タックスフリー

 インドに住んで映画館でインド映画を楽しんでいる人にとって、「タックスフリー(Tax Free)」は鑑賞する映画を選ぶ上でのひとつの指標になる。

 「タックスフリー」とは読んで字の如く、その映画のチケットに掛かる税金が免除されるということである。映画のチケットに掛かる税金とはGSTのことだ。「Goods and Services Tax」の略で、日本語では一般的に「物品サービス税」などと訳されている。

 2017年に映画館の入場料にGSTが課せられるようになる以前、その税金とは娯楽税(Entertainment Tax)のことだった。娯楽税の率は州によって異なっていたが、GSTが導入されたことで、インド全国で統一された。

 2023年現在、100ルピー以上のチケットには18%、100ルピー未満のチケットには12%のGSTが課せられる。GSTは中央政府と州政府で半々に分配される。それぞれCGST(Centre GST)、SGST(State GST)と呼ばれる。例えばチケットの本体価格が200ルピーの場合、GSTは合計36ルピーとなり、CGSTとSGSTは18ルピーずつ、つまり、中央政府と州政府にそれぞれ18ルピーが納められることになる。消費者が払う金額は税込236ルピーだ。ちなみに、GST開始当初は、100ルピー以上のチケットには28%、100ルピー未満のチケットには18%のGSTが課せられていたが、2018年に現在の率に引き下げられた。

 どの映画をタックスフリーにするかを選ぶ権利は州政府にある。そして州政府が免税を決定できるのは、GSTの中でも州政府が取るSGST分のみだ。よって、もし州政府が特定の映画をタックスフリーにした場合、本体価格が200ルピーのチケットを売る映画館では、SGST分の18ルピーのみの免税を決定できる。中央政府の取り分であるCGSTの18ルピーをいじることはできない。よって、この映画館でのチケット代は18ルピー引きの税込218ルピーになる。

 現在のGSTでは、タックスフリーの恩恵はせいぜい1割引といったところである。GST導入前、映画館のチケットに掛かる税金は平均30%ほどで、これがごっそり免税されたため、タックスフリーにはもっとインパクトがあった。

 GST時代のタックスフリーは、割安感による集客効果よりも、州政府のお墨付きを与えることでの宣伝効果を期待してのもののようだ。前述のとおり、タックスフリーを選ぶ権利は州政府にあるが、そこに明確な基準はない。基本的に、社会に好ましい影響を与える啓蒙映画や愛国心を高揚させる国威発揚映画がタックスフリーになる。たとえば最近では、トイレ問題を扱った「Toilet: Ek Prem Katha」(2017年)、インドの火星探査計画を扱った「Mission Mangal」(2019年)、アシッドアタック問題を扱った「Chhapaak」(2020年)、1983年のインド代表クリケットチームのワールドカップ優勝を扱った「83」(2021年)などがいずれかの州でタックスフリーになった。州内で撮影が行われた映画にタックスフリーのステータスを与えるケースもある。たとえばオリシャー州政府は州内で撮影が行われた「Zwigato」(2023年)をタックスフリーにした。

 基本的にタックスフリーになる映画は良質のものが多く、観る映画を選定する際の有効な指標になる。

 しかしながら、2014年に中央政府の与党になったインド人民党(BJP)は映画を使って党のヒンドゥー教至上主義イデオロギーを喧伝し選挙を有利に進めようとする戦略を採っているようで、同党にとって都合のいい映画を、同党が政権を握る州政府がタックスフリーにするというパターンが繰り返されている。露骨だったのは「The Kerala Story」(2023年)である。ヒンドゥー教徒の間にイスラーム教徒に対する憎悪や危機感をかき立てる内容の映画で、物議を醸した。西ベンガル州などがこの映画の上映を禁止した一方で、マディヤ・プラデーシュ州、ウッタル・プラデーシュ州、ハリヤーナー州など、BJPが与党の州政府はこの映画をタックスフリーにした。

The Kerala Story
「The Kerala Story」

 映画がプロパガンダの道具となるにつれて、タックスフリーがプロパガンダ映画の拡散を後押しする目的で使われるようになった。日本で公開されるインド映画には全く関係ない話なのだが、映画がインド社会に与える影響を検証する上では重要な要素になっている。