公式エントリー作品

 米国の映画芸術科学アカデミー(以下アカデミー)が毎年発表するアカデミー賞の中でも、アカデミー国際長編映画賞(旧アカデミー外国語映画賞)は、インドの映画関係者が大いに気にしているものである。改めて説明する必要はないと思われるが、アカデミー国際長編映画賞は、米国以外で作られた英語以外の言語の映画のための賞である。アカデミー賞の他の賞とは違い、米国内での上映実績は必須ではない。

 2023年のアカデミー賞では、「RRR」(2022年/邦題:RRR)が歌曲賞を受賞したことが話題になったが、国際長編映画賞の受賞は逃している。ちなみに、このとき同賞を受賞したのは、ドイツ映画の「西部戦線異状なし」(2022年/原題:Im Westen Nichts Neues)であった。

RRR
「RRR」

 ただ、このとき、インドの公式エントリー作品は「RRR」ではなく、「Last Film Show」(2021年/邦題:エンドロールのつづき)であった。「RRR」は、「Last Film Show」とは別にエントリーされたのだった。

Last Film Show
「Last Film Show」

 よく誤解されているのだが、公式エントリー作品は、インド政府の関係省庁(たとえば情報放送省など)が決定しているわけではない。インドにおいてその選定を担っているのは、インド映画評議会(FFI)という民間団体である。FFIは、インドの映画プロデューサー、配給業者、興行業者(映画館オーナー)、それに撮影スタジオオーナーで構成されており、会員数はおよそ5万人である。本部はムンバイーにある。FFIが選んだ映画が、インドの「公式エントリー作品」として扱われるのである。アカデミーによって、各国からのエントリー作品は毎年1本に限られている。

 ちなみに、アカデミー国際長編映画賞への公式エントリー作品を選定する機関は各国まちまちのようで、政府省庁が選定している国もあれば、民間団体が選定している国もあるようである。

 また、この「公式エントリー作品」は、あくまでアカデミー国際長編映画賞へのエントリーになる。よって、他の賞ならば、米国で公開されてさえいれば、エントリーすることで受賞の対象になりえる。SSラージャマウリ監督は私財を投げ打って「RRR」をエントリーし、プロモーション活動を行ったといわれている。その甲斐あって歌曲賞受賞に至ったのであるが、逆にいえば、公式エントリー作品ではなかった「RRR」は、このときどんなに頑張っても国際長編映画賞は受賞できない運命にあった。よって、「RRR」は同賞にはノミネートすらされなかった。

 ところで、2025年のアカデミー国際長編映画賞にインドから公式エントリーされたのは、キラン・ラーオ監督の「Laapataa Ladies」(2023年/邦題:花嫁はどこへ?)である。ただ、「Swatantrya Veer Savarkar」(2024年)も「公式に」エントリーされたと報じられており、混乱を招いている。「Last Film Show」と「RRR」のときと全く同じ状況だ。

Laapataa Ladies
「Laapataa Ladies」

 ただ、ここまでの説明を読めば分かるように、2本の映画が同時に公式エントリー作品になることはない。「Swatantrya Veer Savarkar」は、インドの「公式(official)エントリー作品」ではなく、FFIの選定とは別に、あくまで「手続きに則って(offically)」独立してエントリーされただけである。FFIもそのように明言している。