2024年10月31日公開のタミル語映画「Amaran(不滅)」は、インド陸軍の対反乱部隊ラーシュトリーヤ・ライフルズ(RR)所属の軍人で、カシュミール地方南部でテロリスト掃討作戦中の2014年4月25日に殉死したムクンド・ヴァラダラージャン少佐の伝記映画である。ムクンド少佐はタミル・ナードゥ州チェンナイ出身のタミル人であり、愛国主義映画であると同時にタミル人の自尊心を高揚させる映画でもある。
監督はラージクマール・ペリヤサーミ。「Rangoon」(2017年)に続き2作目の監督作である。プロデューサーはカマル・ハーサンである。音楽監督は「Sarvam Thaala Mayam」(2019年/邦題:響け!情熱のムリダンガム)のGVプラカーシュ・クマール。
主演はシヴァカールティケーヤン。ヒロインは「Gargi」(2022年)のサーイー・パッラヴィー。他に、ラーフル・ボース、ブヴァン・アローラー、ラッルー、シュリークマール、シャーム・モーハン、ギーター・カイラーサムなどが出演している。
オリジナルのタミル語版に加え、ヒンディー語版、テルグ語版、マラヤーラム語版、カンナダ語版も公開された。鑑賞したのはヒンディー語版である。
ムクンド・ヴァラダラージャン(シヴァカールティケーヤン)とインドゥ・レベッカ・ヴァルギーズ(サーイー・パッラヴィー)は大学時代に出会い、恋に落ちる。だが、ムクンドはヒンドゥー教徒のタミル人、インドゥはキリスト教徒のマラヤーリー(ケーララ人)であり、すんなり結婚できそうになかった。ムクンドは陸軍入隊試験を受けて合格し、訓練のために旅立っていく。インドゥは家族にムクンドのことを打ち明けるが、父親のジョージ(シャーマプラサード)は娘が軍人と結婚することを許さなかった。それでもムクンドは根気よくジョージを説得し、とうとう二人は結婚することになる。二人の間にはアルシェヤーという娘が生まれた。
ムクンドは数々の任務をこなし、大尉から少佐に昇進して、ラーシュトリーヤ・ライフルズ(RR)に配属される。ムクンド少佐はアミト・スィン・ダバス大佐(ラーフル・ボース)の指揮下でカシュミール地方のテロ活動を抑止する任務を実行することになる。
当面の標的は、パーキスターンを拠点とするテロ組織ジャイシェ・ムハンマド(JeM)の現地オペレーターとして暗躍するアルターフ・バーバーだった。ムクンド少佐は自爆テロ志願者の募集を使ってアルターフに接近し、彼を殺すことに成功する。
アルターフの次に現地オペレーターになったのはアースィフ・ワーニーであった。アースィフはアルターフ殺しの指揮を取ったムクンド少佐に対して早速奇襲攻撃を行う。ムクンド少佐は無事だったが、多くの兵士たちが死んでしまった。2014年に下院総選挙があり、アルターフはアナントナーグ選挙区の治安維持を任された。投票自体は平和裏に終わったが、電気投票機(EVM)を運搬中のバスがテロリストに襲撃され、再び多くの犠牲者が出てしまう。また、ムクンド少佐は訓練中に暴発した銃の銃弾を受けてしまう。ムクンド少佐はケーララ州の病院に運ばれる。
回復したムクンド少佐は家族と共に束の間の休暇を楽しむ。アースィフの居所を突き詰めたとの知らせを受けたムクンド少佐はすぐにカシュミール地方に戻り、部下たちと共に作戦を開始する。この作戦中に忠実な部下ヴィクラム・スィン(ブヴァン・アローラー)を失い、自身もアースィフとの乱闘中に銃弾を受け、命を失ってしまう。だが、アースィフ殺害には成功する。
翌朝、インドゥはムクンド少佐の殉死を知るが、夫の言い付け通り、決して涙を流さなかった。ムクンド少佐は平常時の最高軍事勲章であるアショーカ・チャクラを受勲し、プラナブ・ムカルジー大統領からインドゥが代理で受け取る。
本人をはじめ周囲の人々が実名で登場する伝記映画であり、彼らの全面的な協力の下に作られたことは明らかであるが、そのような映画の常として、主人公の悪い面がほとんど取り上げられない。主人公ムクンド少佐は、軍人としてずば抜けた戦闘能力を持ち、妻や娘から愛され、部下から慕われる、完全無欠のヒーローとして描かれる。ただ、ムクンド少佐と妻インドゥの強い絆を軸に勇敢な軍人の生き様が描かれた作品であり、それが欠点には感じなかった。
アクションシーンではムクンド少佐がカシュミール地方で従事した対テロ作戦に主眼が置かれており、その描き方も他のアクション映画に比べて遜色のない、緊迫感あるものであった。特に、敵対的な住民が多い地域で対テロ作戦を行う苦労がよく描かれていた。何しろ地元住民はインド陸軍の軍人を敵視しており、テロリストをかくまって軍人に石を投げつけてくるのだ。せっかくテロリストを追いつめても、多くの民間人が集まって攻撃してくるため、インド陸軍は何度も標的をすんでのところで逃がしてしまっていた。
軍事映画の一種としてよくできた映画だといえるが、「Amaran」でより優れていたのはムクンド少佐とインドゥの関係だ。ムクンド少佐は最後に殉死してしまうため、全体のストーリーはインドゥの視点から語られる。宗教差や地域差を超えて結婚した二人だったが、夫は年間のほとんどを駐屯地で過ごし、会えるのは1年に1回ほどだった。それでもインドゥは文句も言わず、娘のアルシェヤーを育てていた。ムクンド少佐は何度かインドゥに、自分が死んでも涙を流してはいけないと戒める。ムクンド少佐の殉死を聞いたインドゥの表情は一瞬だけ崩れるが、夫との約束を思い出し、表情を引き締め、決して涙を流さない。涙を流す主人公につられて泣いてしまうのは映画鑑賞時によくあることだが、「Amaran」は涙を流そうとしない主人公に涙してしまう作品であった。
主演のシヴァカールティケーヤンはTV番組でのスタンドアップ・コメディアンからキャリアをスタートさせ、2012年から映画俳優に転向した。本格的なブレイクは2020年代に入ってからである。今のところ出演はほぼタミル語映画に限られており、「Amaran」のヒンディー語版で初めてヒンディー語圏に名を知られることになったと考えられる。ヒンディー語映画界でいえばヴィッキー・カウシャルのような立ち位置の俳優だと感じた。アクションヒーローとロマンスヒーローのどちらも器用にこなしそうだ。
ヒロインのサーイー・パッラヴィーもTV番組からキャリアをスタートさせた女優で、当初はダンサー志望であった。本格的な映画女優デビューは2015年で、その後タミル語映画とテルグ語映画を中心に出演している。どちらかといえば庶民的な顔をした女優であるが、表情が豊かで、配役によってはピタリとはまるだろう。
鑑賞したのはヒンディー語版だったが、ほとんどの場面ではタミル語のセリフがヒンディー語に置き換えられていただけであった。タミル語映画がカシュミール問題を取り上げたのはこれが初めてではないが、タミル語をメインにしてカシュミール地方を舞台にした映画を作ることには違和感を感じざるをえない。カシュミール地方に駐屯する兵士の中でタミル語が共通語になることはありえないからだ。テルグ語映画はヒンディー語に対するアレルギーがないので汎インド的な映画を作りやすいが、反ヒンディー語活動を続けてきたタミル語映画界がテルグ語映画の轍を踏もうとするとどうしても言語の問題にぶち当たる。ここにきてタミル語映画は脱皮を必要としている。
「Amaran」は、カシュミール地方の対テロ掃討作戦で多大な戦績を上げ、殉死後にアショーカ・チャクラ勲章を受章したタミル・ナードゥ州出身軍人ムクンド・ヴァラダラージャン少佐の伝記映画である。ヴィジャイ主演の「The Greatest of All Time」(2024年)に次ぎ2024年第2位の興行成績を上げるほどの大ヒットとなった。多少、タミル語映画特有の地元愛が見出せるが、基本的には愛国主義的な戦争映画であり、そして感動的なラブストーリーであった。ヒットするだけの完成度はある。