チャランスパルシュ

 日本人が一般的に思い浮かべるインドの挨拶というと、胸の前で両手の掌を合わせて行う「ナマステー」「ナマスカール」であろう。そのイメージ通り、インドでも普通に使われる挨拶であるが、少々丁寧すぎるため、友人同士など、親しい間柄で行われることはない。また、ヒンドゥー教的な挨拶なので、イスラーム教徒同士では行わない。

Namastey London」(2007年)

 インド映画を観ていると、もうひとつ、インド人が行う挨拶の作法があることに気付くだろう。それが「チャランスパルシュ」と呼ばれているものである。俗っぽく直訳すると「足タッチ」になるが、その名の通り、屈んで相手の足に右手で触れる動作の挨拶になる。デーヴァナーガリー文字では「चरणस्पर्श」と書き、サンスクリット語読みすると「チャラナスパルシャ」になる。分解すると、「チャラン」が「足」、「スパルシュ」が「接触」という意味である。

Mohabbatein」(2000年)のラストシーン
シャールク・カーンがアミターブ・バッチャンに
チャランスパルシュをする

 このチャランスパルシュは、実質的にはインドで最敬礼にあたる挨拶である。理論上はこの上に、相手の前で五体投地をする「アシュターンガ」と呼ばれる挨拶などもあるが、日常生活で行われることはほとんどない。ヒンディー語映画でアシュターンガが登場するのもごく稀で、あるとしたらコメディーシーンくらいだ。よって、日常的に行われる最敬礼はこのチャランスパルシュになる。

 チャランスパルシュをするのは、子が親に対してであったり、弟子が師匠に対してであったりする。後は神様に対してもチャランスパルシュを行うし、寺院やステージなど、神聖な場所に入るときも同様の動作をする。やはりチャランスパルシュもヒンドゥー教的な挨拶なので、イスラーム教徒同士では行わない。

 チャランスパルシュが何を象徴しているかといえば、相手のもっとも下の部位である足に付いている砂埃を自分の頭や胸に付けることで、相手の全てを尊敬し受け入れるという恭順の意である。よって、よく見ると挨拶する側は挨拶される側の足に単に手で触れているだけではなく、その後、その手を自分の頭や胸に付けている。

 挨拶される側は、チャランスパルシュをそのまま受け入れることもあるし、屈んだ相手を起き上がらせて止めることもある。それは場面によって異なる。受け入れる場合は、相手の頭に右手で触れ、「जुग जुग जियोジュグ ジュグ ジヨー」や「जीते रहोジーテー ラホー」など、「長生きするように」という意味の祝福の言葉を投げ掛けることが多い。日本では年下の者が年上の者に「長生きしてください」と言うことが多いが、インドでは年上の者が年下の者に長寿の祝福を与える習慣になっていて、対照的である。

 チャランスパルシュは、 俗語的・方言的に「पाय लागूパーイ ラーグー」「पैर लागिनパェル ラーギン」などと呼ばれることもある。同じく「足タッチ」という意味になる。この言葉はそのまま口頭での挨拶のひとつにもなっており、農村部ではよく使われる。つまり、「パーイ・ラーグー」「パェル・ラーギン」という言葉で挨拶が交わされるのである。

 例えば、「Lagaan」(2001年/邦題:ラガーン~クリケット風雲録)において、主人公のブヴァン(アーミル・カーン)が、ゴーリー(ダヤーシャンカル・パーンデーイ)をクリケットの仲間に誘うため、夕食時に彼の家を訪れたとき、彼の妻に「पैर लागिनパェル ラーギン」と挨拶している。

「Lagaan」の1シーン
口頭での「パェル・ラーギン」挨拶