Gulmohar

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Gulmohar
「Gulmohar」

 2023年3月3日からDisney+ Hotstarで配信開始された「Gulmohar」は、デリーを舞台に展開するリアリスティックな三世帯ファミリードラマである。劇場公開を経ずに直接OTTリリースされたのが不思議なくらい、よく出来た映画だ。

 監督はラーフル・V・チッテーラー。過去にオムニバス映画「Shor Se Shuruaat」(2016年)などを撮っているが、基本的には短編映画を作ってきた人物だ。キャストは、シャルミラー・タゴール、マノージ・バージペーイー、スィムラン、スーラジ・シャルマー、アモール・パーレーカル、カーヴェーリー・セート、ウトサヴィー・ジャー、ダーニシュ・スード、アヌラーグ・アローラー、デーヴィカー・シャハーニー、シュリーハルシュ・シャルマー、シャーンティ、ジャティン・ゴースワーミー、チャンダン・ロイ、ガンダルヴ・デーワーンなどが出演している。

 題名の「グルモハル」とはホウオウボクのことだが、映画の中では、主人公一家が住む邸宅の愛称になっている。

 バトラー家の邸宅「グルモハル」はデリーの高級住宅街に位置していた。バトラー家の最年長はクスム(シャルミラー・タゴール)。クスムの夫ヴィールは既に亡くなっていた。ヴィールとクスムの間には子供ができなかったが、クスムは病院に捨てられた子供を拾い我が子として育てた。それがアルン(マノージ・バージペーイー)であった。アルンはインディラー(スィムラン)と結婚し、息子のアーディティヤ(スーラジ・シャルマー)や娘のアムリター(ウトサヴィー・ジャー)が生まれた。アーディティヤは起業家だったが、まだスポンサーを得られていなかった。アーディティヤはディヴィヤー(カーヴェーリー・セート)と結婚していた。これらの家族がグルモハルに住んでいた。また、メイドのレーシュマー(シャーンティ)や門番のジーテーンドラ・クマール(ジャティン・ゴースワーミー)などがバトラー家で働いていた。

 ヴィールの弟スダーカル(アモール・パーレーカル)、その息子のカマル(アヌラーグ・アローラー)、孫のキショール(シュリーハルシュ・シャルマー)などは別の家に住んでいた。

 長年住んできたグルモハルだったが、開発業者による再開発の地域に入り、クスムは家の売却を決めた。ヴィールはグルグラームに新しいフラットを購入し、引っ越しの準備をしていた。だが、アーディティヤは両親たちとは別に暮らすことを決める。また、クスムもプドゥチェリーに家を購入したと明かす。アルンは突然家族がバラバラになってしまうことにうろたえる。また、クスムは予定を変更してホーリー祭の日まで家族で一緒に過ごし、ホーリー祭を共に祝うことを提案する。

 この数日間、バトラー家には様々なことが起こる。アーディティヤはスタートアップが軌道に乗っておらず、新居のための資金調達にも苦労していた。とうとうディヴィヤーに黙って、キショールの務める企業に面接を申し込む。だが、ディヴィヤーに止められ、面接を中断する。

 アムリターは大学生でバンドをしていた。バンドメンバーのアンクル(ダーニシュ・スード)から言い寄られていたが、実は女性のディーピカーと恋仲にあった。ディーピカーとの同性愛関係がクスムに知られてしまうが、クスムは自分も過去に女性と恋仲になったことがあると明かし、彼女の関係を応援する。

 ジーテーンドラはレーシュマーに片思いしていたが、なかなか思いを打ち明けられなかった。バトラー家の引っ越しのためにやって来た引っ越し業者のイルファーン(ガンダルヴ・デーワーン)はレーシュマーと幼馴染みで、レーシュマーと馴れ馴れしく会話をしていたため、やきもちを焼く。あるときイルファーンと喧嘩になり、アルンに平手打ちをされて飛び出してしまう。

 様々なハプニングの中でも最大級のものが、ヴィールの遺書であった。インディラーがたまたま見つけたものだったが、その内容はクスムとスダーカル以外は知らなかった。ヴィールはその遺書に、自分の死後グルモハルの所有権をスダーカルとその息子カマルに譲ると書いていた。なぜならアルンは養子だったからである。ただ、クスムが住み続けることは許可していた。クスムは遺書を尊重し、グルモハルの売却後はプドゥチェリーに移住することにしていたのだった。だが、父親が自分のことをあくまで養子だと考えていたことを知ったアルンは大きなショックを受ける。彼は、スダーカルの家族を含めたバトラー家を呼んで遺書の内容を公表し、イルファーンと喧嘩をしたジーテーンドラに平手打ちをした後、家を飛び出し、ホテルに滞在する。ただ、アルンは自分の生物学的な父親がどこで何をしているのか知っていた。彼はダーバー(安食堂)経営の貧しい人物だった。アルンは遠巻きに本当の父親を眺めていただけだったが、インディラーに促され、初めて彼と会話をしに行く。アルンは、彼も自分のことを息子だと知っていたことを知る。

 ホーリー祭の日。グルモハルにいたクスムのところに、アルン、インディラー、アーディティヤ、ディヴィヤー、アムリター、ジーテーンドラ、レーシュマーなどが戻ってくる。彼らは一緒にホーリー祭を祝う。

 元々短編映画を得意とする監督が撮っただけあって、2時間強の一本の映画の中に、短編映画数本分のエピソードが詰め込まれたような作りになっていた。登場人物も多い。当初は詰め込み過ぎだと感じながら観ていたが、ストーリーテーリングがうまく、物語は流れるように進んでいく。登場人物の顔と名前も自然に一致するようになり、終盤にかけてそれぞれのエピソードがまとまってくる。序盤ではバラバラだったバトラー家も、それぞれに危機を迎えながらもそれを乗り越えることで結束を強めていき、クライマックスのホーリー祭では全くわだかまりなく遊びに興じる。

 「Gulmohar」を観ていて思い出したのは「Monsoon Wedding」(2001年/邦題:モンスーン・ウェディング)だ。「Monsoon Wedding」では結婚式の準備に追われるパンジャービー系の一家において次々に起こるドラマを追っていたが、「Gulmohar」では自宅の売却と引っ越しに伴うゴタゴタが主軸になっていた。

 これは、現在のデリーの現実でもある。デリーでは地価が急騰しており、再開発も盛んに行われている。また、デリーの衛星都市であるグルグラーム(旧名グルガーオン)などには高級高層マンションが次々に建っているが、地価はデリーほどではない。そこでデリー各地の「コロニー(高級住宅街)」に家を持っていた人々は、開発業者などに家と土地を売却し、その資金でもってグルグラームなどのマンションの高層階にフラットを買って住むようになっている。バトラー家の年少者であるクスムも、亡き夫がデリーに建てた邸宅「グルモハル」に愛着を持ちながらも売却を決めたのであった。これが物語の導入部になっている。

 この主軸の物語に、いかにも現代インドらしい様々なエピソードが肉付けされている。嫁と姑の確執、父と子の複雑な関係は目新しいものではないが、スタートアップの資金集めがうまくいかずに挫折しそうになる息子アーディティヤや、友人とレズ関係になる娘アムリターなどは世相をよく反映していた。門番のジーテーンドラとメイドのレーシュマーの恋愛関係は、「Monsoon Wedding」でのアリス(ティロッタマー・ショーム)とPKドゥベー(ヴィジャイ・ラーズ)を思わせるものだったが、引っ越し業者イルファーンが間に入って三角関係を形作っていたのは工夫をした点だといえる。

 家族礼賛はインド映画の基本原理であるが、「Gulmohar」では、養子であるアルンの存在によって、家族は血ではなく心によって形成されるという主張がなされていた。亡き父が遺した遺書では、あくまでアルンは血縁ではなく、あくまで養子扱いされており、それがアルンを深く傷付ける。だが、アルンは自分の本当の父親と初めて会話を交わしたことで、彼も血のつながり以上のものを両親から受け取っていたことに気づく。

 人間関係が複雑に絡み合うドラマを分かりやすくまとめた監督の手腕に脱帽であったが、シャルミラー・タゴール、マノージ・バージペーイー、スィムランなど、演技力に定評のある俳優たちを揃え、ストーリーに命を吹き込むことに成功したことにも喝采を送りたい。レーシュマーを演じたシャーンティやジーテーンドラを演じたジャティン・ゴースワーミーなど、あまり有名ではない俳優たちもいたが、とてもいい演技をしていた。キャスティングは適材適所という言葉がピッタリであった。

 デリーのマイナーな旧跡を効果的に背景に使っていたのも印象的な映画だった。おそらくメヘラウリー考古公園あたりで撮影が行われていると思われるが、デリーらしい日常風景が随所に見られ、デリー在住者の視点から撮られた映画だと感じた。

 「Gulmohar」は、OTTリリースながら、優れた監督と優れた俳優たちによる優れたファミリードラマ映画である。デリーの現在をストーリーに織り込みながらも、昔から変わらぬ家族の価値観を歌い上げ、インド人の大好きなホーリー祭で締めるという、これ以上にない構成の作品だ。