Srikanth

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Srikanth
「Srikanth」

 2024年5月10日公開の「Srikanth」は、盲目の実業家シュリーカーント・ボーラーの伝記映画である。1991年にアーンドラ・プラデーシュ州で生まれたシュリーカーントは生まれつき目が見えなかったが聡明な子供で、マサチューセッツ工科大学に留学後、ボラント・インダストリーズを立ち上げた。ボラント・インダストリーズはエコフレンドリーな容器などを製作している会社である。

 プロデューサーはブーシャン・クマールなど。監督は「Saand Ki Aankh」(2019年)のトゥシャール・ヒーラーナンダーニー。主演としてシュリーカント役を演じるのは演技派俳優ラージクマール・ラーオ。他に、ジョーティカー、アラーヤー・F、シャラド・ケールカル、ジャミール・カーン、シュリーニヴァース・ビーセッティー、アヌシャー・ヌトゥラー、オーム・カノージヤーなどが出演している。また、映画監督のハンサル・メヘターが特別出演している。

 生まれつき目が見えなかったシュリーカーント(ラージクマール・ラーオ)は、ハイダラーバードの盲学校で献身的な教師デーヴィカー(ジョーティカー)と出会い、盲人としての生き方を学ぶ。シュリーカーントは優秀な成績を収めるが、学校管理職の不正を正直に糾弾したことが裏目に出て放校されてしまう。シュリーカーントはデーヴィカーの家に居候し勉強を続ける。

 10年生の共通試験で優秀な成績を収めたシュリーカーントは理系への進学を望んだが、当時のインドの教育システムでは盲人は理系を学ぶことができなかった。シュリーカーントはデーヴィカーに支えられながらインドの教育システムに対して訴訟を起こし、入学を認めさせる。

 高校でも優秀な成績を収めたシュリーカーントはインド工科大学(IIT)への進学を考えるが、やはりIITも盲人を受け入れていなかった。そこでシュリーカーントはマサチューセッツ工科大学に留学する。また、彼にはスワーティ(アラーヤー・F)というファンも出来ていた。

 シュリーカーントは大学卒業後も米国で就職することを考えたが、スワーティに説得され、インドに戻ることにする。そして、APJアブドゥル・カラーム元大統領(ジャミール・カーン)や投資家ラヴィ(シャラド・ケールカル)から投資を受け、再生紙の容器を製造する会社ボラント・インダストリーズを立ち上げる。

 ビジネスが軌道に乗り始めると、シュリーカーントはビジネス賞の受賞を狙うようになり、政治家とも親交を結ぶようになる。シュリーカーントは徐々に傲慢になり始め、ラヴィやデーヴィカーとの関係も悪化する。だが、スワーティの忠告のおかげで彼は目を覚まし、ラヴィやデーヴィカーとも仲直りする。

 シュリーカーントは特別カテゴリーでビジネス賞の受賞者に選ばれるが、彼はそれを辞退し、健常者と同じ土俵で審査を受け、賞を受けることを望む。

 不治の病や心身の障害を題材にしたお涙頂戴映画は古今東西枚挙に暇がなく、インド映画でも好んで作られる。インド映画に限らず、そのような映画全般からは感動の押し売りを感じることが多く、いくらか差し引いて評価するように心掛けている。特にインド映画では伝統的に身体障害者の扱いが雑で、不快な気持ちになることすらある。この「Srikanth」も目の見えない人が主人公の映画であり、若干身構えて鑑賞したところがあった。

 だが、この映画がひとつアピールできるのは、実話であるということだ。主人公シュリーカーントは実在の人物であり、実名で登場している。映画の最後には本人も登場していた。よって、本人の協力を得て作られたであろうことは想像に難くなく、ストーリーに大胆な脚色はないことが予想される。映画で描かれた彼の人生で感動できる部分は、映画の力ではなく、彼の人生そのものから来るものだと考えていい。ただし、その代償として、あまり本人に不名誉な内容が入らなくなる恐れもあった。

 実際に鑑賞したところ、必ずしもシュリーカーントを100%礼賛しているストーリーではなかった。基本的には彼のサクセスストーリーであるが、調子に乗って天狗になった時代のことにも触れられていた。ただ、最終的にはそれを乗り越え、より大きな成功を手にしており、サクセスストーリーという大枠は変わらない。

 シュリーカーントの人生自体が非常にインスパイアリングなもので、その忠実な映画化であったとしても一定の感動は得られたであろう。この映画がより素晴らしいものになっていた大きな要因は、主演ラージクマール・ラーオの名演技である。もちろん、ラージクマールは盲人ではない。だが、シュリーカーントやその他の盲人のマンネリズムをよく研究したと見え、本当の盲人に見えるような表情の作り方をしていた。その上、本人と顔がよく似ている。彼以上の適任者はいなかった。

 シュリーカーントが発するセリフの中には心に響くものがいくつもあった。彼がずっと訴えかけていたのは、障害者にも平等にチャンスを与えてほしいということだった。彼が直面してきたインド社会は、彼の障害を見て、彼からチャンスを奪おうとするか、彼に下駄を履かせて賞賛しようとしていた。障害者は産まれた途端に親から殺される可能性があることも示唆されていた。障害者が求めているのは、支援ではなく、平等な扱い、平等な尊厳である。これらのメッセージはきっと、シュリーカーント本人からのものであるに違いない。

 映画はインドの教育システムに対する批判にもなっていた。彼は視覚障害者であるというだけで、いくら高得点を取っていても理系で学ぶことを許されなかった。彼は訴訟を起こして教育システムと戦い、全ての優秀な生徒に理系の門戸を開いた。これは実話であるらしい。だが、高等教育でも同じことが繰り返された。シュリーカーントは今度は法廷で戦うことをせず、米国に留学する道を選んだ。

 ただし、この部分は、インドの大学で学んだ自分の経験とは合致しない。筆者が学んだジャワーハルラール・ネルー大学(JNU)には障害者枠があり、クラスに必ず障害者がいた。目の見えない学生もいた。おそらくIITでも同様の枠があったはずだ。なぜIITがシュリーカーントを受け入れなかったのか不思議である。もしかたらこの部分は脚色なのかもしれない。

 全編にわたって、アーミル・カーンの出世作「Qayamat Se Qayamat Tak」(1988年)の有名な挿入歌「Papa Kehte Hain」が何度も流れる。息子が大物になることを父親が夢見る一方で、人生の目的が定まっていない若者の心理を歌った曲だ。皮肉なことに、シュリーカーントの父親は目の見えない息子に大きな夢は抱いていなかった。だが、シュリーカーントは父親にとって自慢の息子になるように努力をした。彼は子供の頃から、「初の視覚障害を持つインド大統領になる」という確固たる夢を持っており、今でもその夢を捨てていない。

 「Srikanth」は、盲目でありながら実業家として成功し、インド大統領という大胆な夢まで見ているシュリーカーント・ボーラーのインスパイアリングな伝記映画である。基本的にはサクセスストーリーだが、単なる聖人伝でもなく、正直に彼の人生のアップダウンを描いていて好感が持てた。そしてラージクマール・ラーオの名演技である。興行的にもまずまずの成功を収めた。必見の映画だ。