The Last Coffee

2.5
The Last Coffee
「The Last Coffee」

 2023年2月13日からZee5で配信開始された「The Last Coffee」は、別居中で離婚を目前に控えた夫婦が大雪のため一晩ホテルで共に過ごすことになるという物語である。冬にジャンムーとシュリーナガルの間にある山間の町パトニートープで撮影されており、雪景色が印象的な映画だ。

 プロデューサーはラーハト・カーズミーなど。監督・主演はショエーブ・シャー。「Mantostaan」(2017年)などに出演歴があるが、ヒンディー語映画界では有名な人物ではない。アンキター・ローカンデーやマーンスィー・シャルマーといった俳優が起用されているが、彼らも全く無名だ。

 パトニートープでホテルを経営するリハーン(ショエーブ・シャー)は妻のイーラム(アンキター・ローカンデー)と離婚の手続き中だった。離婚が完了する日の前日、リハーンはイーラムをコーヒーに誘う。最初は断ったイーラムであったが、夜に彼のホテルに現れる。

 二人は出会った頃のことを思い出す。リハーンは、交通事故をきっかけに路上でたまたま出会ったイーラムに一目惚れし、彼女と会話を交わすようになる。リハーンは趣味で詩作をしており、彼女に聞かせていた。リハーンにはアーヤト(マーンスィー・シャルマー)という元妻がいたが、再婚していた。リハーンの母親やイーラムの両親も二人の結婚には賛成で、縁談はトントン拍子で進む。

 ところが結婚後、リハーンは仕事を優先するようになり、イーラムとは喧嘩をするようになった。また、リハーンの携帯電話にはよくアーヤトから電話が掛かってきていた。

 ある日、リハーンが置き手紙をして2日間行方をくらましたことがあった。イーラムは、彼がアーヤトのところへ行っていたと考え、それが離婚のきっかけになる。リハーンがいくら説明しようとしてもイーラムは聞こうとしなかった。

 離婚前の最後の夜、リハーンはようやくあのとき何をしていたのかイーラムに打ち明ける。アーヤトは筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患い、身体が動かなくなっていた。とうとうアーヤトは声を出すことができなくなり、寝たきりになった。リハーンはそれを知ってアーヤトに会いに行くが、彼女は視線入力をして彼にメッセージを送っていた。それを見たリハーンはショックを受け、家出をしたのだった。

 それを知ったイーラムは彼に謝る。だが、そのときリハーンは発作を起こす。リハーンは喘息持ちだったが、このときたまたま吸入ポンプを切らしていた。イーラムは薬を探しに外に出るが、リハーンはそのまま息を引き取る。

 リハーンとイーラムが離婚を目前に控えてホテルで一夜を明かすという現代のシーンから始まり、所々で回想シーンが差し挟まれて、過去に二人の間で何が起こったのかが徐々に明かされていくという構成だった。

 リハーンは二度結婚をしており、イーラムは二人目の妻だった。一人目の元妻はアーヤトという名前で、回想シーンでは彼女も登場する。つまり、リハーン、イーラム、アーヤトの三人が主なキャラクターとなる。これだけの情報が揃えば、大まかな筋は分かってしまうだろう。

 リハーンとアーヤトがなぜ離婚したのかは明かされていなかったが、リハーンとイーラムが離婚手続きに入った原因は当然のことながらアーヤトであった。イーラムはリハーンの元妻の存在を知っており、アーヤトとの関係が完全に切れていないことにも薄々気付いていた。リハーンが2日間姿をくらましたとき、イーラムはアーヤトが関係していると直感し、ひょっこり家に帰ってきた彼に離婚を切り出したのである。

 確かにその2日間にリハーンはアーヤトに会いに行っていた。だが、それは浮気に分類されるようなものではなかった。アーヤトは筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病を患っており、徐々に身体が動かなくなる運命にあった。イーラムと結婚する前にリハーンはアーヤトに呼び出され、その病気のことを知らされていた。イーラムとの結婚後はアーヤトからの電話に出なくなっていたが、あるとき彼女から「私は声を失った」というメッセージがあり、彼はアーヤトに会いに行く。そこで変わり果てた彼女の姿を見て正気を失ったのだった。彼は置き手紙をして家出し、当てもなく彷徨って、湖畔で一夜を明かした。だが、翌朝正気を取り戻し、イーラムの元に帰ってきたのだった。

 リハーンは、離婚直前になってあの2日間のことをようやくイーラムに説明する機会を得る。それより前にゆっくりと話し合う時間を持てなかったのだろうか。そしてそれを知ったイーラムはあっさり自分が拙速に彼の浮気を疑ってしまったことを謝る。このまま二人の離婚は回避されるかと思いきや、リハーンは発作を起こし、死んでしまう。題名の「The Last Coffee」とは、離婚前の最後のコーヒーであることを匂わせておきながら、主人公リハーンが最後に飲んだコーヒーということでオチが付いている。

 低予算で作られた映画であるし、筋書きにも目新しい点はない。キャストの中では、イーラムを演じたアンキター・ローカンデーを推したい。「Manikarnika: The Queen of Jhansi」(2019年/邦題:マニカルニカ ジャーンシーの女王)や「Baaghi 3」(2020年/邦題:シャウト・アウト)に出演している。ただ、まだスターと呼ぶには早い。作品に恵まれれば今後伸びる可能性がある女優である。

 監督と主演を務めたショエーブ・シャーも気になるところだが、それよりもこの映画のプロデューサーの一人、ラーハト・カーズミーに注目している。彼は「Mantostaan」(2017年)や「Am I Next」(2023年)などの監督だ。ジャンムーを舞台にした映画を撮ったり、ウルドゥー語の文学作品を映画化したりと、ムンバイーのヒンディー語映画界とは趣の異なった、興味深い活動をしている。

 「The Last Coffee」は、雪で覆われたパトニートープを舞台に、離婚を前にした夫婦の最後の一晩を描いた作品である。低予算で作られ、素人臭さも残る映画ではあるが、ムンバイー以外から地方色の強いヒンディー語映画が発信され始めていることを高く評価したい。