Blackout

2.5
Blackout
「Blackout」

 2024年6月7日からJioCinemaで配信開始された「Blackout(停電)」は、プネーが大停電した夜に主人公の身に起こる不幸の連鎖を追うブラックコメディー映画である。

 監督は新人のデーヴァーング・シャシーン・バヴサール。「Chopsticks」(2019年)で助監督を務めたことがある。主演はヴィクラーント・マシー。他に、スニール・グローヴァー、モウニー・ロイ、ジシュ・セーングプター、カラン・スダーカル・ソーナワネー、サウラブ・ディリープ・ガードゲー、ルーハーニー・シャルマー、アナント・ヴィジャイ・ジョーシー、プラサード・オーク、チャーヤー・ラグナート・カダム、スーラジ・ポップス、ケリー・ドルジなどが出演している。また、ナレーションをアニル・カプールが務めている。

 この映画のあらすじを紹介する前に、インド特有の専門用語をいくつか説明しておく必要がある。ひとつは「スティング・オペレーション」である。これは「囮捜査」と訳すことのできる取材の一形態で、ジャーナリストが汚職政治家などに正体を偽って近づき、贈収賄などを提案して、その現場を盗撮することなどをいう。もうひとつは「ドライデー」である。これは「禁酒日」のことだ。インドでは祝日や投票日などがドライデーに指定されており、これらの日には酒屋の営業は禁止され、レストランなどでも酒類の提供ができなくなる。

 ある晩、プネーで大停電が発生した。ブラックアウト作戦と銘打ち、数人のグループが配電所を襲撃して停電を引き起こし、金庫から金品を強奪したのだった。その同じ晩、犯罪ジャーナリストのレニー・デスーザ(ヴィクラーント・マシー)は、妻から買い物を頼まれ自動車で外出していた。レニーは途中で同僚のラヴィ(アナント・ヴィジャイ・ジョーシー)を見つけ、家まで送る。その後、彼の自動車はワゴン車と衝突する。ワゴン車は横転した。レニーが中を覗いてみると、そこには大量の金品が散らばっていた。それは、ブラックアウト作戦を終えたグループのワゴン車だったのである。レニーは箱をひとつ盗んで自分の自動車のトランクに載せた。

 興奮していたレニーは人をはねてしまう。そのとき停電が終わり、周囲が明るくなる。事故現場の回りには人だかりができる。レニーは被害者を自動車に乗せて病院に運ぼうとするが、一人の酔っ払い(スニール・グローヴァー)も乗り込んできてしまう。被害者は死んでいるようだった。レニーは酔っ払いの指示に従い、死体を墓場まで運び、そこに埋めようとする。

 墓場には、ティーク(カラン・スダーカル・ソーナワネー)とターク(サウラブ・ディリープ・ガードゲー)というこそ泥二人組がいた。ティークとタークは報酬目当てでレニーに協力し、墓穴を掘る。ところがその死体は急に息を吹き返した。レニーは自動車に乗って逃げ出すが、そこには酔っ払い、ティーク、タークもちゃっかり乗り込んでいた。

 そのときレニーにはボスから電話が掛かってきて、失職したばかりの元州議会議員アニーター・ナーイク(チャーヤー・ラグナート・カダム)の動向を取材するように指示される。アニーターが失職したのは、レニーが行ったスティング・オペレーションが原因だった。だが、レニーのバッグからカメラが消失していた。実はティークとタークはこれ以前にレニーに会っており、彼のバッグからカメラを盗み出して売り払っていたのだった。ティークとタークは、レニーを質屋に連れていく。レニーはカメラを買い戻すが、メモリーカードは抜かれていた。そのメモリーカードには、パーティル警部補(プラサード・オーク)にスティング・オペレーションしたときの映像が入っていた。

 すると、そこへシュルティ・メヘラー(モウニー・ロイ)という美女が現れ、レニーの自動車に乗り込んでくる。酔っ払いが酒を飲みたいと言ったが、この日はドライデーだったため、酒屋は閉まっていた。だが、酔っ払い、ティーク、タークは無理矢理酒屋のシャッターをこじ開けて酒を盗み出す。防犯システムが作動し、警察が駆けつける。レニーは酔っ払い、ティーク、ターク、シュルティを自動車に乗せて逃げ出し、何とか逃げ切ることができた。

 シュルティは、酔っ払いがかつてプネーを支配したマフィアのドン、アスガルであることに気付く。ティークとタークはアスガルを現在のドン、ムギル・アンナー(スーラジ・ポップス)のところへ連れて行くことを提案する。ムギルは、アスガルを裏切ってドンの座に就いた男だった。アスガルとムギルは殺し合いを始め、アスガルは撃たれてしまう。また、そこへレニーの命を狙うミスターX(ケリー・ドルジ)が現れるが、彼は探偵アルヴィンド・ダースグプター(ジシュ・セーングプター)に撃たれて殺される。

 アルヴィンドは、レニーの妻ローシュニー(ルーハーニー・シャルマー)の依頼を受け、レニーを尾行していた。実はローシュニーはラヴィと不倫関係にあり、レニーとの離婚を画策していた。そのためにレニーの汚点を見つけ出そうと探偵を雇ったのだが、レニーは清廉潔白だった。そこでローシュニーは彼をハニートラップに掛けようとし、シュルティを雇ったのだった。よって、アルヴィンドとシュルティは仲間だった。

 アルヴィンドは、レニーが金品の入った箱を持っていることも知っていた。アルヴィンドとシュルティはレニー、ティーク、タークをその場に残してレニーの自動車で走り去る。だが、ガソリンが尽きかけていたため、すぐに止まってしまう。レニー、ティーク、タークは追いつき、彼らを止めようとする。その結果、シュルティは誤って撃たれて倒れ、アルヴィンドも命を落とす。

 翌朝、レニー、ティーク、タークは箱を開けるが、中には武器しか入っていなかった。レニーはティーク、タークと別れ、アスガルの遺言に従って、彼を指定のモスクの裏に埋めようとする。レニーが地面を掘ってみると、地中から大量の金塊が入った箱が出て来た。レニーはそれを持って逃走する。また、彼のカメラに入っていたメモリーカードはアルヴィンドが買い取っていた。アルヴィンドからそれを取り返したレニーは、パーティル警部補の協力を取り付け、ラヴィとローシュニーを不法武器所持の容疑で逮捕させる。最後に笑ったのはレニーだった。

 プネーが突然の大停電に見舞われた夜、主人公レニーは次々に不幸の連鎖に直面する。当初は楽しげな滑り出しだった。停電にはなったものの、妻がいいムードになっており、交通事故には遭ったものの、金品が入った箱を手に入れることができた。だが、その直後に人を轢き、謎の酔っ払いに絡まれたところから、彼の身にはアンラッキーな出来事が次々に起こるようになる。

 物語は、この一晩にレニーの身に起こった出来事を時間軸に沿って追う形で進んでいく。そして、次々に新キャラが登場する。だが、現在起こっている出来事は、過去に因果関係があり、ほとんどの新キャラもレニーにとっては実は過去に会ったことのある人物であった。過去のシーンが種明かし的に時々差し挟まれることで、主軸の物語に肉付けが行われる構造になっている。

 謎の酔っ払いが実はかつてのドンであったり、レニーの妻が彼の親友と不倫していることが発覚したりと、意外な展開にも事欠かない。ストーリーテーリングが下手だと、あまりに登場人物が多く、関係性が複雑に絡み合っている映画では、頭が混乱して置いていかれてしまうということも少なくないのだが、「Blackout」については脚本や編集がうまく、ストーリーにしっかり付いていくことができた。

 ただ、スリルよりもコメディーに振った映画であった。特に、アスガル役を演じたスニール・グローヴァー、ティーク役を演じたカラン・スダーカル・ソーナワネー、ターク役を演じたサウラブ・ディリープ・ガードゲーが率先して笑いを取りに行っていた。笑いのレベルは低くなかったのだが、笑いの要素が強すぎたため、緊張感に欠け、ハラハラドキドキするような場面は少なかった。もっとも秀逸だったのは、パトカーとのカーチェイスであろうか。

 レニーの人物設定や、妻ローシュニーとの関係も、もう少し時間を割いて紹介しておいた方が、その後の展開がよりインパクトのあるものになっただろう。主演ヴィクラーント・マシーは最近勢いのある俳優であるが、この映画に関しては、安っぽいキャラを演じることになってしまった。

 「Blackout」は、ハプニングの連続により意外な方向に物語が展開していくタイプのスリラーを目指した作品だと思われる。そのような映画はこれまでヒンディー語映画界でよく作られてきた。だが、キャスティングの影響からかコメディー色が必要以上に強かったため、相対的に緊張感が低くなってしまっており、それが映画全体の完成度を低めているように感じた。笑うためなら観てもいいだろうが、それ以上を求めて何かが得られる作品ではない。