Khwaabon Ka Jhamela

4.0
Khwaabon Ka Jhamela
「Khwaboon Ka Jhamela」

 2024年11月8日からJioCinemaで配信開始された「Khwaabon Ka Jhamela(夢のトラブル)」は、インティマシー・コーディネーターという最新の職業が登場する、女性主導型の現代的なラブストーリーだ。

 監督は「Break Ke Baad」(2010年)のダーニシュ・アスラム。TVドラマやウェブドラマの監督が多く、映画の監督は14年ぶりとなる。主演はプラティーク・バッバルとサヤーニー・グプター。他に、クブラー・セート、リレット・ドゥベー、カイザード・コートワール、ダーニシュ・フサインなどが出演している。

 ちなみに、プロデューサーと脚本家の中にハルマン・バーウェージャーの名前が見える。ハルマンは「Love Story 2050」(2008年)などに出演していたリティク・ローシャンのそっくりさん俳優であり、かつてはプリヤンカー・チョープラーの恋人でもあった。最近はすっかりおじさんになってしまい、裏方に回っているようだ。

 ムンバイー在住の会計士ズビーン・レディーマニー(プラティーク・バッバル)は、幼年時から好きだったシェヘナーズ(クブラー・セート)と2年間付き合っており、彼女との結婚を考えていた。ズビーンは彼女とロンドンへ行き、そこでプロポーズしようと計画していた。ところがシェヘナーズは急に「冷めた」と言い出し、彼とのロンドン旅行もキャンセルする。ズビーンは仕方なく一人でロンドンに渡る。

 ロマンティックな夜を一人で孤独に過ごしたズビーンは破れかぶれになってクラブへ行き、そこでルビー(サヤーニー・グプター)というインド人女性と出会う。ルビーは酔っ払ってつぶれていたズビーンを家に連れ帰る。

 翌朝目を覚ましたズビーンは、ルビーに連れられて職場へ行く。ルビーはインティマシー・コーディネーターとして働いていた。ズビーンは、シェヘナーズから振られたのはセックスがうまくないからだと感じ、ルビーからセックスのコツを教わろうとする。一方のルビーは全く金銭管理ができない性格で、多額のローンを抱えており、銀行から家を差し押さえられる寸前だった。ズビーンはルビーの会計士として彼女の金銭管理を引き受けることを提案する。こうして二人はギブ・アンド・テイクで助け合うことになる。

 ルビーは、ズビーンの問題がセックスにあるのではないと見抜いていた。ズビーンは几帳面な性格で、あらゆることを計画し、計画通りに行動する毎日を送っていた。ちょうどズビーンの元恋人ナウヒードがサウサンプトンにいた。そこでズビーンとルビーはナウヒードに会いにサウサンプトンへ行く。ナウヒードとの会話はうまくいったが、そこでズビーンはSNSで、シェヘナーズが他の男と抱き合っている動画を見てしまう。破れかぶれになったズビーンはレインボー・プライドに混じって大はしゃぎする。

 ズビーンとルビーはAirbnbで予約した家に行くが、そこはルビーの父親ムザッフィル(ダーニシュ・フサイン)の家だった。ルビーの本名はルバーイヤートであり、ムザッフィルは娘の仕事を理解しておらず、ルビーも父親と不仲であることが分かる。ルビーは父親が母親を追い出したと信じ込んでいたが、実際には母親が父親を捨てて外国人男性と逃げてしまったのだった。ルビーは父親と初めて腹を割って話し合うことができた。

 ロンドンに戻ったルビーはズビーンに最後のレッスンをしていたが、そこへシェヘナーズが殴り込んでくる。ルビーはシェヘナーズにズビーンと話し合う時間を与える。シェヘナーズはズビーンを見直しており、彼にプロポーズする。だが、今度はズビーンの心が冷めていた。

 それからしばらく経った後、ズビーンはロンドンに転勤になる。たまたま立ち寄ったカフェはルビーとムザッフィルが経営するものだった。ズビーンはルビーのことが忘れられず、彼女を口説き始める。

 2010年代からヒンディー語映画界のトレンドになった、主導権が完全に女性にあるタイプのロマンス映画である。几帳面すぎてもてない弱者男性と、自立してたくましく人生を生きる女性の物語だ。しかも、恋愛の成就で終わるわけではなく、ひねった結末になっている。「Break Ke Baad」の延長線上にあるロマンス映画だと感じた。

 映画は、空港でズビーンが無表情のまま恋人シェヘナーズを待ち続けるシーンから始まる。ズビーンはプロポーズのために恋人をロンドンに誘ったのだが、出発時間にシェヘナーズはクラブで踊り狂っていた。彼女は全くズビーンとロンドンへ行くつもりなどなかった。その前にはズビーンのプロポーズをはっきり断ってもいた。ズビーンがいかに情けない男性なのかが最初の数分でしっかりと描かれる。

 とはいっても、ズビーンは完全な負け犬ではなかった。会計士としては優秀で、マネー回りのトラブルを解決させたら彼の右に出る者はいなかった。結婚相手としては悪くなかったが、いかんせん、几帳面すぎた。何事もあまりに細かく計画を立てるため、彼と付き合う女性たちは我慢できなくなって逃げ出してしまうのである。しかも、彼のセックスは淡泊すぎた。シェヘナーズも、彼と付き合いながら彼との結婚生活に希望を持てなかったに違いない。決して浮気をしていたわけではないが、絶対に浮気をしてしまうと思い、ズビーンとの結婚を拒否したのだった。

 シェヘナーズが来てくれなかったため、ズビーンは一人でロンドンを訪れることになる。この辺りは「Queen」(2014年/邦題:クイーン 旅立つわたしのハネムーン)とも似ている。そこで出会ったのがインティマシー・コーディネーターのルビーであった。インティマシー・コーディネーターは決してセックスのプロではなく、彼女自身もそう言っていたが、会ったばかりのルビーの目にもズビーンに足りていない点がよく分かった。そこで彼女はズビーンに愛の手ほどきをすることになる。

 とはいってもルビーのレッスンはそれほど詳しく描かれていたわけではない。あまりにそこに集中しすぎるとポルノ映画になってしまうためであろうが、コメディータッチに味付けしたかったこともあるのだろう。とにかく、ルビーのレッスンを受けたズビーンはいつの間にかシェヘナーズをベッドで満足させられるような絶倫男に様変わりしていた。

 また、この映画がフォーカスしていたのは決してインティマシー・コーディネーターという仕事やセックスが下手な男性ではなかった。サイドストーリーながらもルビーと父親ムザッフィルの関係性を通してよく描かれていたのは世代間のギャップである。ムザッフィルはルビーの従事するインティマシー・コーディネーターという仕事を全く理解しておらず、それが父娘の間に溝を生んでいた。だが、ムザッフィルの言では、それは彼と娘の間に特にできてしまった溝ではなく、世代の異なる者同士の間に必ずある溝である。ムザッフィルも両親の反対を押し切って英国留学していた。親の世代は決して子供の世代のやろうとしていることを理解しないものだ。だが、だから若い世代は親の世代に反抗することができ、自立を学んでいく。その繰り返しが人類を発展させてきたのである。

 ルビーの本名はルバーイヤートであった。これは、ペルシアの詩人オマル・ハイヤームが著した詩集だ。映画の中では、「ルバーイヤート」から詩が引用されており、それが映画全体を貫く主題になっていた。「無味よりも餓死がよい、妥協よりも孤独がよい」といった意味であったが、その原文はおそらく以下のものだ。

به خرد زندگی کردن، نیاز به دانش زیادی نیست
فقط دو قانون اصلی را در ابتدا به خاطر بسپار
بهتر است گرسنه بمانی تا هر چه باشد بخوری
و بهتر است تنها باشی تا با هر که باشد همراه شوی

賢く生きるためには多くを知る必要はない
まずは2つのルールを覚えなさい
何でも食べるより飢える方がましだ
誰とでもいるより孤独の方がましだ

 それをダメ押しするように、ズビーンの母親は彼に、他人に幸福を依存せず、一人で幸福を完結させる生き方を教える。よって、この映画はズビーンが孤独を選んだところでいったん終わるのである。ただ、それでは後味が悪いと感じたのか、その後ズビーンがロンドンでルビーと再会するシーンを見せて、近い将来この二人の間で何かが起きることを匂わす終わり方でまとめている。

 「Khwaabon Ka Jhamela」はゾロアスター教徒が主人公の映画という切り口でも語ることができる。ゾロアスター教徒はインドの中でももっとも最小の宗教コミュニティーであるが、ヒンディー語映画の拠点ムンバイーには歴史的な経緯からゾロアスター教徒の人口が比較的多いこともあって、ヒンディー語映画には時々ゾロアスター教徒の登場人物やゾロアスター教徒家族が登場する。ズビーンの一家はゾロアスター教徒であったし、彼が付き合っていたシェヘナーズもゾロアスター教徒であった。ゾロアスター教徒は厳格な内婚主義を採っており、ゾロアスター教徒同士で結婚することが多い。ヒンディー語映画界で描かれるゾロアスター教徒はエキセントリックなキャラクターが多いのだが、このズビーンも十分に変人であった。ちなみにルビーはベンガル人イスラーム教徒である。バングラデシュ人ではないと思われる。

 ズビーン役を演じたプラティーク・バッバルは、おそらく「My Friend Pinto」(2011年)のイメージで起用されたのだろう。いい人そうな外見をしており、几帳面な男性役にピタリとはまっていた。演技力というよりキャスティングの勝利である。一方のサヤーニー・グプターは非常にうまい女優である。A級スターではないが、やさぐれた現代女性役を演じさせたら彼女の右に出る者はいないと感じる。ウェブドラマ「Four More Shots Please!」(2019年)のイメージで起用されたのだろうが、大胆な演技にも臆さず挑んでおり、素晴らしかった。

 映像的にも新しさやキレがあり、SNSをふんだんに取り入れたストーリー展開も現代的であった。

 「Khwaabon Ka Jhamela」は、弱い男性と強い女性が織り成すラブコメであるが、この二人が最後に結ばれるわけでもなく、誰かが誰かとくっ付くわけでもない。ロマンス映画と呼んでいいのか分からないが、これが現代らしいロマンス映画であろう。インティマシー・コーディネーターという新しい職業を取り上げ、LGBTQのキャラも自然体で登場させながら、GenZの恋愛をまとめた。不仲だった父娘が絆を取り戻す映画でもあり、ホロリとさせられる部分もあった。OTTリリースの映画であり、あまり話題になっていないが、隠れた逸品である。