2020年、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、インド政府は3月25日からロックダウンを宣言した。映画館も封鎖され、新作映画の公開が止まったこともあり、映画界も多大な影響を受けた。このロックダウンは5月31日まで続き、その後は漸進的にアンロックが行われていったが、その後も数回に渡ってコロナ波がインドを襲い、完全なアンロックには至っていない。
コロナ禍においても映画の撮影は感染対策をした上で続行していた。そして、コロナ禍で撮影された映画の公開も行われるようになり、遂にはコロナ禍のインドを背景にした映画も作られるようになった。2022年1月21日からZee5で配信開始されたヒンディー語映画「36 Farmhouse」も、コロナ禍で撮影され、コロナ禍を時代背景としている。
監督はラーム・ラメーシュ・シャルマー。ほぼ無名の監督である。だが、プロデューサー、脚本、音楽監督を、「Karz」(1980年)や「Taal」(1999年)などで有名なスバーシュ・ガイーが担っており、注目される。
キャストは、アモール・パーラーシャル、バルカー・スィン、サンジャイ・ミシュラー、ヴィジャイ・ラーズ、アシュウィニー・カルセーカル、マードゥリー・バーティヤー、フローラ・サイニー、ラーフル・スィン、プラディープ・バージペーイー、ガウラヴ・ガトネーカル、ニヴェーディター・バールガヴァ、イシター・デーシュムクなどである。
時は2020年5月。コロナ禍のインドはロックダウンとなり、都市部で出稼ぎをしていた労働者たちは徒歩で故郷に向かっていた。ダーバー(食堂)で料理人をしていたジャイプラカーシュ(サンジャイ・ミシュラー)は、家に向かっている途中でヒッチハイクしたことがきっかけで、ムンバイー郊外の豪邸「36ファームハウス」で料理人の仕事を得る。ジャイプラカーシュには妻のシャーンティシュリー(ニヴェーディター・バールガヴァ)、息子のハリー(アモール・パーラーシャル)、娘のラーリー(イシター・デーシュムク)がいたが、独身だと嘘を付いて仕事をすることになった。 一方、ムンバイーで仕立屋をしていたハリーも故郷に向かって歩いていたが、途中で知り合いのアントラー(バルカー・スィン)に出会ったことで、彼女の祖母の家に同行することになる。その祖母とは、「36ファームハウス」の女主人パドミニー・ラージ・スィン(マードゥリー・バーティヤー)であった。パドミニーは最近体調が悪く、余命あと少しだった。ジャイプラカーシュとハリーは鉢合わせしてしまうが、うまく話をすり合わせて「36ファームハウス」に居座る。また、途中でシャーンティシュリーも夫を心配してやって来てしまう。 パドミニーには3人の息子がいた。長男のラウナク・スィン(ヴィジャイ・ラーズ)が同居しており、次男ガジェーンドラ・スィン(ラーフル・スィン)と三男ビーレーンドラ・スィンは別のところに住んでいた。兄弟仲は悪く、パドミニーの資産を巡って対立していた。現在の遺書では、「36ファームハウス」はラウナクに相続されることになっていたが、ガジェーンドラと、ビーレーンドラの妻ミティカー(フローラ・サイニー)は、兄弟で平等に相続することを主張していた。ガジェーンドラとミティカーは弁護士プラティーク・カッカル(ガウラヴ・ガトネーカル)をパドミニーのところへ送るが、ラウナクは彼を殺して井戸に落としてしまった。警察はプラティークの捜索を始める。 パドミニーの誕生日に、ガジェーンドラ、ビーレーンドラ、ミティカーも「36ファームハウス」に集まる。そこでパドミニーは兄弟間で平等に遺産を分けることを宣言するが、そこへ警察が踏み込んできて、ラウナク、ガジェーンドラ、ミティカーを逮捕する。 実はプラティークは井戸に落とされても生きており、そこから這い上がって逃げ出していた。ガジェーンドラが彼を助けたが、途中で彼を殺してしまう。そしてその陰謀にはミティカーも関わっていた。警察は3人の関与を立証していた。一方、ジャイプラカーシュ、シャーンティシュリー、ハリーは逃げ出していた。 5ヵ月後・・・。故郷で農業をしていたハリーのところへアントラーから電話が掛かってくる。パドミニーは亡くなっており、遺産は労働者のために設立された基金に寄付されていた。アントラーはハリーに仕事を手伝うように言う。
まずは、コロナ禍の中で、郊外のファームハウスを舞台に、感染対策に十分配慮しながら撮影された映画であることがうかがわれた。撮影はほぼファームハウス内で行われており、密になるシーンは極力抑えられていた。登場人物が、常にではないが、必要に応じてマスクを付けていたのも印象的だった。インド映画でマスクを付けた登場人物が出て来るようになったのは時代を如実に反映している。
また、コロナ禍でマスクが必需品になったことを逆手に取って、殺人事件の手掛かりになるアイテムとしてマスクを使っていたのが巧妙だった。ストーリーテーリングの巧みさで知られるスバーシュ・ガイーのアイデアだと思われる。
場所が限定されているのを補うために人間ドラマの方に注力された構成となっており、しかもコメディー要素とシリアス要素がうまくブレンドされていた。また、確かな演技力を持つ俳優が思う存分演技に集中できるような脚本になっている一方で、若い俳優にもチャンスが与えられており、この点も人材発掘屋スバーシュ・ガイーの面目躍如であると感じた。
とはいっても、元々はもっと壮大な物語だったのではないかとも思わされた。たとえば、ラウナクとミティカーには秘密の過去があるような匂わせぶりだったのだが、それは簡単に触れられるだけで、結末の伏線になっていたわけでもなかった。予算が限られていたのか、編集段階でカットされたのかは分からないが、完全版ではなくダイジェスト版が完成品として配信されているような印象を受けた。
長らく道化役に活路を見出していたヴィジャイ・ラーズは近年、シリアスかつ強烈な役をもらえるようになっている。「36 Farmhouse」でもっとも注目すべき演技をしていたのはラウナクを演じた彼だった。また、パドミニーを演じたマードゥリー・バーティヤーの尊厳ある佇まいも良かったし、サンジャイ・ミシュラーの怪しげな演技もいつも通り味があった。
若手の中では、アモール・パーラーシャルとバルカー・スィンに大きなチャンスが与えられていた。どちらも駆け出しの俳優だが、いい俳優たちに囲まれて伸び伸びと自己表現できていた。今後につながる作品である。
ちなみに、インド映画には「36~」という題名の映画がいくつかある。アパルナー・セーン監督の「36 Chowringhee Lane」、アッバース・マスターン監督の「36 China Town」などである。どれも「36」という数字は「36番地」という住所を示している。ヒンディー語の数字では「36」は「३६」と書き、まるで数字同士が反目しているように見えることから、「不仲」を意味する。
「36 Farmhouse」は、スバーシュ・ガイーがプロデューサー、脚本、音楽監督などを務める映画で、サスペンス要素とコメディー要素がいい具合に調合されている。コロナ禍でロックダウンとなったインドを時代背景として、実際にコロナ禍の中で感染対策に気を遣いながら撮影された、コロナ映画の申し子のような一本だ。過小評価されがちな俳優たちや若い才能にチャンスが与えられているのも注目すべきである。