Sky Force

3.5
Sky Force
「Sky Force」

 2025年1月24日公開の「Sky Force」は、1965年の第2次印パ戦争時にインド空軍が行った越境空爆「スカイフォース作戦」を題材にした戦争映画である。米映画「トップガン マーヴェリック」(2022年)の影響からか、近年、インドで空軍を主題にした映画が作られるようになった。「Tejas」(2023年)、「Fighter」(2024年)、「Operation Valentine」(2024年)などである。だが、「Sky Force」は単なるドッグファイト主体のアクション映画ではなく、サスペンスを含んだドラマとして成立している点でユニークだ。しかも、実話にもとづいたストーリーである。

 監督はサンディープ・ケーウラーニーとアビシェーク・アニル・カプール。ケーウラーニー監督は「Runway 34」(2022年)や「Bholaa」(2023年)の脚本を書いた人物で、今回が初の監督作となる。カプール監督は「Go Goa Gone」(2013年/邦題:インド・オブ・ザ・デッド)や「Dangal」(2016年/邦題:ダンガル きっと、つよくなる)などで長く助監督を務めてきた人物で、やはり今回が初監督作だ。音楽監督はタニシュク・バーグチーである。

 主演はアクシャイ・クマールだが、もう一人、主演級の存在感を示すのが新人のヴィール・パハーリヤーである。ヴィールは、マハーラーシュトラ州の元州首相スシールクマール・シンデーの孫であり、実業家サンジャイ・パハーリヤーの息子だ。「Sky Force」は彼のローンチ映画になる。

 ヒロインとしてサーラー・アリー・カーンとニムラト・カウルが出演している。他に、シャラド・ケールカル、モーヒト・チャウハーン、マニーシュ・チャウダリー、ヴァルン・バドーラーなどが出演している。

 この映画を理解するためには、第2次印パ戦争の背景を知っておいた方がいいだろう。1947年に分離独立したインドとパーキスターンは、カシュミール地方の領有権を巡ってすぐに戦争状態に入り、1948年末まで続いた。これが後に第1次印パ戦争と呼ばれた。その後、しばらくの間印パ関係は安定するが、1962年に中印国境紛争が起こってインドが敗北し、1964年に初代首相ジャワーハルラール・ネルーが死去すると、パーキスターンはインドが領有するカシュミール地方を奪取するチャンスと見て軍事活動を活発化させる。1965年8月からカシュミール地方で小競り合いが始まり、9月に入ると戦争に突入した。これが第2次印パ戦争である。この戦争では、両国の空軍間で初めて本格的なドッグファイトが行われたことで知られている。「Sky Force」が主な題材にしているのも第2次印パ戦争中に起こった空軍による爆撃や空中戦である。

 また、「Sky Force」のストーリーには第3次印パ戦争勃発前夜だった1971年の情勢も関係してくる。第3次印パ戦争は、東パーキスターン(現バングラデシュ)の独立を巡って印パ間で戦われた。インド亜大陸東部が主な戦場になったが、西部の国境地帯でも戦闘や爆撃が行われた。

 1971年、第3次印パ戦争前夜、パーキスターン空軍によるインド空軍基地爆撃があった。そこで1機のパーキスターン空軍戦闘機が撃墜され、パイロットのアハマド・フサイン少佐(シャラド・ケールカル)が捕虜となる。その尋問を行ったのがクマール・オーム・アフージャー中佐(アクシャイ・クマール)であった。クマール中佐はアハマド少佐が1965年の第2次印パ戦争時に勲章を受けたことを知り、興味を持つ。

 第2次印パ戦争時、クマールはパンジャーブ州アーダムプル空軍基地におり、戦闘爆撃機ミステールから成るタイガー部隊を率いていた。部隊の中でクマールがもっとも信頼を寄せていたのがTKヴィジャヤ(ヴィール・パハーリヤー)であった。アーダムプル空軍基地はパーキスターン空軍が所有する米国製戦闘機スターストライカーの爆撃を受け、多くの仲間を失う。平和国家として歩んできたインドもとうとう我慢の限界に達し、パーキスターンに対し反撃を開始する。

 スターストライカーはインド空軍の所有するどの戦闘機よりも性能が高く、その破壊が急務であった。タイガー部隊は、スターストライカーが保管してあると思われる、パーキスターン内陸部のサルゴーダー空軍基地を爆撃することになる。ヴィジャヤは作戦への参加を熱望したが、クマールは彼に待機を言い渡した。クマールは8機のミステールと共に越境してサルゴーダー空軍基地を爆撃し、スターストライカーを破壊する。一方、アーダムプル空軍基地ではヴィジャヤが勝手に出撃してしまい、そのまま行方不明になってしまう。

 クマールをはじめとしたタイガー部隊は戦争終了後に戦績をたたえられヴィール・チャクラ勲章を授与される。だが、勝手な行動を取って行方不明になったヴィジャヤは無視された。ヴィジャヤの妻ギーター(サーラー・アリー・カーン)はそれに強い不満を抱いており、クマールも罪悪感を感じていた。

 1971年に捕虜になったアハマド少佐は、1965年のサルゴーダー空軍基地爆撃時に基地におり、しかもその後、助かったスターストライカーに乗ってタイガー部隊を追跡したと語った。その途中、向かってくるインド空軍戦闘機と戦闘になり、撃墜したとのことだった。パイロットは見つからなかった。それを聞いたクマールは、ヴィジャヤがまだ生きている可能性があると信じる。だが、第3次印パ戦争の戦勝に酔っているインドでは、第2次印パ戦闘時に行方不明になったパイロットのことを蒸し返す機運が生まれず、進展はなかった。アハマド少佐はパーキスターンに送還されてしまう。

 それから10年の歳月が経った。既に空軍を引退していたクマール大佐の元に1冊の本が届く。それは、第2次印パ戦争について書かれた本だった。クマールはそれを読んで新たな事実に気付く。クマールは大統領に手紙を送り、ヴィジャヤの調査を請願する。それを受けて調査委員会が立ち上げられ、かつてタイガー部隊に所属していたデーバシーシュ・チャタルジーが調査を担当することになる。デーバシーシュはクマール大佐に協力を求め、共に世界を飛び回ってヴィジャヤの追跡調査を行う。

 調査委員会で明らかになったのは、勝手にミステールに乗って飛び立ったヴィジャヤがアハマドの乗るスターストライカーとドッグファイトをし、性能で劣りながらも善戦したことだった。最後にミステールはスターストライカーを巻き込んで墜落してしまうが、米国がその戦闘の詳細を調査するなど、影響は大きかった。調査の過程でクマール大佐はパーキスターンまで行ってアハマドと会い、真実を聞き出す。アハマドはヴィジャヤに敬意を払っており、彼を内密に葬っていた。ヴィジャヤの活躍がなければアハマドは爆撃を終えてインドに向かうタイガー部隊に追いつき全滅させていた可能性がある。スカイ・フォース作戦の成功はヴィジャヤの犠牲がなければ成り立たなかったものだった。調査委員会はヴィジャヤにマハー・ヴィール・チャクラ勲章を与えることを推薦し、ギーターは亡き夫に代わって大統領から勲章を受け取る。

 他のインド製空軍映画も同様だが、「Sky Force」での戦闘機飛行やドッグファイトの描写は、いかにもCGを使っていると分かるような出来で、「トップガン マーヴェリック」と比べてどうしても見劣りがしてしまう。また、クマールがタイガー部隊のパイロットたちを訓練するシーンは「トップガン マーヴェリック」そのままであり、激しい既視感と共に序盤の時間を過ごすことになる。本作でデビューしたヴィール・パハーリヤーからも今のところ顕著なスター性は感じなかった。ドッグファイトといっても、序盤で主に描かれるのは訓練か爆撃であり、戦闘機同士の真剣な空中戦はない。もしこれだけで終わっていたら期待外れであった。

 だが、すぐに「Sky Force」がアクション主体の映画ではないことが分かる。1965年、サルゴーダー空軍基地を爆撃したスカイ・フォース作戦時に行方不明になったパイロット、ヴィジャヤを巡るミステリーが主題なのである。ヴィジャヤは、抜群の才能を持っているが自分勝手なところがあり、「トップガン」シリーズのマーヴェリックに近い存在である。だが、あえて彼の英雄譚が中心の映画にはせず、彼を長年探し求める上司クマールにフォーカスが当てられることになる。それによって戦争映画ながらヒューマンドラマとしての味が強く出た作品になっていた。

 実話にもとづく映画ではあるが、登場人物の名前などは変えられている。たとえば、映画の中心となっている、行方不明になったパイロットの名前はABデーヴァイヤーである。また、第2次印パ戦争時にパーキスターン空軍が所有していた米国製戦闘機の名前はスターストライカーではなくF-104スターファイターだ。当時、パーキスターンは米国の支援を受けており、同国は南アジアで最強の戦闘機を供与されていた。インド空軍が配備する戦闘機ではF-104には容易に太刀打ちできなかったのは本当のようだ。だが、勝手に作戦に飛び込んだABデーヴァイヤーは性能で劣るミステールで善戦してF-104の撃墜に成功し、米国を驚かせた。F-104のミサイルに搭載されていた熱源探知システムの欠点に気付かされ、米国は改良を余儀なくされたとのことである。

 驚くべきことに、デーヴァイヤーのこの活躍をインド側は全く把握していなかったという。単に命令無視をしたパイロットが敵国で行方不明になったくらいにしか捉えていなかった。戦争からしばらく経った後、英国人作家が第2次印パ戦争について本を書き、そこでデーヴァイヤーのことに触れたため、初めてインド側にそれが知れることになったという。インドの諜報機関は仕事をしていなかったのか、心配になる。ともあれ、「Sky Force」の内容は、かなりクマールの働きが誇張されているものの、大まかな流れは史実のようである。

 「Sky Force」は戦争映画のご多分に漏れず、愛国主義映画である。たとえ敵と味方に分かれていても、国のために命を賭けて戦った軍人同士の絆みたいなものも表現されていた。それはそれでいいのだが、気になったのは1965年の第1次印パ戦争時に行われた越境空爆を現代の文脈に当てはめて称賛しているように感じたことだ。2014年から中央で政権を握るインド人民党(BJP)のモーディー政権は2016年以降、パーキスターンに対して強硬姿勢を採っており、2019年にはパーキスターン領バーラーコートのテロリスト拠点に空爆を行った。1965年のサルゴーダー空軍基地空爆を描くことで2019年のバーラーコート空爆を連想させ、BJPに有利な世論を作り出そうとしていると解釈することができる。

 アクシャイ・クマールは戦闘機のパイロットや空軍の軍人の役柄を凜々しく演じていた。彼にはピッタリの役だった。新人のヴィール・パハーリヤーからは大した将来性を感じなかったが、今後定着していけるかはこれから出る作品の出来によるだろう。クマールの妻役を演じたニムラト・カウルとヴィジャヤの妻役を演じたサーラー・アリー・カーンはほとんど存在感を示せていなかった。

 「Sky Force」は、「トップガン マーヴェリック」以降、インド映画界でトレンドになりつつある空軍映画の最新例だ。ただ、単にドッグファイトに終始するのではなく、米映画「プライベート・ライアン」(1998年)のように、戦争中に行方不明になったパイロットを巡るヒューマンドラマ的な味付けになっている。その意外な展開は新鮮で、感動もできたが、ドッグファイトのシーンがどうしてもハリウッド映画と比べて見劣りしてしまい、その印象が残ってしまう。興行的にも失敗に終わった。ヒットしなかっただけの理由はある作品である。