
2022年2月3日からYouTubeで配信開始された「Manoranjan(娯楽)」は、女優グル・パナーグがストーリーを発案し、プロデュースし、そして主演も務める、24分ほどの短編映画である。ホラー映画風味である点が特筆される。
監督は「Ankur Arora Murder Case」(2013年)などのスハイル・タターリー。グル・パナーグの他には、サティヤジト・シャルマー、ミヒル・アフージャー、アクシター・アローラーなどが出演している。
ラリター・シュクラー(グル・パナーグ)は、インド鉄道に勤めるサティヤナーラーヤン(サティヤジト・シャルマー)の妻で、主婦だった。二人はダルハウジー旅行を計画していたが、出発直前になって、サティヤナーラーヤンの親友ラグの息子チラーグ・チャウダリー(ミヒル・アフージャー)が来ることになり、旅行は中止となる。ラリターはそれに怒っていた。
翌日、チラーグがやって来る。ラリターはチラーグに部屋を案内する。それは義母(アクシター・アローラー)の部屋だと説明する。義母は数年前に寺院へお参りに行って帰ってこなかった。ラリターの話では、サティヤナーラーヤンは母親の死から立ち直っておらず、まだ母親が生きているということにしているとのことだった。ラリターはチラーグにもそれに合わせるように頼む。また、ラリターは2人の子供についても話す。彼らは既に独立していた。
サティヤナーラーヤンが帰ってくる。彼はチラーグを歓迎する。確かにサティヤナーラーヤンはまだ母親が家にいるかのような物言いをしていた。チラーグが部屋を確かめると、そこには老婆がいた。驚いたチラーグは家を飛び出して逃げて行ってしまう。その老婆はサティヤナーラーヤンの母親であり、まだ存命であった。ラリターはチラーグを追い出し、ダルハウジーへ行くために、彼を怖がらせたのだった。
映画は、ダルハウジー旅行がキャンセルになって腹を立てているラリターと夫サティヤナーラーヤンの会話から始まる。当初は単なる旅行だと思われたが、後にそれはラリターにとって非常に大事な旅行だったことが分かる。二人の間には2人の子供がいたが、どうやら子供たちは何らかの事故でダルハウジーにて命を落としたようだった。おそらく命日に合わせてダルハウジーに行こうとしていたのである。
ダルハウジー旅行が中止となったのは、サティヤナーラーヤンの親友の息子チラーグが彼らの家を訪れるからだった。チラーグが大学に通うために彼らの家に住み込むことになったようだった。サティヤナーラーヤンが大学生の頃はチラーグの父親ラグに非常にお世話になったとされていた。サティヤナーラーヤンはその恩返しにチラーグを家に滞在させることを決めたのだった。だが、そのせいでダルハウジー旅行が中止になり、ラリターは怒っていたのだった。
だが、ラリターはむやみやたらに感情を発散するタイプの女性ではなかった。彼女は穏便にチラーグを追い出し、ダルハウジー旅行を決行するための策を練る。彼女が実行したのは、チラーグに恐怖を植え付ける作戦だった。ラリターは、義母が既に死んでいること、サティヤナーラーヤンが彼女の死後に精神を病み、まだ母親が存命だと信じていることなどをチラーグに吹き込む。そういうこともあって、チラーグはサティヤナーラーヤンの母親を見た途端、幽霊だと勘違いして思わず逃げ出してしまったのである。
表層的には主婦の悪戯といったたわいもないストーリーだが、その裏には、インド社会において、女性の置かれた立場の弱さを表現していると考えられる。ダルハウジー旅行はラリターにとって重要な儀式であった。だが、サティヤナーラーヤンの事情によってそれは中止にさせられてしまう。主婦に決定権がないのである。だが、だからといって何でも甘受するほどラリターもお人好しではなかった。彼女にも目的を達成するための手段があったのである。ただ、追い出されたチラーグには何の罪もないので少々かわいそうだった。
グル・パナーグはミスコン出身の美貌を持つと同時に学歴も高く、才色兼備の女優である。活動家としてもアクティブで、庶民党(AAP)の候補者として下院総選挙に立候補したこともある。だが、扱いにくい女優と考えられているのか、インド映画界ではあまり正当に評価されて来なかった。彼女の代表作といえば、いまだに「Dor」(2006年)が挙がるであろうか。今回、彼女はメガホンこそ握らなかったものの、この「Manoranjan」のストーリーを自ら発案し、自らプロデュースし、そして自ら主演も務めた。確かに彼女は映画を作る側に回った方が活躍できそうだ。
映画の中で言及されていたダルハウジーとは、ヒマーチャル・プラデーシュ州にある避暑地のひとつである。ラリターが特に行きたかったのは、ダルハウジーの近くにあるカッジヤールであった。ここは「インドのスイス」と呼ばれる風光明媚な土地である。
「Manoranjan」は、インド映画界で過小評価されている女優グル・パナーグが自ら作り上げた短編映画である。少し気色悪い作品ではあるが、フェミニストの彼女らしい、インド社会において女性が置かれている弱い立場を映し出し、しかも女性からの小気味よい反撃も加えられている。佳作である。