Mrs Undercover

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Mrs Undercover
「Mrs Undercover」

 インドでは中産階級の女性は外で働かず主婦として夫の収入に頼る生活が理想とされている。結婚前は働いていても、結婚後は家庭に入って夫を支えるのが主流だ。男性にとっても、妻に金銭を稼がせるのは甲斐性がなく不名誉なこととの観念がある。一昔前の日本と同じである。しかしながら、経済的な自立のない女性は弱い立場に置かれやすく、様々な場面で搾取の対象にもなりやすかった。

 ヒンディー語映画で「主婦の尊厳」という主題を初めて取り上げたのは「English Vinglish」(2012年/邦題:マダム・イン・ニューヨーク)だったと記憶している。英語がしゃべれず、夫や子供たちから馬鹿にされていた主婦がニューヨークに渡って英語を学び出すというストーリーで、日本でも公開され多くの女性の共感を呼んだ。

 2023年4月14日からZee5で配信開始された「Mrs Undercover」も主婦が主人公の映画である。ただし、主人公のドゥルガーは実際は主婦ではなく、特別部隊(Special Force)の覆面エージェントであり、つまりスパイであった。よって、スパイ映画の類に入る。ドゥルガーは潜伏したまま結婚生活を送り、すっかり主婦生活を楽しんでいた。その彼女が10年振りにスパイとして復帰することになるというのが大まかなあらすじである。

 監督はアヌシュリー・メヘター。過去に短編映画「Unkahee」(2020年)を撮っているが、長編映画は初である。主演はラーディカー・アープテー。「Padman」(2018年/邦題:パッドマン 5億人の女性を救った男)などに出演していた。元々演技力のある女優だが、脇役出演が多かった。しかしながら、「Phobia」(2016年)の頃から時々主演を任されるようになった。今ではカンガナー・ラーナーウトやタープスィー・パンヌーなどと並び、主演を張れる女優グループの一角を占めている。「Mrs Undercover」でも彼女は唯一の主演として、看板を背負っている。しかも、アクションシーンにも挑戦している。

 他に、ラージェーシュ・シャルマー、スミート・ヴャース、インドラーシーシュ・ロイ、ローシニー・バッターチャーリヤ、サーヘブ・チャットーパーディヤーイなどが出演している。

 「コモンマン」と呼ばれる連続殺人鬼により多くの自立した女性が殺害される事件が相次いでいた。特別部隊のチーフ、ランギーラー(ラージェーシュ・シャルマー)はインド各地に送り込んだ覆面エージェントがほとんど全滅状態にあることに気付く。中にはコモンマンによって殺された者もいた。ランギーラーは、唯一の生き残りであるドゥルガー(ラーディカー・アープテー)と接触しようとする。

 ドゥルガーはコルカタに10年間潜伏していたが、実際のところは部隊から忘れられた存在だった。この間、デーブ(サーへブ・チャットーパーディヤーイ)と結婚し一子をもうけていた。デーブは男尊女卑的な思考の持ち主で、ドゥルガーを主婦として見下していた。それでもドゥルガーはデーブとの結婚生活を楽しんでいた。今更エージェントに戻るつもりはなかった。

 それでも、ドゥルガーは考え直し、ランギーラーに協力することになる。コルカタ女子大学に入学して怪しい人物を探すが、その過程で彼女は、女子大で教えるアーイシャー(ローシニー・バッターチャーリヤ)と夫が浮気しているのを発見する。ショックを受けたドゥルガーはミッションも放棄しようとするが、何とか持ち直す。

 実はアーイシャーは暗殺者で、特別部隊のエージェントを探していた。彼女はデーブをエージェントだと勘違いし接近していた。アーイシャーがデーブを殺そうとしたとき、ドゥルガーが助けに入り、夫を救う。アーイシャーはドゥルガーこそがエージェントだと気付いて彼女を殺そうとするが、ドゥルガーは返り討ちにする。

 実はコモンマンは、女子大の講師アジャイ(スミート・ヴャース)であった。アジャイは女子大で行われるイベントに主賓として呼ばれている州首相を爆殺しようと計画していたが、ドゥルガーの活躍によりそれは阻止され、アジャイも逮捕される。

 普段はおっちょこちょいの主婦が、実は凄腕のスパイだったという、子供が考えたようなストーリーのスパイアクション映画であった。そこに、インド社会における主婦の地位の低さを浮き彫りにする逸話が盛りこまれると同時に、夫の浮気という主婦にとってはもっともショックな事件も差し挟まれる。だが、様々な要素が中途半端で、結局何を訴えたい映画なのか分からなくなってしまっていた。

 「English Vinglish」の主人公シャシは、演じているシュリーデーヴィーがあまりに美しいという点を除けば、本当に一般的な主婦だったため、英語を学ぶという彼女の挑戦は人々の共感を呼びやすかった。しかし、「Mrs Undercover」の主人公ドゥルガーは覆面エージェントであり、一般人ではない。高い戦闘能力を誇り、数人の悪漢に囲まれただけではピンチにもならない。潜伏期間が長く、主婦生活にどっぷり漬かりすぎていたとはいえ、潜在的な力は夫よりも上で、いかに家父長主義的な夫から馬鹿にされようとも、余裕をかますことができないことはなかった。

 夫も女性を軽視していたが、連続殺人鬼「コモンマン」も、社会に出て男性顔負けの力を発揮する女性をターゲットにして殺人をしており、この映画の全体的なテーマは反ミソジニー(女性嫌悪)にあるといっていい。監督は女性であり、明確な意図をもってこれらの設定を行ったといえる。

 そのドゥルガーが、連続殺人鬼「コモンマン」を発見と、覆面エージェントを次々に殺害する謎の組織の壊滅の両方を達成するというのがこの映画の本筋になるわけだ。

 また、敵の中にはアーイシャーという女性も登場する。アーイシャーはドゥルガーの夫を誘惑し、彼の浮気を誘発しただけでなく、実は覆面エージェントを次々に殺害する工作員でもあった。主婦にとって、平穏な日常生活に突然横から割って入ってきて夫を誘惑する外部の女性は脅威でしかない。最終的にドゥルガーはアーイシャーを無慈悲に殺す。

 女性を差別し虐げる男性中心社会や、男性におもねって他人の家庭を破壊させる悪女を悪役としたこの映画は、日常と非日常をごちゃ混ぜにしてしまったことによって、何らかの社会的なメッセージを発信しているというよりは、単なる主婦のファンタジーになってしまっていたように感じる。

 ドゥルガーが八面六臂の活躍をするのに対して、男性キャラはどれも情けない。ドゥルガーの上司ランギーラーにしても何か頼りない男性だった。主婦のファンタジーならまだマシで、極端なことをいえば、ミサンドリー(男性嫌悪)映画とも受け止めることができた。

 これでアクションシーンに目を引くものがあればまだ楽しめるのだが、ラーディカー・アープテーが何とかかんとか頑張っていたのを除けば、特筆すべき点はない。続編を匂わせる終わり方ではあったが、きっとシリーズ化はされないだろう。

 「Mrs Undercover」は、覆面エージェントとして主婦をしている女性が10年振りにミッションを与えられるというスパイアクション映画である。ラーディカー・アープテーが熱演をしているもののストーリーがうまく整理されておらず、単に主婦のファンタジーをごった煮にしたような中途半端な映画になってしまっていた。