Chup

4.0
Chup
「Chup」

 Rバールキー監督は、「Cheeni Kum」(2007年)や「Padman」(2018年/邦題:パッドマン 5億人の女性を救った男)など、インテリ層向けの洗練された映画を得意とする映画監督である。2022年9月23日に公開されたバールキー監督の新作「Chup(黙れ)」も、映画評論家の連続殺人事件を巡る物語であり、着眼点がユニークであるが、基本的にはスリラー映画ということで、今までのバールキー映画とは味付けがだいぶ異なる点が興味深かった。

 主演はサニー・デーオールとドゥルカル・サルマーン。Rバールキー監督の映画に、筋肉派男優のサニーが主演というのはこれまた異色だ。Rバールキーはアミターブ・バッチャンの大ファンであり、彼の映画には必ずと言っていいほどアミターブが出演するが、この「Chup」でもやはり彼が本人役で特別出演していた。ヒロインは「Looop Lapeta」(2022年/邦題:エンドレス・ループ)に出演していたシュレーヤー・ダンワンタリー。他に、サランニャー・ポンヴァンナン、プージャー・バット、アディヤヤン・スマンなどが出演している。

 また、この映画を理解する上で重要な前知識になるのが、1950年代から60年代にかけて活躍した映画監督グル・ダットと、彼の最後の監督作とされる「Kaagaz Ke Phool」(1959年)である。グル・ダットの最高傑作の一本とされ、インド映画史に残る名作として現在は評価が定まっているものの、公開時には批評家から酷評され、興行的にも失敗に終わった曰く付きの映画である。グル・ダットはこの映画の失敗に酷く失望し、その後は映画を撮るのを止めてしまった。傑作を正しく評価しない映画評論家に対する怒りが、この「Chup」のストーリーの原動力になっている。

 舞台はムンバイー。映画評論家ニティン・シュリーワースタヴが惨殺される事件が起き、ムンバイー警察刑事部長アルヴィンド・マートゥル警視監(サニー・デーオール)が捜査を担当する。だが、続けてイルシャード・アリー、ゴーヴィンド・パーンデーイと映画評論家が惨殺されて行く。マートゥル警視監は、映画評論家たちが書いたレビューが殺人に関連していると気付く。

 一方、芸能レポーターのニーラー・メーナン(シュレーヤー・ダンワンタリー)は、花屋「ダニーズ・フラワー」の店主ダニー(ドゥルカル・サルマーン)と出会い、恋に落ちる。ニーラーは映画マニアであったが、ダニーは映画に興味のない振りをしていた。しかしながら、ニーラーはちょっとしたことから、実はダニーが映画に詳しいのではないかと思うようになっていた。

 マートゥル警視監は連続殺人犯を捕まえるため、ニーラーを囮にし、映画評を書かせる。犯人は、不適切なレビューを書いた映画評論家を惨殺していたため、ニーラーには、面白い映画に星ひとつを付けさせた。

 実は、映画評論家たちを殺していたのはダニーであった。ダニーは、ニーラーの映画評を見て、彼女を殺すことを決意する。マートゥル警視監が張り込むニーラーの家に堂々と入り、隙を見て彼女を縛って窓から隣の映画スタジオに投げ捨てる。そして、彼女を殺そうとする。

 マートゥル警視監は、ニーラーがいなくなっているのに気付き、スタジオへ駆けつける。そこでダニーを撃ってニーラーを救出する。ダニーは逮捕され、牢屋に入れられる。ダニーの家からは、彼がかつて撮った映画のフィルムが見つかる。「Chup」と題されたその映画は彼の半生そのものだった。「Chup」はOTTプラットフォームで公開されて絶賛を浴びる。

 グル・ダット監督の「Kaagaz Ke Phool」は、当時の映画評論家から正当に評価されず、興行的に失敗し、ダット監督の創作意欲を奪ってしまった。「Chup」の悪役であり、連続殺人犯の正体であるダニー(本名はセバスチャン・ゴメス)は、グル・ダットを信奉しており、彼の命を奪ったのはいい加減な批評をする映画評論家だと考えていた。そして、いつしかその憎悪は殺意に変わっていった。

 また、ダニー自身も映画を撮ったことがあった。それは彼自身の半生を描いた自伝的映画だった。ダニーは家庭内暴力を振るう父親と、その被害を耐え忍ぶ母親によって育てられたが、その痛みや苦しみを彼は映画の中に刻み込んだ。しかしながら、やはり彼の作品は評論家から酷評されてフロップに終わる。彼は、自分の作品が否定されただけでなく、彼の人生そのものが否定された気持ちになり、精神的に病んでしまった。これも、彼が映画評論家を狙う強い動機になった。

 ダニーがターゲットにしたのは、良作に低評価を付け、駄作に高評価を付ける、審美眼のない映画評論家であった。しかも、レビューの中で使われた言葉やフレーズに従って殺害方法を決めていた。毎週映画が公開されるたびにレビューも出され、それを読んだダニーはその中からもっとも目立つ駄目なレビューを書いた映画評論家の命を狙う。よって、殺人は1週間ごとに起こった。

 単なる連続殺人事件を扱った犯罪サスペンス映画だったら、ヒンディー語映画でも山ほど作られているため、目新しさはなかった。Rバールキー監督の手腕は、連続殺人事件を映画評論家に特化したものにしたことに如実に表れている。映画監督にとって映画評論家はどうしても愛憎入り交じった感情と共に見ざるをえない職業だ。それを敢えて取り上げたところに類い稀なセンスを感じる。

 ダニーは映画評論家を殺害する前に、なぜ殺さなければならなくなったのか詳しく説明をしており、参考になる。例えば、映画がヒットするか否かに触れたレビュー、前半と後半に分けてするレビュー、剽窃を見抜くことができていないレビュー、はたまたアミターブ・バッチャンを批判したレビューなどに激怒していた。これはそのまま、Rバールキー監督から二流の映画評論家たちへの強烈な牽制と捉えることもできるだろう。

 また、さらに視野を広げてみると、お互いがお互いに星評価を付けるのが常習化した現代社会の姿が浮かび上がる。消費者が他人の付けた星評価を参考にして商品やサービスを選ぶようになって久しいし、それのみならず、SNSなどへの個人的な投稿すら他人からいちいち評価を受ける時代になった。「いいね」だけならまだしも、時にはそれが炎上し、下手すると社会的に抹殺されることになる。「Chup」は、この「相互評価社会」とでも呼ぶべき現代社会への警鐘でもあった。他人の不適切なレビューが許せず、殺人という極端な手段に出ることになったダニーは、ネット社会において炎上を引き起こす群衆を集約させたような存在であった。最後にニーラーは、彼女を殺そうとするダニーに対し、「意見はそれぞれあっていい」と、非常にシンプルだがもっともな主張をする。「Chup」という題名は、少しは黙ってお互いの意見に耳を傾けようという、Rバールキー監督の穏やかな人柄から湧き出るメッセージだといえる。

 映画評論家に対する強烈なパンチはあったものの、「Chup」は決して映画評論を否定するものではなかった。特別出演したアミターブ・バッチャンは「映画評論家がいなければ映画は成立しない」と述べ、映画評論家も映画産業の大切な構成員であることを主張していた。これはそのままバールキー監督から映画評論家に対する愛のメッセージであろう。

 演技面で目立ったのはサニー・デーオールの変身だ。アクションヒーローのイメージが強いサニーは、確かに「Mohalla Assi」(2018年)など、シリアスな演技もこれまで見せてきた。だが、「Chup」での彼は俳優として異次元のレベルに成長したことを静かにアピールしており、いつの間にか「ベテラン俳優」と呼んで遜色ない存在になった。

 悪役を演じたドゥルカル・サルマーンは、マラヤーラム語映画界のスーパースター、マンムーティの息子であり、メインフィールドはやはりマラヤーラム語映画であるが、過去にはヒンディー語映画にも出演してきた。今回は繊細な演技力を要するサイコパスキラーを演じており、高い演技力を披露していた。

 ヒロインのシュレーヤー・ダンワンタリーも好演していた。今後伸びていく女優であろう。ニーラーの盲目の母親サランニャー・ポンヴァンナンも、初めて見たが、いい女優であった。

 「Chup」は、ヒンディー語映画界で技巧派に数えられるRバールキー監督が作った異色の犯罪サスペンス映画である。映画で描かれるのは単なる連続殺人事件ではなく、映画評論家ばかりが狙われるという、何か含意があるのではないかと疑ってしまうような興味深いストーリーになっている。普段のバールキー映画ではあまりないような血なまぐさいシーンもあるが、映画はさすがに面白い。グル・ダット監督が大々的にフィーチャーされており、旧作ファンの琴線にも触れる作品だ。バールキー監督の他の作品群と同様に必見である。