Jungle Cry

3.5
Jungle Cry
「Jungle Cry」

 インドでもあまり知られていない事実だが、2007年にロンドンで開催されたU-14ラグビー・ワールドカップで、オリッサ(オリシャー)州の部族で編成されたラグビーチームが優勝した。2022年6月3日公開の「Jungle Cry」は、この知られざる偉業を映画化した作品である。

 監督は「Bheja Fry」(2007年)で有名なサーガル・バッラーリー。キャストは、アバイ・デーオール、エミリー・シャー、アトゥル・クマール、スチュワート・ライトなどである。

 オリッサ州の州都ブバネーシュワルにあるカリンガ社会科学学院(KISS)は、アチユタ・サーマンタ学長(アトゥル・クマール)の情熱により、恵まれない子供のために作られた学校だった。KISSに務めるルドラ(アバイ・デーオール)は、村々を巡って有能な選手を集め、サッカーを教えていた。そこへ英国人ポール・ウォルシュ(スチュワート・ライト)がラグビーを教えにやって来る。彼は、4ヶ月後にロンドンで開催されるU-14ラグビー・ワールドカップに出場するインド人のラグビーチームを作りにKISSに来ていた。ポールは、村を駆け回る部族の少年たちを見て、彼らにラグビーの才能があると直感する。

 サーマンタ学長は、ルドラが集めた少年たちにラグビーを教え、ワールドカップ出場の機会を与えようとする。サッカーのために集めた子供たちをラグビーに取られてしまったことを面白く思わないルドラは退職しようとするが、皆から引き留められ、そのまま留まることを決意し、心機一転してラグビーを一から勉強し始める。

 「ジャングルキャッツ」と名付けられた部族の少年たちは、ポールの情熱的な指導により、ラグビーの才能を開花させる。初対戦相手のスリランカに勝利し、彼らはワールドカップ出場を決める。資金不足に陥ったが、サーマンタ学長が学校の土地を抵当にして資金を捻出し、彼らをロンドンへ送る。ただ、ポールはデング熱により倒れてしまい、ルドラが監督として渡英することになった。

 ロンドンで彼らは、インド代表の担当フィジオ(理学療法士)になったローシュニー(エミリー・シャー)に迎えられる。少年たちはロンドンの景色にみとれるが、寒さや食事には慣れなかった。また、初戦の対戦相手になった強豪国南アフリカ共和国には手も足も出ず、彼らは落ち込み、仲間割れもしてしまう。ローシュニーは彼らを友人の家に移動させ、インド料理を食べさせて、元気を出させる。また、あまりに締め付けの厳しいルドラの指導法にも苦言を呈する。

 ジャングルキャッツは、2戦目のナミビア、3戦目のルーマニアに勝利し、4戦目のドイツにも勝って、決勝戦に進出する。決勝戦の相手は再び南アフリカ共和国だった。だが、主力でキャプテンだったラージキショールが準決勝戦で骨折して出場不可になっていた。初戦での自分勝手な行動への罰として干されていたバリアルは、決勝戦出場をルドラに直談判し、彼もバリアルを起用する。決勝戦でジャングルキャッツは南アフリカ共和国に辛勝し、初出場でサプライズの優勝を果たす。

 サッカーコーチのルドラが集めた少年たちにポールがラグビーを教え始めたのが2007年であり、この年にU-14のラグビー・ワールドカップも開催されている。映画の基本的な時間軸になるのはこの2007年であるが、合間に「現在」という時間軸が差し挟まれ、2007年のインド代表優勝に関わった大人たちがインタビューに答える形式で、2007年が回想される。

 インド映画では既にスポーツ映画というジャンルが確立しているが、ラグビーを主題にした映画というのは珍しい。インドで作られるスポーツ映画の中には、予算の関係からか、試合のシーンが安っぽいものがあるのだが、この「Jungle Cry」では試合のシーンにこそ力が入っていた。試合会場は本物であるし、味方のプレーヤーも敵のプレーヤーもラグビーの素人には見えなかった。試合運びは多少単調ではあったが、ポイントを抑えた編集だった。さらに、ラグビーのルールを知らない人向けに懇切丁寧なルールの解説もあり、この映画を一部始終観れば、ラグビーの基本的な知識が身に付く特典付きだ。スポーツ映画として非常に完成度が高い。

 また、十数人いるプレーヤーたちの多くに一定の個性を与えることもできていた。登場人物が多いと、どうしても一人一人の人物紹介に割ける時間は短くなり、うまくさばけないと誰が誰だか分からないまま物語が終わってしまうのだが、「Jungle Cry」ではちょうどいい案配に主要キャラを目立たせることができており、この点でも監督の手腕を感じた。さらに、ジャングルキャッツのメンバーを取り巻く大人たちにもそれぞれドラマがあった。映画は2007年のU-14ラグビー・ワールドカップを主題にしているが、登場人物がそれぞれ背負っているものが匂わされ、映画の世界に広がりを持たせることができていた。

 昨日までサッカーをしていた貧しい部族の少年たちが、4ヶ月間ラグビーの訓練を受けただけで、ワールドカップで優勝してしまうというのは非現実的で荒唐無稽な夢物語に思える。だが、実話をもとにした映画ということで、かなりの部分は事実である。登場人物の名前もほぼ実名だ。

 映画の中では脇役であるが、KISSの創立者であり、学長でもある、アチユタ・サーマンタもすごい人だ。貧困にあえぐ部族の子供たちを教育するため、私財を投げ打って学校を建て、まずは30人の子供に教えるところから始めた。今やKISSは3万人の子供を抱える大きな学校に成長している。インドにはまだまだ知られざる偉人がいることを思い知らされる。

 教育をテーマにしたインド映画には良作が多いと感じる。そして、その他の諸問題に比べて教育に関する事柄は外国人でも理解しやすい。それ故に日本での劇場一般公開作品に教育関連のインド映画が選ばれる確率が高いのだろう。「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)、「Stanley Ka Dabba」(2011年/邦題:スタンリーのお弁当箱)、「English Vinglish」(2012年/邦題:マダム・イン・ニューヨーク)、「Hindi Medium」(2017年/邦題:ヒンディー・ミディアム)、「Chhichhore」(2019年/邦題:きっと、またあえる)、「Super 30」(2019年/邦題:スーパー30 アーナンド先生の教室)など、数々の名作が多くの日本人観客に紹介されてきた。

 この「Jungle Cry」も、ラグビーが主題ではあるが、もっと広く捉えるならば、教育の映画だ。教師やコーチはどのように子供たちと接すればいいのか、そのヒントを教えてくれる。意外なことに主人公ルドラは非の打ち所のないコーチではなかった。怒りっぽく、規律を重視し、子供たちを厳しく締め付けることで成果を絞りだそうとするタイプの指導者であった。

 ポールとローシュニーはルドラの対極だ。ポールは根っからのラグビー好きであり、何の下心もなく子供たちに熱心にラグビーを教えた。彼の全身からラグビー好きオーラが放たれており、彼が子供たちに投げ掛ける言葉も愛情に満ちあふれたものだった。本当に好きなことを誰かに教えているとき、人は最高の教師になり得る。そんなことをポールから感じさせられた。また、ローシュニーはルドラの指導法の欠点を早々に見抜き、子供たちに一定の自由なスペースを与えることを提案する。ロンドンにおいてルドラの二十四時間監視下にある間は、ジャングルキャッツたちにもそのピリピリが伝染し、なかなかうまくまとまれなかった。だが、ルドラが彼らと距離を取ったところ、自然とチームワークが生まれた。

 「Jungle Cry」は、2007年のU-14ラグビー・ワールドカップで、初出場ながら下馬評を覆して優勝したオリッサ州出身の部族少年たちと、彼らを支えた大人たちを描いた、実話にもとづくスポーツ映画および教育映画である。監督の編集・構成力が巧みで、試合シーンにも迫力があり、全体のバランスも素晴らしく良かった。ラグビーのルールも丁寧に説明してくれているので、ラグビーに馴染みのない人でも楽しめる。観て損はない佳作である。