Chopsticks

3.5
chopsticks

 2019年5月31日からNetflixで配信開始された「Chopsticks」は、納車したばかりの新車を盗まれた女性が主人公のブラックコメディー映画である。主人公の職業が中国語通訳という点がとても興味深い。

 監督は「Kyaa Super Kool Hain Hum」(2012年)などのサチン・ヤールディー。主演はミティラー・パールカルとアバイ・デーオール。他に、ヴィジャイ・ラーズなどが出演している。

 マハーラーシュトラ州アウランガーバード出身、現在はムンバイーで中国語通訳をするニルマー・サハストラブッデー(ミティラー・パールカル)は、納車したばかりの新車、現代i10を寺院で盗まれてしまう。警察はまともに手助けしてくれなかったが、警察署で会った犯罪者からアーティスト(アバイ・デーオール)の連絡先を聞き、彼に連絡を取る。

 アーティストは錠破りの達人だった。寺院前で盗まれたということで、乞食のネットワークを持つウランカトーラーから情報を得て、解体工場まで辿り着くが、彼女のi10は既に解体された後だった。

 それから数日後、ニルマーは新聞で自分の自動車が映った写真を見つける。それをアーティストに報告に行くと、彼も実は彼女の自動車がまだ無事であることを知っていた。それでも彼が動かなかったのは、自動車がマフィアのドン、ファイヤーズ・バーイー(ヴィジャイ・ラーズ)の持ち物になっていたからだった。だが、ファイヤーズがバーフバリという名の山羊を可愛がっていることを知り、二人はファイヤーズの家からバーフバリを盗み出して、i10との交換を提示する。

 しかしながら、ファイヤーズにアーティストとニルマーの身元がばれてしまう。アーティストはニルマーをアウランガーバードに逃がそうとするが、ニルマーは考え直し、バーフバリを連れてファイヤーズの家を訪れる。そして、大事なものを盗まれる気持ちを知って欲しかったと伝える。ファイヤーズはニルマーにi10を返す。

 主人公のニルマーは、どこかドジで、自分に自信のない女性だった。ヌメロロジーなどの占いを信じており、新車のナンバーの合計数が9でないことに不安を感じていた。自動車の中では、自己啓発のオーディオを聴いていた。そんなニルマーが自動車を盗まれたことで、日常に非日常が生まれ、新たな出会いと試練を経て、自信のある女性に成長する。そんな筋書きの物語を、絶妙な間と共に描きだした、低予算ながらセンスのいい映画だった。

 ニルマーが変化する大きな要因になったのは、アーティストとの出会いだった。アーティストは一流の錠破りであるだけでなく、アンダーワールドに強固なネットワークを持っており、何より物事を意外な手法で解決する発想力に優れていた。例えば、政治家のパレードにより道が塞がれ渋滞していたところを、彼は楽団に国歌を演奏させることで雰囲気を変え、解消してしまっていた。ニルマーは、アーティストから「どんなことにも解決法はある」という人生訓を教わり、何事にも前向きに立ち向かおうとする気概を得る。

 だが、もっと広い視野で物語を見ると、トラブルが人間を成長させるという教訓が得られる。ニルマーはとにかく不幸や災厄を避けようと占いにすがっていたが、何のトラブルもない人生には何の成長もなかった。職場でもニルマーは浮いた存在だったが、それはあまりに安全策を採りすぎる彼女の性格が災いしていたのである。だが、自動車を盗まれたことで彼女はトラブルに巻き込まれ、それを克服したときに、彼女は成長することができていた。

 最終的にニルマーはi10を取り戻すが、そのときナンバープレートの合計数が9になっていたのを見逃さなかった。おそらく足が付くのを防ぐために盗難車のナンバープレートを交換したのだろうが、その結果、彼女が望んでいた合計数9のナンバープレートになったのだった。おそらく今の彼女はもうヌメロロジーなど気にしないのであろうが、そうなったらラッキーナンバーになっていたのというのは、皮肉でもあり、この世の掟でもある。

 ニルマーを演じたミティラー・パールカルは、「Katti Batti」(2015年)や「Karwaan」(2018年)などに出演していた女優だ。どこにでもいそうな一般人っぽい外観だが、それが逆に「Chopsticks」のような映画には似合う。アバイ・デーオールは既にベテランの域に達している俳優であり、今回も安定した演技を見せていた。悪役ヴィジャイ・ラーズも素晴らしかった。

 題名の「Chopsticks」はもちろん「箸」という意味である。中国語通訳をするニルマーのことを表しているのだろうが、もう少し深い意味も含まれていそうだ。例えばエンディングで彼女は中国人顧客とインド料理レストランに行き、箸を使わず手で食事をする作法を教えていた。箸は古い彼女の象徴と考えることもできる。また、邦題は「デュオ」となっているが、それから連想されるのは、ニルマーとアーティストの凸凹コンビだ。箸は2本ないと役に立たない。ニルマーもアーティストがいてくれたことで自分の本領を発揮できた。そんなことも意味しているのかもしれない。

 「Chopsticks」は、心配性で信心深く、自己肯定感の低い女性が、自動車の盗難というトラブルに巻き込まれることで成長する物語である。低予算映画ながら、間の取り方が日本人好みであり、引き込むもののある佳作だ。