2023年6月23日公開の「1920: Horrors of the Heart」は、ホラー映画「1920」シリーズの最新作である。「1920」シリーズはこれまで「1920」(2008年)、「1920: Evil Returns」(2012年)、「1920: London」(2016年)、「1921」(2018年)と4本作られてきた。英国植民地時代を舞台にしたホラー映画という点で共通項はあるが、基本的に作品間のつながりはない。この「1920: Horrors of the Heart」も、独立した作品である。
監督はクリシュナー・バット。この映画のプロデューサーであるヴィクラム・バットの娘で、長編映画の監督は今回が初となる。ヴィクラムは「Raaz」(2002年)などをヒットさせ、インド映画にホラーというジャンルを確立させた張本人だ。娘のデビュー作をホラー映画にしたのもうなずける。
脚本は重鎮マヘーシュ・バットが書いている。キャストは、アヴィカー・ゴール、ラーフル・デーヴ、バルカー・ビシュト、ランディール・ラーイ、ダーニシュ・パンドール、ケータキー・クルカルニー、アミト・ベヘル、アヴタール・ギル、アルベーンドラ・プラタープなどである。
ボンベイで父親ディーラジ(ランディール・ラーイ)と暮らしていた21歳のメーグナー(アヴィカー・ゴール)にはアルジュン(ダーニシュ・パンドール)という恋人がいた。メーグナーはアルジュンを父親に紹介しようと考えていたが、ディーラジは突然首吊り自殺をする。遺された日記から、死んだと伝えられていた母親ラーディカー(バルカー・ビシュト)はまだ生きており、父親を騙した挙げ句、現在は大富豪シャーンタヌ(ラーフル・デーヴ)と共に住んでいることを初めて知る。メーグナーはラーディカーへの復讐を誓う。亡霊となったディーラジも彼女の復讐を手助けするようになる。
メーグナーはシャーンタヌとラーディカーが住むギルワールを訪れる。彼らは、16歳の娘アディティ(ケータキー・クルカルニー)と暮らしていた。ラーディカーはメーグナーと会おうともしなかったが、シャーンタヌは彼女を優しく受け入れ、家に住まわせる。人懐こいアディティはすぐにメーグナーと仲良くなる。メーグナーはディーラジから指示された通り、彼らの家で燃え続け家族を守り続けていたロウソクの火を消し、無防備な状態にする。
突然メーグナーがいなくなったことでアルジュンはギルワールまで彼女を追ってやってくる。ディーラジを陰で操っていた呪術師ラハースル(アミト・ベヘル)はアルジュンの存在が復讐の妨げになると感じ、彼を襲撃する。メーグナーは病院に入院したアルジュンを見舞う。するとアルジュンは彼女にディーラジの遺灰を渡す。ディーラジは、ラーディカーに復讐するため、まずはアディティを苦しめようとしていた。ディーラジの指示通り、メーグナーはアディティの枕元に遺灰を撒く。するとアディティはディーラジの亡霊に取り憑かれてしまう。
アディティは奇行を始め、超自然的な能力を発揮して人々を恐怖のどん底に突き落とす。アルジュンはメーグナーを連れて逃げ出そうとするが、実はそのアルジュンはラハースルの変装した姿だった。それに気付いたメーグナーは列車から降り、アディティを助けに戻る。また、彼女を騙していたのは実はラーディカーではなくディーラジだったことを知ってしまう。ディーラジは、ラハースルに心臓を売り渡し、自殺して亡霊になることで、ラーディカーへの復讐を果たそうとしていたのだった。メーグナーは自らの腹を刺し、ディーラジを連れてあの世へ行こうとするが、死んだアルジュンが彼女を止める。ディーラジだけがあの世へ行き、メーグナーは生き残る。
メーグナーが目を覚ますとアディティは正気に戻っていた。シャーンタヌとラーディカーにも受け入れられ、本当の家族を手にする。
まず、ホラー映画としては非常に稚拙な作りをしていた。映像と音で驚かせることに終始しており、脚本の妙で観客の恐怖心を煽るような高尚さは全く見出せなかった。撮影には、米ドラマ「マンダロリアン」(2019年~)で世界初披露され、インドでは「Judaa Hoke Bhi…」(2022年)でお目見えしたバーチャルプロダクションの技術が使われているものと思われる。ただし、これもまだ中途半端で、逆に安っぽさを助長してしまっていた。さらに、主演アヴィカー・ゴールをはじめとした若い俳優たちの演技も未熟であり、映画を盛り下げていた。
最大の工夫点は、悪役が終盤で逆転するところだろう。父親ディーラジと暮らしてきて、父親の自殺をきっかけに母親ラーディカーを恨むようになったメーグナーは、父親の亡霊に後押しされる形で母親への復讐に乗り出す。だが、実は彼女の人生を台無しにしたのは父親の方だったことが後から分かり、異父妹アディティの身体に憑依した父親の亡霊を命を投げ打ってまでして追い出そうとする。
しかしながら、半分焼けただれた怪しげな僧侶がディーラジに付いていることが序盤から示されており、このどんでん返しはある程度予想できるものであった。また、冷静に考えてみると、ラーディカーに復讐するために自殺をし、娘を実行者にするというディーラジの遠回りな行動は理解しがたい。そんなことをせずとも自分で復讐に乗り出せばよかったのではないか。いかにホラー映画といえど、理屈が通っていなければ映画の世界にはのめり込めない。脚本が破綻しており、それが最大の敗因となっていた。
主演アヴィカー・ゴールの演技は前述の通り酷いものだったが、アディティ役を演じたケータキー・クルカルニーについては特筆すべきものがあった。決して美人ではないが、クリクリした目がかわいらしく、ディーラジの亡霊に憑依された後は身を張った演技を見せていた。
「1920: Horrors of the Heart」は、ヴィクラム・バットの娘クリシュナー・バットの監督デビュー作となるホラー映画である。そこまでヒットはしていないが、低予算で作られたことが功を奏し製作費は回収できたようで、ビジネスとしては成功したようだ。だが、だからといって映画が面白くなるわけではない。避けた方が吉の映画である。