ガル・ジャマーイー

 ヒンディー語には「घर जमाईガル・ジャマーイー」という言葉がある。直訳すれば「家に居座ること」みたいな意味になる。これは、一般的にインド人男性がもっとも忌み嫌う言葉である。彼らは、世間から「ガル・ジャマーイー」と呼ばれることを最大の不名誉と考え、「ガル・ジャマーイー」になることを極力避けている。

 では、「ガル・ジャマーイー」の実際の意味は何かというと、日本語の「婿養子」と「ヒモ」を合わせたような言葉と説明すればもっとも分かりやすいだろう。結婚後、妻の家族と同居し、妻の家族の財産や稼ぎに頼って生活する男性のことを指す。経済的な自立でもって一人前の男性と見なされるインド人男性にとって、「ガル・ジャマーイー」は男性性の欠如、言わば「男失格」を意味する。

 男性性が関わることであるため、インド人男性は、妻の実家に住むことはおろか、一時的に滞在することすら避けようとする。

 しかし、よくよく考えてみれば変な話だ。インドの一般的な結婚制度では、持参金が花嫁側の家族から花婿側の家族に支払われる。その額は年々高騰しており、花嫁側家族の大きな経済的負担となっている。花嫁側の家族に経済的に依存する生活形態である「ガル・ジャマーイー」を忌避するならば、持参金ももらわなければいいのにと部外者としては思うのだが、どうもそれとこれとは話が別のようである。持参金をもらうことは、法律では禁止されているが、世間では許容されている。「ガル・ジャマーイー」は、もちろん違法ではないが、世間の風当たりは強い。

 インド社会で恥辱として考えられている「ガル・ジャマーイー」だが、映画界では格好のネタになっている。台詞をよく聞いていると、「ガル・ジャマーイー」という言葉は頻繁に出て来る。時に罵詈雑言の一種として、時に避けなければならない事象としてである。また、物語の中に「ガル・ジャマーイー」が組み込まれていることも少なくない。

 例えば、「Toh Baat Pakki!」(2010年)という映画では、タブー演じるラージェーシュワリーが、妹のニシャーを理想の結婚相手と結婚させるため、「ガル・ジャマーイー」を使っていた。ラージェーシュワリーはまず、シャルマン・ジョーシー演じるラーフルを結婚相手に見定め、彼を自宅に下宿させる。ニシャーとラーフルは順調に恋仲になる。だが、他にもっといい男性が現れたことで、ラージェーシュワリーはラーフルを家から追い出す。そのとき、「世間から『ガル・ジャマーイー』と言われるといけないから」という口実を使っていた。

 夫が主夫になり、妻がキャリアを追求する夫婦形態をテーマにした「Ki & Ka」(2016年)では、アルジュン・カプール演じるカビールが「ガル・ジャマーイー」状態になった。だが、この映画はそういうテーマの映画だったので、そうなることは必然であった。

 「Milan Talkies」(2019年)では、後半でヒロインのマイティリーは悪役の一人であるグルと結婚するのだが、グルは酒飲みかつDV夫で、マイティリーの家に住んでいた。これも「ガル・ジャマーイー」の典型例である。

 「Gulabo Sitabo」(2020年)では、アミターブ・バッチャン演じるミルザーが、15歳年上の妻ファーティマーが先祖代々受け継いできた邸宅に住み、妻が死んでその邸宅が自分のものになるのを今か今かと待っていた。ミルザーも「ガル・ジャマーイー」状態であり、妻に頭の上がらない情けない老人として描写されていた。

 これだけ世間で「ガル・ジャマーイー」が忌避されている中で、敢えて「ガル・ジャマーイー」状態を甘受する登場人物は、厚顔無恥なキャラとして設定されることが多いといってよい。