
2025年3月14日からAmazon Primeで配信開始された「Be Happy」は、「ABCD: Any Body Can Dance」(2013年)や「Street Dancer 3D」(2020年/邦題:ストリートダンサー)などのダンスを撮ってきたコレオグラファー出身の映画監督レモ・デスーザの最新作である。やはりダンスが前面に押し出された映画であるが、その中心テーマは骨肉腫を患ったダンサー志望の少女と父親の絆である。日本のAmazon Primeでも日本語字幕付きで配信されており、邦題は「ビー・ハッピー ~羽ばたけ 夢の舞台で~」になっている。
主演はアビシェーク・バッチャンとイナーヤト・ヴァルマー。イナーヤトは「Ludo」(2020年)や「Tu Jhoothi Main Makkaar」(2023年)など多数の映画に出演している天才子役だ。他に、ノラ・ファテーヒー、ナーサル、ジョニー・リーヴァル、サンチト・チャナーナー、ハルリーン・セーティーなどが出演している。また、レモ・デスーザ監督、女優ソーナーリー・ベーンドレー、男優ジャイ・バーヌシャーリー、女優エリ・アヴラーム、ダンサーのプニート・ジャエーシュ・パータクやサルマーン・ユースフ・カーンなど特別出演している。また、コレオグラファー出身の監督プラブ・デーヴァーがアイテムソング「Sultana」で踊りを踊っているが、この曲で彼が登場する場面は映画では使われていなかった。
銀行員のシヴ・ラストーギー(アビシェーク・バッチャン)は、8年前に妻ローヒニー(ハルリーン・セーティー)を交通事故で亡くしており、彼女との間にできた娘ダーラー(イナーヤト・ヴァルマー)や義父ナーダル(ナーサル)と共にウダカマンダラム(通称ウーティー)で暮らしていた。ダーラーはダンス好きで、ダンス・リアリティー番組「インドのスーパースター・ダンサー」出場を夢見ていた。ダーラーは学校対抗のダンス競技会で見事な踊りを見せ、主賓として出席していたダンサー、マギー(ノラ・ファテーヒー)に才能を認められる。マギーはダーラーにムンバイーに来てダンスを学ぶように勧めるが、頑固者のシヴは決してそれを認めなかった。
ダーラーは祖父ナーダルと共に粘り強く説得を続け、ようやくシヴはダーラーを連れてムンバイーに移住することを決める。ダーラーはマギーのダンススクールに通い始める。ダーラーのダンススキルはますます磨かれ、夢だった「インドのスーパースター・ダンサー」に出場を果たし、勝ち進んでいく。シヴも娘の成功を喜ぶようになる。
ところが決勝戦にあと少しのところでダーラーは急に倒れ、病院に搬送される。ダーラーは骨肉腫と診断された。進行が早く、すぐにダーラーは歩けなくなってしまう。ダンスなどもってのほかだった。ダーラーは泣く泣く棄権する。ガン治療のために彼女の免疫力は落ちており、なかなか出歩くこともできなくなってしまった。
シヴは、「インドのスーパースター・ダンサー」決勝戦に行きたいというダーラーの夢を叶えるため、入院中だったダーラーをこっそり連れだし、会場へ連れて行く。そしてシヴは黒子となってダーラーを支え、ステージ上で特別にダンスを踊らせてもらう。
近年、ヒンディー語映画を中心にストーリーの途中に挿入される歌と踊りが減ってしまっているが、その反動として、コレオグラファーを本業とする映画監督たちがダンスを主題にした映画を盛んに作っている。「Be Happy」もまさにその種の映画である。特徴的なのは、ダンスの中心にいるのが子役俳優であることだ。イナーヤト・ヴァルマーはタレント発掘番組「Sabse Bada Kalakar」(2017年)に4歳で出場して見事な演技を見せ、そこから数々のTV番組や映画に出演してきた天才子役だ。まだ12歳前後だが末恐ろしいほどの演技力を既に発揮しており、しかも今回、ダンスの腕前も相当なものであることが分かった。やたら大人びたセリフをキュートにしゃべる姿がとても印象的だった。この映画を背負っていたのは間違いなくイナーヤトである。
前半はほぼ平坦なサクセスストーリーである。田舎町に住むダンサー志望の少女ダーラーが、プロのダンサーに才能を認められて父親と共にムンバイーに上京し、多少の環境急変に戸惑いながらも才能を開花させていく。目標としていたダンス・リアリティー番組「インドのスーパースター・ダンサー」にも出場を果たし、トントン拍子で勝ち進んでいく。
だが、アップダウンのないサクセスストーリーを見せられても何も面白くない。どこかで壁にぶち当たるのが普通である。時々ダーラーが足を押さえて痛がることがあり、それが伏線になっていた。その伏線がいつ鎌首をもたげるのか、ドキドキしながら彼女の成功を見守っていた。
ダーラーは骨肉腫を患っていることが発覚する。予想していたよりもかなり深刻な事態であった。骨肉腫といえば「Dil Bechara」(2020年)でも取り上げられていた病気で、骨のガンである。10代で発症する例も少なくないといい、ダーラーの発病は非現実的ではない。すぐにガン治療に入るが、ダーラーの体力は急速に落ち、ダンスはおろか立って歩くことも難しくなってしまう。
だが、ダーラーは年の割にはしっかりした女の子で、病気が発覚しても、「インドのスーパースター・ダンサー」を棄権しても、ほとんど涙を見せなかった。むしろ、父親シヴや祖父ナーダルの方が子供じみた反応をしていた。それはこの映画の滑稽な点である。
人間的な変化や成長という意味では、ダーラーが既に出来上がっていたこともあって、むしろシヴの映画だったといえる。序盤での彼は、ヒンディー語の俗語でいう「खड़ूस」だ。この言葉は、つっけんどんで頑固者のことを指す。ムンバイーへ行ってダンスを習いたいという娘の願いも頭ごなしに否定する。だが、ダーラーにも責任があった。彼女は事あるごとに「お母さんがいたら・・・」ということを口にしており、常に亡き母親と比べていた。それがますますシヴをかたくなにしていた。
渋々娘と共にムンバイーへ移住したシヴは、娘がダンサーとして開花するにつれて、娘の成功を我がことのように喜ぶようになる。元々彼は娘を愛していた。だが、その愛を素直に表現できないだけだった。ダーラーがダンスを習っていたマギーの存在も彼の心を和らげるのに一役買っていたことも忘れてはならない。いつの間にかシヴは娘のことを第一に考え、しかもそれを表現できる父親になっていた。最後にシヴはダーラーから「お母さんが生きていても、お父さんの方が好きだったと思う」と言われていたが、男手一つで娘を育ててきた父親にとってこれほどうれしい言葉があるだろうか。
父親の心境の変化をアビシェーク・バッチャンは渋く演じ切っていた。元々ダンスが得意な俳優ではないが、彼がちょっとした踊りを踊るシーンもある。
ダンスで締めるというのはいいインド映画の典型だ。シヴは絶対安静中だったダーラーを病院からこっそり連れ出し、「インドのスーパースター・ダンサー」決勝戦会場まで連れて行く。医学的な見地から見れば間違った行為だが、彼の行動に異を唱える観客はいないだろう。そして、ダーラーの夢だった決勝戦ステージでシヴはダーラーを支えながら彼女を踊らす。涙なくしては観られない結末である。
その後、ダーラーがどうなったかについては映画の中では語られていない。だが、エンドロールでは彼女のいくつものスナップ写真が表示され、彼女の死が暗示される。それでも悲しい終わり方ではなかった。
コレオグラファーが監督しただけあって、近年の映画としては異例といえるほどダンスシーンの多い映画だ。イナーヤトに加えて、プロのベリーダンサー、ノラ・ファテーヒーもダンスを踊る。だが、練習、競技、ショーという形でのダンスシーンばかりだったため、エモーションが空っぽだったのは残念だ。インド映画のダンスシーンはエモーションがあってこそである。エモーションがこもっていたのは最後の「Mere Papa」くらいであった。よって、ダンスシーンの多い映画ではあるが、ダンスが感情を高ぶらせる効果は低かった。やはりダンスそのものに力が込められており、ダンサーとして一番大事なのは幸せであること、というようなダンスの極意も発信されていた。
ただ、普段はアイテムガール出演の多いノラにあえて通常の演技をさせていたのは、逆転の起用法だったと感じた。とはいっても彼女はモロッコ系カナダ人なので、ヒンディー語のセリフを彼女自身がしゃべっていたのかは分からなかった。それでも、ダンス教師の役ははまり役で、使いようによっては女優としても活躍できることが分かった。
「Be Happy」は、「ストリートダンサー」などの延長線上にあるダンス満載映画である。ただ、ダンスを中心に父と娘が絆を確かめ合うファミリードラマの方に軸足が置かれている。ダンスが見どころなのはいうまでもないが、天才子役イナーヤト・ヴァルマーの名演やアビシェーク・バッチャンの渋い演技なども注目される。佳作だといえる。