Darlings

3.5
Darlings

 コロナ禍によって映画館が閉鎖されている期間は直接OTTプラットフォームで公開される映画(いわゆる配信スルー)が増えたが、最近はインドでも新型コロナウイルスに右往左往することが少なくなっているようで、映画館の制限も行われず、劇場公開される作品がほとんどになった。そんな中で、2022年8月5日からNetflixで配信開始された「Darlings」は、アーリヤー・バットというA級スターが主演の話題作である。これだけの話題作がOTTリリースされたのは久々だ。

 プロデューサーは、シャールク・カーンの妻ガウリー・カーンと、アーリヤー・バット自身。監督はジャスミート・K・リーン。彼女は過去にオムニバス映画「Dus Kahaniyaan」(2007年)で1エピソードを撮ったりしているが、長編映画の監督は初となる。キャストは、アーリヤー・バットの他には、シェーファーリー・シャー、ヴィジャイ・ヴァルマー、ローシャン・マシュー、ラージェーシュ・シャルマーなどである。

 「Darlings」には日本語字幕も付いており、邦題は「ダーリンズ」になっている。

 舞台はムンバイー。貧しいイスラーム教徒女性バドルー(アーリヤー・バット)はインド鉄道に就職したハムザー・シェーク(ヴィジャイ・ヴァルマー)と恋愛結婚する。

 3年後、ハムザーはアル中暴力夫になっており、バドルーは夫の暴力をひたすら耐え忍ぶ妻となっていた。バドルーの母親シャムシュ(シェーファーリー・シャー)は近くに住んでおり、ハムザーとの離婚を勧めていたが、バドルーはいつか夫が変わってくれると信じ続けていた。シャムシュの家によく出入りするズルフィー(ローシャン・マシュー)がハムザーの家庭内暴力に耐えかねて警察に通報するが、バドルーは結局ハムザーの泣きに負けてしまい、被害届を提出しなかった。

 ある日、ハムザーは酒の飲み過ぎで肝硬変になり、医者から禁酒を厳命される。同じ日、バドルーの妊娠が分かる。ハムザーは、彼女が妊娠したら禁酒すると約束していたこともあって禁酒宣言をする。だが、通報したのがズルフィーであることが分かり、しかもバドルーがそれを知っていたことも知ってしまう。ハムザーはバドルーを階段から突き落とし、バドルーは流産してしまう。

 お腹の子供を失ったバドルーは復讐の鬼と化し、ハムザーを睡眠薬で眠らせて拘束する。職場や警察にばれそうになるが何とか切り抜け、彼が離婚宣言をする動画を録画し、彼を線路に放置して殺そうとする。だが、バドルーは列車が来る前に彼を助けた。しかしながら、ハムザーは自分の不注意から列車にはねられて死んでしまう。

 夫の呪縛から解放されたバドルーは悠々自適の生活を送る。

 前半と後半でガラリと変わる映画である。そして前半の方に監督のメッセージが集中しており、後半はありきたりなスリラー映画で終わっていた。前半の主題はズバリ家庭内暴力(DV)であった。

 DVを扱ったヒンディー語映画はいくつかある。例えば、日本でも公開された「Secret Superstar」(2017年/邦題:シークレット・スーパースター)では、主人公の父親が母親に酷い暴力を振るっていた。「Secret Superstar」の父親は、いかにもステレオタイプのDV夫であったが、この「Darlings」は、異なったタイプのDV夫像を提示している。それは、「いい人」型DV夫である。

 ヴィジャイ・ヴァルマーが演じるハムザーは、四六時中妻を殴ってばかりの夫ではなかった。彼の行動にはパターンがある。夜に酒を飲んで酔っ払うと、何かと言いがかりを付けて妻のバドルーに暴行を加えていた。だが、朝になるとバドルーに優しく接し、愛情溢れる夫に豹変するのである。もしかしたらこういうDV夫の方が実態に近いのかもしれない。

 厄介なのは、バドルーがすっかり夫の暴力に慣れてしまっていることだ。そして、夫に言われるがままに暴力は愛情の一部だと信じ込み、いつか夫が完全に自分を愛してくれる日が来ると期待している。警察に家庭内暴力の被害届を提出すれば、夫は3年間服役することになる。夫の暴力から解放されるチャンスが来たのだが、届け出をする直前に、夫への同情や、心を入れ替えるという夫の約束、そして夫がいない人生の寂しさなどが胸に去来し、結局取り下げてしまう。警官も、家庭内暴力のケースではいつもこうなってDV夫が野放しになると頭を抱える。映画の挿入歌「La Ilaaj」では「治療不可能な心」が歌われていたが、これはDV夫の暴力を愛情だと信じて受け入れてしまっている妻たちへの皮肉な哀悼歌だと受け止めることができる。

 バドルーの心情に劇的な変化が起こるきっかけになったのは流産である。バドルーは妊娠を心待ちにしており、結婚から3年経ってようやくその日が来た。だが、夫の暴力によって流産してしまい、復讐の鬼となるのである。そういえば、序盤に背景として登場した映画館で掛かっていたのは「Badla」(2019年)、つまり「復讐」であった。天才的な演技力を持つアーリヤー・バットが、バドルーが豹変する様子を目の力だけで鋭く表現していた。

 バドルーが復讐の鬼と化してからは、多少ドタバタ劇的な展開になる。バドルーはハムザーを睡眠薬で眠らせ、拘束して自宅に幽閉するのだが、それからどうするか、計画がない。しかも、何の根回しも下準備もしないまま拘束してしまったために、当然職場からは問い合わせが来るし、元々この夫婦を注視していた警察にも不審に思われてしまう。バドルーにはなかなか夫を殺す決意ができないし、かといって解放すれば夫に殺される恐れがあった。後味を考えてみても、単に夫を殺すだけ、もしくは夫に殺されるだけでは観客はすっきりしない。かなり難しい展開にしてしまっていた。

 ただ、結末は折衷案で巧く逃げ切っていた。意識不明のハムザーを線路に寝かせ、列車に轢かせて事故死と見せ掛けようとしたが、バドルーはそれでは一生罪悪感に苛まれることになると感じ、彼を解放する。だが、ハムザーが線路の上でバドルーたちに悪態を付いている内に別の列車が来てしまい、ハムザーはあっけなく死んでしまうのである。結果的にはバドルーがハムザーを殺したことにはなっていなかった。

 その中でひとつ恐ろしい事実が浮かび上がる。ハムザーを殺すようにしきりにけしかけていたのは母親のシャムシュだったが、彼女は過去に夫、つまりバドルーの父親を殺していたことが明らかになる。バドルーには、父親は逃げたと嘘を付いていた。しかし、シャムシュはずっとその罪悪感に苛まれていたのである。結局ハムザーは死んでしまったものの、一度は彼を解放したため、シャムシュはバドルーに対し、正しい決断をしたと語る。

 また、ハムザーがなぜDV夫になってしまったのかという理由もいくつか示唆されていた。ひとつは酒という外的要因であったが、妊娠中のバドルーを階段から突き落としたときには酔っ払っておらず、結局彼の内面に暴力の種が潜んでいることが分かる。だが、なぜその暴力性を押さえ込めないのか。なぜ表に出してしまうのか。劇中で語られる「蛙とサソリ」の小話では、サソリが獲物を刺すのは「本能」であると語られ、DV夫の暴力も本能で、直らないと言いたげであった。ただ、職場での理不尽な扱いがあったことが原因だとも解釈できる。ハムザーはシニア・チケットコンダクターという役職だったが、職場では上司から便所掃除をさせられていた。なぜ彼だけがそんな酷い扱いを受けるのかは不明である。職場でのストレスが夫をDV夫に変えたとする解釈は成り立たないことはない。

 ちなみに、登場人物の大半はイスラーム教徒である。バドルー、シャムシュ、ハムザー、ズルフィーなど、全てイスラーム教徒特有の名前であるし、彼らの話す言語もイスラーム教徒的である。ハムザーはイスラーム教徒だから職場でいじめを受けていたのか。トイレ掃除をさせられるということは、不可触民出身のイスラーム教徒ということなのか。そこまで深掘りしたくはなるが、一見したところ、断言できるような材料は見当たらなかった。

 ひとつ言えるのは、暴力の相似関係である。ハムザーは職場で上司からの理不尽な搾取という暴力を甘んじて受け入れていた。そのハムザーは、そのストレスを発散するため、家庭に帰ると、妻という自分より弱い存在に対し理不尽な暴力を振るっていた。映画全体からは、家庭内暴力に限らず、社会において上からの理不尽な抑圧を甘んじて受け入れず、堂々とやり返していくべきだという強いメッセージを感じた。

 バドルーは迷信深い女性としても描かれていた。鳥のフンが落ちてきたら運がいいと感じ、目の前を黒猫が横切ったら不吉だと感じていた。ただ、復讐モードに入ってからは、そんな迷信も信じなくなっていた。

 アーリヤー・バットの演技は先述の通り素晴らしかったし、大ヒットしたウェブドラマ「Delhi Crime」(2019年)などで改めて高く評価されたシェーファーリー・シャーの演技も貫禄があった。ハムザーを演じたヴィジャイ・ヴァルマーは「Gully Boy」(2019年/邦題:ガリー・ボーイ)などからさらに成長した演技を見せている。演技面でも高く評価できる映画である。

 「Darlings」は、その甘い題名とは裏腹に、家庭内暴力問題をかなり鋭くえぐった作品である。酷い家庭内暴力を並べることでDV夫を糾弾する暗い映画というよりは、夫からの暴力を受け入れてしまっている女性の問題点を突く性格の映画で、表向きはスウィートな雰囲気もあったが、よく考えてみると非常に怖いと感じる。後半は娯楽映画として成立させるためか、コメディータッチのサスペンス映画のようなノリになる。終わり方もかなりギリギリの線を行っている。よく出来た映画だ。