Vijay 69

3.5
Vijay 69
「Vijay 69」

 2024年11月8日からNetflixで配信開始された「Vijay 69」は、69歳の老人がトライアスロンに挑戦するという映画である。スポーツ映画に分類することもできるが、どちらかといえば人生について考えさせられる作品である。

 監督は「Meri Pyaari Bindu」(2017年)のアクシャイ・ロイ。「Band Baaja Baaraat」(2010年)のマニーシュ・シャルマーがプロデューサーを務めている。主演はアヌパム・ケール。他に、ミヒル・アフージャー、チャンキー・パーンデーイ、ヴラジェーシュ・ヒールジー、スラグナー・パーニーグラヒー、グッディー・マールティ、エーカヴァリー、ケーティカー・シャルマーなどが出演している。

 ムンバイー在住のヴィジャイ・マシュー(アヌパム・ケール)は、元々水泳コーチをしていたが引退し、69歳になっていた。ある日、ヴィジャイが海に飛び込び自殺したという噂が流れ、彼の娘ディークシャー(スラグナー・パーニーグラヒー)や、ファリー(チャンキー・パーンデーイ)やバクシー夫人(グッディー・マールティ)をはじめとした友人たちはヴィジャイの葬儀を行う。ところがその葬儀にヴィジャイが現れる。ヴィジャイは死んでおらず、友人のところで酒を飲んで酔い潰れていただけだった。

 ヴィジャイの葬儀ではファリーが追悼文を読み上げることになっていた。ヴィジャイは彼の書いた追悼文を読んで、自分のことを何も知らないとショックを受ける。だが、彼自身が自分の功績を思い出してみると、特に何もなかった。ヴィジャイは死ぬ前に、追悼文で賛辞を送ってもらえるような功績を残そうと考え出す。そして行き着いた結論がトライアスロンだった。

 ちょうど近所では18歳のアーディティヤ(ミヒル・アフージャー)がインド最年少のトライアスロン完走を目指していた。ヴィジャイが調べてみたところ、インド最年長のトライアスロン完走者は67歳だった。ヴィジャイが完走すれば新記録になる。元々水泳が得意だったアーディティヤは、サイクリングやランニングもできると考えていた。

 当初、トライアスロン協会は年齢を理由にヴィジャイの選手登録を却下した。だが、友人の助けで登録を済ませ、クマール(ヴラジェーシュ・ヒールジー)というコーチも見つける。一方、アーディティヤの父親と祖父は、ヴィジャイに注目が集まったことで嫉妬し、ヴィジャイの参加を妨害しようと画策し始める。

 ヴィジャイとアーディティヤはミニトライアスロンに出場する。そこでアーディティヤは転倒して怪我をし、ヴィジャイも力尽きて倒れてしまう。二人は同じ病院に入院した。そこでヴィジャイとアーディティヤは仲良くなる。アーディティヤは、クマールがヴィジャイのコーチから離れた後も密かに彼のコーチをして応援する。また、アーディティヤの恋人マールティ(ケーティカー・シャルマー)はマーケティングの専門家で、ヴィジャイとアーディティヤの対決をショー化して世間の注目を集め、ヴィジャイにスポンサーが付くように計らう。

 しかしながら、アーディティヤの祖父がコネを利用してヴィジャイの出場資格を停止し、ヴィジャイは試合に出られなくなる。失意の中でも彼はアーディティヤを応援するためにトライアスロンの試合を観戦に行く。そこで主賓として呼ばれていたゴーエンカー大臣がたまたまバクシー夫人の友人であり、大臣の一声によってヴィジャイの出場が認められる。ヴィジャイはアーディティヤと共にトライアスロンに出場し、助け合いながら完走する。

 トライアスロンを取り上げたインド映画は珍しい。記憶にある限りでは、「Student of the Year」(2012年/邦題:スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1!!)で部分的に使われていたくらいか。インドでもトライアスロンはマイナーなスポーツであり、ルールについて丁寧な解説もあった。だが、トライアスロンは本筋ではなく、スポーツは何でもよかった。この映画が本当に訴えていたのは、人生を生きる意味といった、より大きなテーマである。

 ちょっとした行き違いや勘違いから、ヴィジャイは生きている間に家族や友人に葬儀をされてしまう。それはそれで笑い話で済んだのだが、ヴィジャイにとってショックだったのは、彼の生前の業績をたたえる追悼文がほとんどスカスカだったことだ。ヴィジャイは自分で考えようとするが、ほとんど浮かばない。唯一浮かんだのは、若い頃に水泳の全国大会で銅メダルを取ったことくらいだった。その後の彼の人生は空白に近かった。

 ヴィジャイは水泳選手を引退した後、水泳コーチとして生計を立てていた。なぜ彼が引退したのかについては終盤になってようやく語られる。最愛の妻アナが癌になり、治療費を捻出するために現役を退いてコーチとして稼ぎ始めたのだった。だが、もしそのまま現役を続行していれば、アジア大会レベルの水泳選手になっていた可能性もあった。

 彼が夢を諦めたのは最愛の妻の病気のためであった。それはそれで人として正しい判断だったのかもしれない。だが、彼が夢を諦めたことで一番悲しんでいたのは他でもない妻だった。アナはヴィジャイの夢を応援していたのだ。69歳になったヴィジャイは、アナのためにトライアスロン完走を目指す。

 老人が主人公の映画なので、老人向け映画だと受け止められるかもしれない。もちろん、高齢者が観ても思うところのある映画であろう。たとえば、老齢になってくるに従って周りの人々から可能性を制限され、健康を理由に家でのんびり過ごすことを強要されるようになるのは、高齢者が共通して感じる悩みなのではなかろうか。そんな苦悩がヴィジャイを通してよく表現されていた。

 だが、むしろ「Vijay 69」は若い人に向けて作られた映画だと感じた。夢を諦めた人間が死ぬ間際に何を思うのか。「やったこと」よりも「やらなかったこと」について後悔することが多いという。ヴィジャイもまさに若い頃に諦めた夢をずっと引きずって生きていた。何があっても夢を諦めてはならない。どんなことがあっても、それを言い訳にしてはならない。若者向けにそんなメッセージが発信されていた。

 インド映画らしく、歌も重要な役割を果たしていた。「Waqt」(1965年)の「Aage Bhi Jane Na Tu(先のことは分からない)」は、ヴィジャイの大好きな曲であり、アナとよく聴いた思い出の曲でもあった。トライアスロンでくじけそうになったとき、ヴィジャイはこの曲を聴いて力を振り絞る。

 主演のアヌパム・ケールは、近年は親BJPの映画に好んで出演し、かなり政治色の強い俳優というイメージを持たれてしまっている。よって、偏った仕事しか来なくなっているようだが、今回は全く政治的に中立な役柄をもらい、持ち前の演技力で見事に演じ切っていた。エキセントリックな医師ファリー役のチャンキー・パーンデーイや、ヴィジャイの娘ディークシャー役のスラグナー・パーニーグラヒーも好演していた。アーディティヤ役を演じたミヒル・アフージャーは、「Super 30」(2019年/邦題:スーパー30 アーナンド先生の教室)や「The Archies」(2023年)に出演していた新進気鋭の男優である。

 「Vijay 69」は、トライアスロン主題のスポーツ映画と見せ掛けておいて、実際には高齢者心理や人生の意味について論じた深みのある映画だ。ただし、その味付けはとても軽妙で、楽しく鑑賞することができる。老人主人公の映画ながら、実際には若者に向けた作品だと感じるはずだ。