Kadak Singh

3.5
Kadak Singh
「Kadak Singh」

 2023年12月8日からZee5で配信開始された「Kadak Singh」は、記憶喪失になった経済犯罪局オフィサーを主人公にしたスリラー映画である。

 監督は「Pink」(2016年)などのアニルッダ・ロイ・チャウダリー。主演はパンカジ・トリパーティーとサンジャナー・サーンギー。他に、クシュブー・カマール、パールヴァティー・ティルヴォートゥ、ジャヤー・エヘサーン、パレーシュ・パフージャー、ディリープ・シャンカルなどが出演している。

 題名の「Kadak Singh」は、主人公のあだ名である。主人公にはアルン・クマール・シュリーワースタヴ(AKシュリーワースタヴ)という名前があったが、彼の子供たちは父親のことを「Kadak Singh」と呼んでいた。「Kadak」は「कड़कカラク」と書くが、これは何かが激しくぶつかる音や雷鳴などを指す単語である。子供たちは厳格な父親を揶揄し、陰でこのようなあだ名で呼んでいたのだった。

 経済犯罪局の有能なオフィサー、AKシュリーワースタヴ、通称カラク・スィン(パンカジ・トリパーティー)は、自分のオフィスで天井ファンに縄を掛けて首を吊るが、ファンが落ちたために助かり、入院する。そのときのショックが元で彼は部分的に記憶を失ってしまっていた。

 AKは事故で亡くした妻ミミ(クシュブー・カマール)との間にサークシー(サンジャナー・サーンギー)とアーディティヤという2人の子供がいた。だが、彼が覚えていたのはアーディティヤのことだけで、しかも本来ならば17歳なのに、彼が5歳のときまでしか記憶がなかった。母親を亡くした後、アーディティヤはグレてしまい、薬物に手を出すようになっていた。AKの自殺未遂があったときにはアーディティヤはリハビリ施設に入院していた。

 サークシーは病院までAKに会いに行き、自分が彼の娘であることを説明する。AKはなかなか信じようとしないが、写真などを見せることでようやく納得する。サークシーは、父親は自殺未遂したのではなく誰かに殺されかけたのだと主張する。サークシー、AKの腹心アルジュン(パレーシュ・パフージャー)、AKの恋人ナイナー(ジャヤー・エヘサーン)、AKの上司ティヤーギー(ディリープ・シャンカル)がそれぞれ自分の視点から彼の身に何があったのかを語る。

 当時、経済犯罪局は人々から90億ルピーを騙し取って姿をくらました実業家アショーク・アガルワールの行方を追っていた。AKは、同じ局内のラヴィカーントを疑い、彼を尋問するが、その直後にラヴィカーントは飛び降り自殺をしてしまう。AKは停職処分になるところだったが、ティヤーギーに助けられた。AKは、アショークの居所を知るサーキブと接触することに成功し、ハーウラー・ホテルで彼を逮捕しようとする。AKはアショークに怪しまれないように女性局員を自分の愛人に仕立てあげていた。ところがそのホテルでサークシーと出くわしてしまう。サークシーはかねてから父親に恋人がいることに勘付いており、怒って出て行ってしまう。AKはサークシーを追いかけるが、公衆の面前で喧嘩になってしまう。アショークもホテルには現れなかった。AKが自殺未遂をしたのはその直後だった。AKの入院中、再びアショークの居所についてサーキブからタレコミがあり、アルジュンたちは急襲する。アショークは銃撃戦の末に殺されてしまう。

 だが、サーキブからは、アショークを裏で操る新の権力者マントゥー・マーン・スィンの存在が明らかになっていた。サークシーは父親の部屋で見つけた資料を参考に単独でマントゥーの正体を暴こうとするが、限界があった。サークシーは父親に相談する。AKは記憶を完全に取り戻したわけではなかったが、何が起こったのかを推理する。そして、自分は自殺未遂をしたのではなく、誰かに殺されそうになったことを確信する。そのとき病院には刺客がやって来るが、付きっきりで看病していた看護師カナン(パールヴァティー・ティルヴォートゥ)のおかげで難を逃れることができた。

 AKはサークシー、ナイナー、ティヤーギーなどを一堂に集め、最終的な結論を披露する。アショークを裏で操っていたのは何を隠そうティヤーギーとその腹心スバーシュであった。ラヴィカーントは彼らの不正を暴こうとしたために自殺を装って殺された。そして事件の真相に迫りつつあったAKも殺そうとしたが、天井ファンの落下により殺し損なったのだった。ティヤーギーとスバーシュは逮捕され、AKも退院する。この一件を通してサークシーとナイナーも仲良くなっており、彼らは一緒に生活を始めた。

 スリラー映画は俳優たちの潜在的な演技力がもっとも活かされるジャンルである。まずは既に演技派俳優としての地位を確固たるものとしているパンカジ・トリパーティーが主役AK役で主演をし、演技力を遺憾なく発揮していた。そして、AKの娘サークシー役を演じたサンジャナー・サーンギーは「Dil Bechara」(2020年)で注目を浴びた、現在急成長中の女優である。やはりしっかりした演技力のある女優で、彼女にとっても大いにアピールできる作品となった。

 AK専属の看護師カナンは単なる看護師以上の存在感を示していたが、その役を演じたパールヴァティー・ティルヴォートゥの貫禄もその要因だ。彼女は主にマラヤーラム語映画界で活躍してきた女優で、「Qarib Qarib Single」(2017年)というヒンディー語映画にも出演している。カナンはマラヤーリーという設定のようで、所々でマラヤーラム語のセリフを発していた。AKの腹心アルジュンを演じたパレーシュ・パフージャーもやはり注目株の男優で、「Tiger Zinda Hai」(2017年)や「Doctor G」(2022年)などに出演している。

 ナイナーを演じたジャヤー・エヘサーンはバングラデシュ人女優である。過去に何度も受賞していることから察するに、バングラデシュを代表する俳優のようだ。2013年からインドのベンガル語映画にも出演しており、両国をまたいで活躍して来た。ヒンディー語映画への出演は今回が初である。

 詰まるところ、パンカジ・トリパーティーを中心に、勢いのある俳優たちを揃えており、彼らの競演はそれだけでスリリングであった。

 AKは切れ者の経済犯罪局オフィサーという設定だった。だが、自殺未遂により記憶を部分的に失う。90億ルピー相当の詐欺事件を捜査をしていた最中の事故であったが、その直前にはもう一人のオフィサーが自殺をしていることもあって、彼の容体は世間の注目を集めていた。また、自殺未遂だと思われていたものが実は殺人未遂だったと次第に分かって来て、彼の命が再び狙われる可能性もあった。一体彼の身に何があり、なぜそんなことになったのか。それがこの映画全体を使って追求される。

 真犯人は誰か、それを解き明かすことがこの映画の重要な目的であるため、どうしても観客も推理を働かせながら鑑賞することになる。怪しい人物は何人かいるのだが、途中から何となく、ティヤーギーとスバーシュが真犯人だとほのめかす描写があった。そしてその通りの結末になったので、意外性がなかったように感じた。他にあり得る結末として考えていたのは、実はAKは記憶喪失ではなく、何らかの理由で記憶喪失の振りをしているというものだった。しかしながら、どうもAKは本当に記憶喪失だったようだ。

 数人の登場人物の語りから真相を明らかにしていく手法は、斬新とまではいかないものの、よく構成されていて、スリルを醸成していた。一方で、AKと子供たちとの関係、ミミの死の原因、AKとナイナーの関係など、人間関係の描写でも手を抜いておらず、主筋を引き立てる役割を果たしていた。

 「Kadak Singh」は、しっかり構成されたストーリーと優れた俳優たちの競演が見所のスリラー映画である。アッと驚く大どんでん返しのようなものはなかったが、不正を暴く仕事面の主筋と、崩壊寸前の家族が絆を取り戻す家庭面の脇筋がうまく織り込まれており、満足度の高い映画になっていた。