Tourist Family (Tamil)

3.5
Tourist Family
「Tourist Family」

 2025年4月29日公開のタミル語映画「Tourist Family」は、タミル・ナードゥ州に不法入国したタミル系スリランカ人家族の心温まる物語である。低予算映画ながら2025年を代表するヒット作に化けた作品だ。

 監督は新人アビシャン・ジーヴィント。タミル語映画界に突然現れた新星である。音楽はショーン・ロルダン。キャストは、Mシャシクマール、スィムラン、ミトゥン・ジャイ・シャンカル、ヨーギー・バーブー、カマレーシュ・ジャガン、MSバースカル、ラームクマール・プラサンナ、ラメーシュ・ティラク、バガヴァティー・ペルマール、エランゴ・クマーラヴェル、シュリージャー・ラーヴィ、ソウンダリヤー・サラヴァナン、ヨーガラクシュミーなどである。

 タミル系スリランカ人のダルマダース(Mシャシクマール)は、経済危機に陥ったスリランカを捨て、家族と共にインドに密入国する。インドでは、ダルマダースの妻ヴァサンティー(スィムラン)の弟プラカーシュ(ヨーギー・バーブー)が出迎えるはずだった。

 ラーメーシュワラムに着いた途端、彼らはバイラヴァン巡査(ラメーシュ・ティラク)率いる警察の一団に逮捕される。だが、ダルマダースの次男ムラリー(カマレーシュ・ジャガン)が機転を利かせたことでバイラヴァン巡査の同情を買うことに成功し、彼らは解放される。ダルマダースたちはタクシーをチャーターし、チェンナイのケーシャヴァナガル・コロニーへ行く。プラカーシュは彼らが住むための物件をあらかじめ見つけてあった。だが、大家がラーガヴァン警部補(バガヴァティー・ペルマール)であることまでは調べておらず、誤算だった。スリランカ人であることがばれると捕まってしまう。それでも、ダルマダースはケーララ州から来たと嘘を付き、ラーガヴァン警部補もそれを信じてくれたので、大きな問題にはならなかった。

 ダルマダースは早速新しい生活に慣れようと努力する。プラカーシュは、近所の人々となるべく話さないようにと忠告するが、ダルマダースは元々フレンドリーな性格で、どんどん近所に友人を作っていく。また、プラカーシュに頼んで運転免許証を偽造してもらい、近所に住むリチャード(MSバースカル)の運転手として働き出す。収入を得たことで、ダルマダースの家族の生活は安定していく。

 長男のニトゥシャン(ミトゥン・ジャイ・シャンカル)は、父親の密入国に付き合わされ、恋人をスリランカに置いて来てしまったために不機嫌で、しかも彼女が別の男性と結婚してしまい、荒れていた。だが、ニトゥシャンは父親と和解し、ラーガヴァン警部補の娘クラール(ヨーガラクシュミー)と仲良くなる。

 いつの間にかダルマダースはケーシャヴァナガル・コロニーの人々から愛される存在になっていた。ダルマダースも自らの正体を正直に彼らに明かしていた。彼らの間ではスリランカのタミル語が流行し始めていた。

 一方、ラーメーシュワラムでは爆弾テロが起き、バルワーン・スィン警部(ラームクマール・プラサンナ)が捜査をしていた。バイラヴァン巡査は、自分が解放した密入国者がテロリストなのではないかと疑い、バルワーン警部補に申し出る。バルワーン警部補はその家族の行方を追ってチェンナイまでやって来る。だが、この地区の住民たちが皆、スリランカのタミル語を話すため、バルワーン警部補は混乱してしまう。目撃者として連れて来られたバイラヴァン巡査はその様子を見て、ダルマダースがテロリストであるはずがないと悟り、彼を見ても容疑者だとは明かさなかった。

 ここ10年ほど、インドでは「密入国モノ」とでも呼ぶべきジャンルの映画が目立つようになって来ている。「Bajrangi Bhaijaan」(2015年/邦題:バジュランギおじさんと、小さな迷子)はインド人がパーキスターンに密入国するストーリーであり、日本でも公開されたため、記憶に新しい人も少なくないと思うが、他にも「Surkhaab」(2015年)、「Namaste England」(2018年)、「Shiddat」(2021年)、「Dunki」(2023年)といった映画があった。これらは、インド人が出稼ぎなどのために主に先進国に密入国する映画である。インドはパーキスターンからの越境テロリストに悩まされているはずだが、この種の密入国モノではなぜか密入国が正当化もしくは軽視されているのが気になるところだ。

 「Tourist Family」も密入国モノの一種だと捉えることができる。ただし、インド映画なのにもかかわらず主人公はスリランカ人である。スリランカの全人口の約15%はタミル人であり、「Tourist Family」の主人公一家もスリランカのタミル人だ。厳密にいえば、スリランカのタミル人はさらに、スリランカ系タミル人とインド系タミル人に分かれる。スリランカ系タミル人が11.2%、インド系タミル人が4.1%とされている。スリランカ系タミル人は古代からセイロン島に住んでいた人々であり、先住民意識がある一方、インド系タミル人は英領時代にインドから渡ってきた比較的新しい人々である。「Tourist Family」の主人公一家は、スリランカ系タミル人だと思われる。彼らがスリランカ北西部から海を渡ってインドに密入国して来るのである。スリランカとインドの間には、アダムス・ブリッジまたはラーム・セートゥと呼ばれる砂州の連なりがあり、その距離は48kmほどである。歩いて渡ることは困難だが、船で渡ることは可能である。もちろん、正規の手続きを経なければ密入国になる。

 主人公ダルマダースが家族を連れてインドに密入国しようと思い立った理由は、スリランカの経済危機である。おそらく2022年の経済危機を意識しているのだと思われる。大幅な減税による財政赤字の拡大、世界的な新型コロナウイルス感染拡大による観光業の崩壊と外貨準備高の枯渇、農業政策の失敗、対外債務の増加とデフォルト、ロシアのウクライナ侵攻による燃料価格や食料価格の高騰などが合わさって、2022年にスリランカは深刻な経済危機に陥った。特にインフレについて触れられていたが、このときのスリランカのインフレ率は69.8%に達した。ダルマダースはスリランカで生きていけなくなり、インドへの密入国を決意したのであった。

 インドでダルマダースを迎え入れたのは、妻ヴァサンティーの弟プラカーシュであった。彼はダルマダースよりも先にスリランカに移住していた。1980年代からスリランカでは多数派シンハラ人と少数派タミル人の間で内戦が起こっていたが、おそらくプラカーシュが移住したのはこのタイミングだったのではないかと思われる。

 プラカーシュはダルマダースたちをチェンナイに連れて行き、ケーシャヴァナガル・コロニーという住宅街の家に住まわせる。同時に、彼はダルマダースたちに、近所の人々とは極力話さないように忠告する。その理由が面白い。スリランカ訛りのタミル語で、スリランカ人であることがばれてしまうからだ。やはりインドのタミル語とスリランカのタミル語は異なるようである。スリランカのタミル語の方が古タミル語の特徴をよく残しているとされる。

 「Tourist Family」は、どうも第一に言語のギャップを楽しむ作品のようである。チェンナイという都会に住むタミル人にとって、スリランカの古風なタミル語はエキゾチックに聞こえるようで、それをネタにしていると思われる場面がいくつもあった。言語がオチの伏線にまでなっていた。だが、タミル語を解しないとその面白さがよく分からない。元々低予算の映画であり、タミル人の間で身内受けすればいいと思って作られたのではないかと思われる。

 かねてからタミル語映画からヒンディー語に対する反骨心が感じられてならないのだが、この「Tourist Family」もアンチ・ヒンディー語映画に数えることができる。この映画の中でヒンディー語を話すのは、ラーメーシュワラムの爆弾テロ事件を担当するバルワーン・スィン警部だ。パンジャーブ州出身という設定で、母語はパンジャービー語またはヒンディー語である。ただ、タミル・ナードゥ州に赴任してタミル語を習得したのか、普段の会話はタミル語だ。その彼がケーシャヴァナガル・コロニーの住民たちからおちょくられるのが映画のクライマックスになっている。これがタミル人の中にあるアンチ・ヒンディー語精神をくすぐるのだろう。

 ケーシャヴァナガル・コロニーは、決して近所同士仲のいい地域ではなかった。プラカーシュがダルマダース一家の隠れ家として選んだ理由のひとつもそれだった。プラカーシュはダルマダースに、近所との交流を禁じる。だが、ダルマダースや彼の家族は元々人懐こい性格で、悪気なく自然に近所の人々と交流を始めてしまう。ダルマダース一家の存在が潤滑油となり、ギクシャクしていた近所の人々はお互いに交流を始め、いつの間にか笑顔のあふれる住宅地に様変わりしていた。これが最後に、ダルマダース一家を危機から救うのだった。恐れて閉じこもるより、前向きな気持ちで外に出て人々と交わることで幸せを手にするというメッセージが込められていたといっていい。

 だが、この映画のプロットには疑問を感じる点もいくつかあった。まず、密入国モノの映画に共通する疑問だが、密入国を正当化していいのか、ということだ。先述のとおり、インドは越境テロに悩まされている国である。カシュミール、デリー、ムンバイーなどインド各地で密入国してきたテロリストによるテロ事件が起こり、多くの犠牲者を出してきた。インドは国際社会に向けて密入国の禁止を訴えていかなければならない立場にいる。密入国の安易な正当化は自らの首を絞める結果になるだろう。また、グローバルサウスの盟主を自任する上で、グローバルノースから「不法移民の輸出国」とレッテルを貼られることは絶対にプラスに働かない。「Tourist Family」に影響されて、大量のスリランカ人が難民としてインドに流入してきたらどうするつもりであろうか。密入国モノの映画をハートウォーミングにまとめるのは国益にならないと思われる。

 バルワーン・スィン警部はラーメーシュワラムで起こった爆弾テロの捜査をしていた。ダルマダース一家がインドに密入国した直後に事件が発生しており、しかも爆弾が置かれていたゴミ箱に彼らはゴミを捨てている。彼らが容疑者になるのは仕方がない。観客は彼らがテロリストではないことを知っているが、警察は限られた情報の中でそこまで正確な判断ができるはずがない。もしかしたら本当にテロリストかもしれない。テロリストの一団がフレンドリーな家族を装ってインドに住み、テロ活動をすることはありえる。それなのに、ケーシャヴァナガル・コロニーの人々はダルマダースの隠蔽に協力した。国家保安上、彼らの判断は果たして正しいといえるのだろうか。たとえスリランカ人だとはいえ、同じタミル人だからかばったのだろうか。そうすると、タミル人にとっては、同じインド人である北インド人よりもスリランカに住むタミル人の方により強い同胞意識を持っているということになる。下手するとこの映画は北インドの人々からこういう受け止め方をされるという可能性は考えなかったのだろうか。

 ダルマダースの家族メンバーは、インドに密入国し、見知らぬ土地で新しい生活を始めた。だが、それにもかかわらず、彼らからあまり悲愴感や緊張感が感じられなかったことも気になった。これは監督の作風なのかもしれないし、俳優たちの演技の問題なのかもしれない。コメディータッチで描くような余裕も見せており、確かに面白かったが、やはり密入国のカジュアル化に加担する恐れを感じてしまい、いまいち共感できなかった。

 ダルマダースの一家の中でもっとも興味深いキャラは、なんといっても次男ムラリーだ。家族の中では最年少ながらもっとも機転が利き、家族の危機を何度も救ってきた。その活躍ぶりは主人公級だったが、あくまで主人公はダルマダースであり、彼にスポットライトが当たる時間帯は限られていた。それでもインパクトのあるキャラだった。

 「Tourist Family」は、スリランカの経済危機から逃れてインドに密入国して来たスリランカ系タミル人一家の物語である。「受難の物語」といいたいところだが、意外にのほほんとした雰囲気で、コメディータッチを加える余裕まで見せている。密入国の正当化やカジュアル化、それにそこはかとなく漂うアンチ・ヒンディー語精神が気になるところだが、それをいったん棚に上げて評価してみると、一定の良さが感じられる作品だ。2025年のタミル語映画界における一番のサプライズ・ヒットになっている。観て損はない映画である。