われた。
2025年8月14日からZee5で配信開始された「Tehran」は、イランとイスラエルの対立という国際情勢の中で、デリー警察の警察官がインドの国土を守るために立ち上がるという、一見よく分からない筋書きのスリラーアクション映画である。タイムリーな話題に見えるが、時代は2012年の設定になっており、しかも実話にもとづくストーリーとされている。
この映画を理解するためにまず必要な前知識は、イランもイスラエルもインドの友好国ということである。イランはインドに石油を輸出しており、イスラエルはインドに先端技術を提供している。インドは対立し合うこの二国とバランスを取りながら友好関係を築いてきた。
また、「Tehran」では、インドとイランの政府間でガス協定の交渉が進行中である点も重要である。エネルギー需要の急増を見込むインドはイランからの天然ガスを喉から手が出るほど欲しており、イランとのガス協定締結は急務であった。
そんな折、インドのデリーにてイスラエルの外交官が爆弾テロで殺害されるという事件が起き、「Tehran」のストーリーが動き出すのである。この事件は2012年2月13日に実際に起きたものであったが、もちろん映画は脚色されている。
プロデューサーはディネーシュ・ヴィジャーンなど。監督はアルン・ゴーパーラン。過去に「Tariq」(2024年)という映画を撮った実績があるが未見である。音楽はタニシュク・バーグチー。主演はジョン・アブラハム。他に、ニールー・バージワー、マーヌシー・チッラル、マドゥリマー・トゥリー、アリー・カーン、ディンカル・シャルマー、エルナーズ・ノーロウズィーなどが出演している。
2012年2月13日、デリーでイスラエル人外交官の自動車が爆弾テロに遭い、6歳のインド人の花売り少女を含む犠牲者が出た。デリー警察特捜部のラージーヴ・クマール警部(ジョン・アブラハム)は狂人として知られていたが、事件の捜査を任される。当初はパーキスターンの関与が疑われたが、ラージーヴ警部は、グルジアやタイでも同様にイスラエル人を狙った似た手口のテロ事件が同時に発生していたことから、イランの関与を疑う。彼は部下のディヴィヤー・ラーナー警部補(マーヌシー・チッラル)やヴィジャイ(ディンカル・シャルマー)と共に捜査をし、3人のイラン人テロリスト、アフシャル・ホセイニー、シャヒーン・スルターニー、レザー・アッバースィーに行き着く。アフシャルは事件直後に出国していた。
2012年8月、アフシャルはロンドンでユダヤ教ラビを殺害する。その後、彼はイランに戻り、テヘランの革命防衛隊本部に立ち寄る。そこで彼はシャヒーンとレザーが毒殺されたことを知らされる。アフシャルは監視カメラの映像から、刺客はイスラエル人ではなくインド人であることを知る。
一方、インドとイランの政府間ではガス協定が結ばれようとしていた。そんな中、イラン政府にはインド人がシャヒーンとレザーの殺害に関与したという情報がもたらされる。ラージーヴ警部はまさにイランに入国しようとしているところだった。上官のニーラジ警視(アリー・カーン)はアゼルバイジャンからテヘラン入りしようとしていたラージーヴ警部に作戦中止を命じるが、ラージーヴ警部はデリー行きを偽装し、ディヴィヤーとヴィジャイと共にアブダビに入国する。そこでダルメーシュ・ジャインの助けを借りてモサドと接触し、海路でイランに入国する。だが、その前に彼らは港で襲撃を受け、ディヴィヤーは命を落としてしまう。
テヘラン入りしたラージーヴ警部は、しばらく身を潜める。アフシャルの部下サイヤド・アリーを拉致し、アフシャルをおびき出して、彼を捕らえる。サイヤドがとどめをし、ラージーヴ警部はその場を立ち去る。
主人公ラージーヴは、イラン人テロリストのアフシャルを追って世界中を飛び回る。まるでスパイ映画のようだが、よくよく考えてみると彼は一介の警察官である。いくら特捜部(Special Cell)所属とはいえ、世界を股に掛けてテロリストを追うことができるというのは半ば信じ難い。しかも、ラージーヴ警部はペルシア語も堪能で、イラン入国後も現地人とのコミュニケーションに困ることはなかった。こんなスーパーコップがデリー警察にいるのだろうか。
また、ラージーヴがイランに密入国してまでアフシャルを執拗に追い詰める動機は、決して親イスラエル派や反イラン派というわけではなく、インドの国土でテロを実行し、罪のないインド国民の犠牲者を出したテロリストに制裁を加えなければならないという過度な正義感からであった。確かにラージーヴ警部は頭がおかしい警官という設定であったが、上官の命令を無視してまでアフシャル殺害に執念を燃やすその姿には異常なものを感じた。
しかしながら、そのような素朴な疑問の数々をいったん隅に置いて鑑賞すると、非常によくできたアクションスリラー映画だと感じた。まずは、イランとイスラエルの対立という、インドとは直接関係ない国際情勢をストーリーの背景にしているところがインド映画としては新鮮に映った。インドでテロを行う「外国勢力」というと十中八九がパーキスターンということになるが、「Tehran」のテロリストはイラン人であった。ただ、だからといってイスラエルに加担した映画というわけでもなく、きちんとイスラエルも核開発に関わるイラン人を暗殺して回っていることに触れられており、イランとイスラエルのどちらが正義でどちらが悪かを決め付けていなかった。また、アフシャルはイラン革命防衛隊から指示を受けて動いてはいたものの、自分勝手な行動もしており、半分独立したテロリストであった。この点はインドの友好国イランに対する配慮なのかもしれない。
デリーで発生したイスラエル人外交官車両爆破テロ、ラージーヴ警部の脳裏に浮かぶテロによって死んだ少女のトラウマ、そして長回しによる銃撃戦など、いくつか映像的な工夫が見られたのも特筆すべきである。前半のスピーディーな展開にも好感が持てたし、イラン人キャラの人物描写にも一定の時間が割かれていたのは珍しかった。インド映画というよりも国際的な映画の文法で作られた映画であった。
ジョン・アブラハムは今回、彼のもっとも得意とする寡黙な戦士の役柄を演じた。彼がこれほどまで息の長いスターになるとは、彼のデビュー時に想像できた人がいただろうか。「Tehran」での彼の演技はいつも通りということになるが、安定感は半端なかった。一方、ヒロイン扱いなのがマーヌシー・チッラルであるが、いまいち彼女は出演作や役柄に恵まれていない。「Tehran」でもなんと途中で死亡する役で、典型的なヒロインではなかった。彼女が演じたディヴィヤーの人物描写も甘く、なまじっか美人であるために、彼女が警官として銃撃戦に参加していることに現実感が感じられなかった。ただ、潜在力はある女優だと思うので、ここらでひとつヒット作が欲しいところだ。
細かい突っ込み所になるが、地理的なミスを見つけた。ラージーヴ警部がイランに上陸したポイントはバンダレ・アッバースであり、これはホルムズ海峡に面した実在する港町だ。だが、バンダレ・アッバースは首都テヘランから1,000km以上も離れている。そもそもテヘランは内陸部の街であり、港などない。映画の中ではバンダレ・アッバースがテヘランの港のように説明されていたが、これは完全なる間違いである。
イラン人テロリストを追跡する物語であるし、主人公ラージーヴ警部はペルシア語にも堪能であったため、インド映画としては珍しく、セリフにペルシア語が多用されていた。セリフの1割ほどはペルシア語だったのではなかろうか。イラン人俳優も起用されており、リアリスティックな作りであった。
「Tehran」は、イランとイスラエルが対立しお互いの要人を暗殺し合う国際情勢の中で、正義感に燃えるインド人警官がインドの国土を両国のテロ応酬の場にしないために立ち上がり、イランに密入国して大暴れするという、かなり強引な展開のアクションスリラー映画である。ただ、ペルシア語のセリフが多用されるなど写実的な表現に注力し、映像的な工夫も見られるなど、なかなかよくできた作品でもあった。評価は分かれるかもしれないが、純粋に鑑賞していて楽しかった。OTTリリースされたのがもったいないくらいだ。観て損はない映画である。