
2025年5月1日からZee5で配信開始された「Costao」は、実在するゴア州出身の税関職員コスタオ・フェルナンデスを主人公にした伝記映画である。税関職員が主人公の映画というのは非常に珍しい。コスタオは金密輸の取り締まり任務遂行中にドンの弟を誤って殺してしまい、殺人罪で有罪判決を受ける。任務遂行中の出来事であることを証明するためにタレコミ屋の開示を求められるが、彼は自分の命よりもタレコミ屋の命を優先し、決して名前を明かさなかった。彼のその勇気ある行動は、インド政府に協力するタレコミ屋に信頼を勝ち取るものであった。
監督は「London Dreams」(2009年)や「Bodyguard」(2011年)で撮影監督を務めたセージャル・シャー。監督は本作が初である。主演はナワーズッディーン・スィッディーキー。他に、プリヤー・バーパト、キショール・クマールG、フサイン・ダラール、マヒカー・シャルマー、ガガン・デーヴ・リヤルなどが出演している。
1990年代のゴア。税関職員のコスタオ・フェルナンデス(ナワーズッディーン・スィッディーキー)は州内の金密輸に目を光らせていた。地元の有力政治家デメロ(キショール・クマールG)がその大元締めで、誰もが彼の関与を知っていたが、誰もデメロに手を出せなかった。コスタオは何とか現行犯逮捕をしようと躍起になっていたが、なかなか成果を挙げられなかった。
ある日、コスタオはタレコミ屋から1,500kgの金が水揚げされるとの情報を得る。彼が現場に駆けつけると、デメロの弟ピーターが金の入ったバッテリー箱を自動車に積み込んでいる場面に出くわす。コスタオはピーターを尾行し、彼を止めようとする。ピーターはナイフで攻撃しコスタオは負傷するが、コスタオも反撃し、ピーターは死んでしまう。コスタオは自動車のトランクに積み込まれたバッテリー箱に大量の金地金を発見し、集まった野次馬たちに見せる。その後、彼は逃げ出す。警察はピーターの遺体を発見し、殺人容疑でコスタオの捜索を始める。しばらく潜伏していたコスタオは、金が見つからなかったことを知ると、自首する。弟を殺された憤ったデメロは手下を送ってコスタオを殺そうとするが、空手黒帯のコスタオに反撃され、警察も駆けつけたことで失敗に終わる。コスタオと家族は命の危険にさらされたため、税関職員の寮に移る。
コスタオの公判が始まった。任務中であることが証明できればコスタオの容疑は容易に晴れたのだが、ピーターの自動車から金が見つからず、彼が任務中だったことを証明するのが困難だった。デメロの息が掛かった中央情報局(CBI)のナーラング(ガガン・デーヴ・リヤル)が執拗にコスタオを有罪にしようとバイアスの掛かった捜査を行ったことも彼に不利に働いた。一審は有罪となり、二審も覆らなかった。この間、コスタオと子供の安全を心配する妻マリア(プリヤー・バーパト)との仲は悪化する。コスタオは上司の勧めもあってムンバイーに移る。
コスタオの公判は最高裁判所まで進んだ。コスタオは無罪を勝ち取ることを半ば諦めていたが、判決はコスタオを勇敢な役人とたたえ無罪放免とするものだった。
コスタオ・フェルナンデスは存命中であり、映画の最後にはナワーズッディーン・シッディーキーが本人と一緒に写っている写真も提示される。それからも分かるように、「Costao」はコスタオ・フェルナンデス本人の全面的な協力の下に作られた映画である。彼の半生が事実にかなり忠実に映画化されていると予想される。あまりフィクションは盛り込まれていないはずである。それ故にいまいちドラマ性に欠ける展開で、それがこの映画の足を引っ張っていた。
もっとも弱かったのは終盤、最高裁判所で公判が始まったあたりである。ゴア州の地方裁判所、ムンバイーの高等裁判所で彼は有罪判決を受け、最高裁判所でもそれを覆すのは難しいと思われていた。金密輸のタレコミをしたインフォーマーの情報を開示すれば勝機はあったが、コスタオは自分よりもタレコミ屋の命や人生を優先し、決して明かそうとしなかった。デメロは税関に情報を流したタレコミ屋の命を狙っており、情報の開示は確かにその人物の死を意味した。それをよく知っていたコスタオは決して口を割らなかったのである。これでコスタオの負けは確実かと思われたが、なぜか裁判長はコスタオに無罪判決を出す。この突然の転換に伏線は用意されていなかった。
デメロが意外に優しい悪役だったことも映画のドラマ性を損なっていた。通常のインド映画ならば、悪役はどんなことをしてでも目的を達成しようとする。デメロは一度コスタオを暗殺しようとするが失敗する。ならば家族を狙うというのが定石であるが、コスタオの家族は、嫌がらせは受けたものの、誘拐されたりすることはなく、生ぬるい悪役という印象であった。史実に忠実にするあまり、映画的な面白さは犠牲になっていた。
殺人罪で有罪になったコスタオがそのまま仕事を続けられていたことにも違和感を感じた。もちろん、有罪が確定するまでは無罪である。有罪判決が出てもコスタオは上訴していたので、まだ彼が殺人犯だと決まったわけではなかった。また、税関局が裁判所の判決を不服として上訴していた面もあったため、コスタオ個人の戦いでもなかった。それでも、殺人犯かもしれない人物がのうのうと自由に歩き回っているのにはもう少し丁寧な説明が必要だったと感じた。
主演のナワーズッディーン・スィッディーキーは既に確立した演技派俳優であり、コスタオ役も難なくこなしていた。彼以外の俳優たちはそれほど有名ではないが、デメロ役を演じたキショール・クマールGや、デメロと通じたCBI捜査官ナーラング役を演じたガガン・デーヴ・リヤルなどの好演が光った。コスタオの妻マリア役のプリヤー・バーパトは一段ランクが下がった。
「Costao」は、誠実な税関職員の半生を映画化した作品である。知られざる英雄といえば聞こえがいいが、地味な映画であることには変わりがない。主演ナワーズッディーン・スィッディーキーなどは好演していたが、事実に忠実に映画化したものと思われ、娯楽性を高めるためのフィクションが極力抑えられており、ドラマ性が乏しい。捉えどころのない映画である。