Sarzameen

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Sarzameen
「Sarzameen」

 2025年7月25日からJioHotstarで配信開始された「Sarzameen(母国)」は、カシュミール渓谷を舞台にした、インド陸軍所属の父親とテロリストになってしまった息子の物語である。

 プロデューサーはカラン・ジョーハルなど。監督はカーヨーゼー・イーラーニー。「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)に出演のボーマン・イーラーニーの息子で、「Student of the Year」(2012年/邦題:スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1!!)などに出演していた。ネットフリックスのオムニバス映画「Ajeeb Daastaans」(2021年/邦題:ただならない物語)で監督を務めており、今回が初めての長編映画となる。

 キャストは、プリトヴィーラージ・スクマーラン、カージョル、「Nadaaniyan」でデビューしたばかりの新星イブラーヒーム・アリー・カーン、ボーマン・イーラーニー、ジテーンドラ・ジョーシー、ミヒル・アフージャー、KCシャンカル、ローヘド・カーン、アヌラーグ・アローラーなどが出演している。

 カシュミール地方に駐在するインド陸軍のヴィジャイ・メーナン大佐(プリトヴィーラージ・スクマーラン)は優秀な軍人であったが、どもり症を抱えて気弱な息子ハルマンを素直に愛せずにいた。ヴィジャイ大佐は作戦で、テロ組織の司令官モホスィンと思われるカービル・バット(KCシャンカル)を、その弟アービル(ローヘド・カーン)と共に捕獲する。だが、テロ組織にハルマンを誘拐され、カービルとアービルの釈放を要求される。ヴィジャイ大佐は私情よりも国家を優先し、交換の場でアービルを射殺する。カービルは逃げ出し、ハルマンは殺される。

 それから8年後。准将に昇進したヴィジャイは作戦で多くの捕虜を救出するが、その中にハルマン(イブラーヒーム・アリー・カーン)を見つける。ヴィジャイ准将の妻メヘル(カージョル)は大喜びし、彼を家に迎え入れる。だが、ヴィジャイ准将はハルマンが本当に自分の息子なのかすぐには信じられなかった。DNAテストの結果、ハルマンは本当に彼の息子であることが分かるが、やはり彼はカービルと通じていた。ハルマンは隙を見てヴィジャイ准将を殺そうとする。だが、メヘルが彼を救い、代わりに銃弾を受ける。ハルマンは逃げ出し、メヘルは病院に搬送されて一命を取り留める。

 カシュミール地方ではコーシュール・ダムの落成式が行われようとしていた。そこでスピーチをするのはヴィジャイ准将の上官ISカンワル中将(ボーマン・イーラーニー)であった。カンワル中将は移動中にカービルたちの襲撃を受けるが、ヴィジャイ准将がそれを阻止する。この襲撃にはハルマンも加わっていたが、彼は逃亡する。ヴィジャイ准将はカービルを再び捕らえる。

 コーシュール・ダムの落成式会場には大量の爆弾が仕掛けられていた。ヴィジャイ准将はハルマンがタービン室にいると聞き、直行する。そこでハルマンと戦い、最後に彼を説き伏せる。ハルマンはテロリスト仲間ショエーブ(ミヒル・アフージャー)に殺されそうになるが、目覚めたハルマンはショエーブを殺す。一方、メヘルはカービルを尋問し、彼から爆弾を止めるコードを聞き出す。それを受け取ったハルマンは爆弾を止める。だが、メヘルはカービルから刺され、死んでしまう。

 実はモホスィンはメヘルであった。テロを実行するためにヴィジャイに接近したが、彼に恋してしまい、またハルマンも生まれ、憎しみではなく愛のために生きようと決意したのだった。ヴィジャイにテロ組織の情報をたれ込んでいたのも彼女だった。

 映画が始まった当初は、軍人とテロリストとの間の戦いが描かれたアクション映画かと思っていた。だが、すぐにこの映画がもっと深い問い掛けを行っていることが明らかになる。それは、国家が先か、家族が先か、という難しい命題である。

 本来ならば、家族を守ることが国家を守る動機になり、国家を守ることで家族を守ることになるはずである。だが、主人公ヴィジャイが直面したのは、家族を助けようとすれば国家を裏切ることになるし、国家を優先しようとすれば家族を失うという岐路だ。彼はカシュミール地方でテロを繰り返すテロ組織の首謀者と思われる人物を逮捕するが、息子のハルマンを誘拐され、テロリストと息子の交換を持ち出される。ハルマンを助けようとすれば国家や国民の安全を危険にさらすし、国家や国民の安全を優先しようとすればハルマンを失う。しかも、映画を通して、彼は同じような究極の選択を2度することになる。

 さらに、父子の関係も複雑だった。軍人のヴィジャイは、息子も将来軍人になるべきだと期待していた。だが、ハルマンはどもり症を抱えており、気弱な性格で、いじめにも遭っていた。そんな弱虫な息子にヴィジャイは素直に愛情を注げずにいた。ハルマンも父親の内心を敏感に感じ取っており、父親の愛情に飢えていた。テロ組織にハルマンが誘拐され、捕獲したテロリストの釈放を交換条件として出されたとき、ヴィジャイはハルマンを犠牲にする道を選ぶ。実はこのときハルマンは殺されず、釈放され脱出に成功したカービルによって育てられた。だが、ヴィジャイと妻メヘルはハルマンが殺されたものだと信じ込み、8年間を過ごすことになった。

 この8年間、ハルマンはカービルによって父親に対する憎悪を植え付けられ、テロリストに育て上げられていた。ハルマンはヴィジャイ抹殺の使命を受けて家族の元に戻り、機会をうかがう。だが、最後にはハルマンは父親と分かり合い、テロの阻止に動くのである。

 このように一見すると父子のドラマに見える「Sarzameen」だが、終盤に突然、新たな要素が加わる。それは妻であり母であるメヘルの存在である。演じるのは往年の大女優カージョルだ。序盤から中盤にかけて彼女にはそれほど存在感がなく、確かに違和感を感じていた。だが、インド映画業界では伝統的に女優の地位が低いため、カージョルであってもこういう起用はあるかもしれないと違和感を抑え付けて観ていた。だが、最後の最後で彼女に裏の顔があったことが明かされる。なんと、インド陸軍が血眼になって探してきたテロ組織の司令官モホスィンが彼女だったのである。とはいえ、ヴィジャイと結婚しハルマンを授かったことで、テロの道から愛の道への転身していた。確かにカージョルにふさわしい役であった。

 ただ、メヘルがモホスィンだったという新事実はあまりに突発的すぎて現実感がなかった。もう少し伏線を張っておいた方がよかっただろう。そもそも整合性が取れていない部分がたくさんあるような気がする。

 俳優たちの年齢差も気になった。まず、ヴィジャイ役を演じたプリトヴィーラージ・スクマーランはカージョルよりも約10歳年下で、この二人が夫婦というのは少し年齢差がありすぎるように感じた。また、ハルマン役を演じたイブラーヒーム・アリー・カーンはプリトヴィーラージよりも18歳しか年齢が離れていない。イブラーヒームの父親役を演じるにはプリトヴィーラージは若すぎる。メインキャストの世代にそんなチグハグさがあった。

 「Sarzameen」は、国家と家族の間で板挟みになる軍人の物語である。父子のドラマが主軸であるが、そこに突発的に妻および母の要素が飛び込んできて混乱する。サイフ・アリー・カーンの息子イブラーヒーム・アリー・カーンのローンチ映画第2弾と捉えることもできる。悪い映画ではないが、高い完成度を誇る映画でもない。