Savi

3.0
Savi
「Savi」

 2024年5月31日公開の「Savi」は、いわゆる脱獄モノのスリラー映画である。ユニークなのは、刑務所の虜囚ではなく、その妻が囚われた夫の脱獄を画策する点である。題名は主人公の名前だが、これは本名サーヴィトリーの省略でもある。

 プロデューサーはムケーシュ・バットやブーシャン・クマールなど。監督は「Delhi Belly」(2011年)や「Blackmail」(2018年)などで知られるアビナイ・デーオ。主演はブーシャン・クマールの妻で「Satyameva Jayate 2」(2021年)などに出演歴のあるディヴィヤー・コースラー。他に、アニル・カプール、ハルシュヴァルダン・ラーネー、ラーゲーシュワリー・ルーンバー、ヒマーンシー・チャウダリー、MKラーイナー、スプリート・ベーディーなどが出演している。

 英国リバプール在住のナクル・サチデーヴァ(ハルシュヴァルダン・ラーネー)は建築会社で働いていたが、上司ステファニー殺人事件の濡れ衣を着せられ逮捕されてしまう。妻のサーヴィトリー、通称サーヴィー(ディヴィヤー・コースラー)は夫の無実を信じ、弁護士アヌ(スプリート・ベーディー)に頼んで弁護をしてもらうが、ナクルの無実を証明するような証拠はなく、有罪判決を受け、12年の懲役刑となる。しかも、ナクルは刑務所で幅を利かせる囚人に目を付けられ、命の危険があった。

 サーヴィーは、脱獄のスペシャリストで作家のジョイディープ・ポール(アニル・カプール)の助けを借り、夫を刑務所から連れ出し、子供のアーディティヤを連れて英国から逃げる計画を立てる。夫の持病である高カリウム血症を使って彼を病院に搬送させ、そこで彼を連れ出して逃げ出す。サーヴィーに目を付けていた警察官アーイシャー・ハサン(ヒマーンシー・チャウダリー)は異変に気付いて病院に駆けつけるが、サーヴィーとナクルを取り逃がす。また、ポールのおかげでアーディティヤとの合流にも成功する。

 アーイシャーは二人がマンチェスター空港からマラケシュに飛ぶものと考え、空港に向かうが、実はそれはサーヴィーの策略で、実際には彼らはフェリーに乗ってダブリンに向かっていた。こうして彼らは英国脱出に成功し、英国と犯罪人引き渡し条約のないブルガリアに移住して暮らすことになった。また、アーイシャーはナクル無罪の証拠を発見する。

 最近のヒンディー語映画で目立ち始めたジャンルの映画に不法移民モノがある。もっとも有名なのはラージクマール・ヒラーニー監督の「Dunki」(2023年)だ。まるで不法移民の手口を拡散するような内容の映画になっており、不法移民先として描かれた国にとってはたまったものではないだろうと危惧していた。この「Savi」は不法移民モノとは真逆の不法出国モノだ。不法移民も困りものだが、不法に国を抜け出すことを促すような内容の映画も当事国にとって気持ちのいいものではないだろう。

 女性が主人公の映画である点は、2010年代から盛んになった女性中心映画の流れに位置づけていいだろう。しかも、主人公サーヴィーは主婦である。主婦が非日常の冒険をするプロットの映画も最近の流行だ。「English Vinglish」(2012年/邦題:マダム・イン・ニューヨーク)や「Tumhari Sulu」(2017年)などが代表例である。その中でも「Savi」は、主婦のサーヴィーが夫の脱獄を主導するという、かなりラディカルな内容の映画である。

 サーヴィーの本名はサーヴィトリーである。それを知ったポールは「君にピッタリの名前だ」と言う。インド神話においてサーヴィトリーは特別な存在の女性だ。彼女は聡明かつ夫をひたすら愛した女性で、夫がすぐに死ぬ運命にあることを知りながらも結婚をした。そして、いざ死神ヤマが夫をあの世に連れて行こうとしたとき、ヤマに説法をして感服させ、彼の蘇生を勝ち取ったのだった「Savi」においてサーヴィーは、濡れ衣を着せられて刑務所に服役する夫を救い出し、彼に新たな人生を与えた。彼女の人柄と行為が、インド神話のサーヴィトリーと重ね合わせられているのは確実である。

 ディヴィヤー・コースラーは2004年に女優としてデビューし、その直後にブーシャン・クマールと結婚して女優を引退した。女優として成功を掴むほどキャリアを積んだわけではなかった。その後、彼女は監督として「Yaariyan」(2014年)や「Sanam Re」(2016年)を撮ったが、監督としても決して認められた存在ではない。すると今度は女優に復帰し、「Satyameva Jayate 2」などに出演し始めた。敢えて意地の悪い言い方をすれば、業界の有力者であるブーシャン・クマールの後ろ盾あってこそ、こういう迷走が許されたのだと思われるが、今回「Savi」で彼女が見せた演技は、女優としての成熟を感じさせるのに十分だった。親の七光りが目に付くセレブはヒンディー語映画界に珍しくないが、夫の七光りに支えられた女優というのは珍しい。ディヴィヤーはそれを軌道に乗せつつある。

 女性中心映画だったため、サーヴィーの夫ナクル役を演じたハルシュヴァルダン・ラーネーは脇役に近かった。近年渋い役どころで起用される俳優であるが、まだスターパワーはない。ディヴィヤーの引き立て役として適任だったと思われる。

 スターパワーはアニル・カプールが担っていた。彼も主役ではないが、サーヴィーのナクル脱獄計画を支援する脱獄スペシャリストというおいしい役だった。見せ場もハルシュヴァルダンより多く、リラックスした演技を見せていた。

 「Savi」は、サーヴィトリー神話を土台にして、英国の刑務所から夫を脱獄させる主婦を主人公にした、かなり破天荒なスリラー映画である。よくまとまった映画であるが、インド人視点の映画であることは否めず、英国側からすると必ずしも気持ちのいい作品ではない。日本人ならカルロス・ゴーンの脱走劇を思い出すだろう。不法移民モノの映画と合わせて、今後もチェックしていきたい。