Jayanti (Marathi)

4.0
Jayanti
「Jayanti」

 2021年11月21日公開の「Jayanti(記念日)」は、インドにおいてコロナ禍明けに劇場公開された初のマラーティー語映画である。口コミでヒットに化け、2022年にはAmazon Prime Videoでマラーティー語オリジナル版に加えてヒンディー語吹替版も配信された。鑑賞したのはヒンディー語版の方である。

 監督はシャイレーシュ・ナルワーデー。過去にマラーティー語映画「Roommates」(2017年)を撮っており、本作が監督2作目になる。キャストは、ルトゥラージ・ワーンケーデー、ティティクシャー・ターウデー、ミリンド・シンデー、アマル・ウパーディヤーイ、キショール・カダムなどである。

 舞台はマハーラーシュトラ州ナーグプル。サントーシュ(ルトゥラージ・ワーンケーデー)は高校中退のゴロツキで、仕事もせずに毎日遊び歩いており、家族からも爪弾き者だった。彼は、地元選出の州議会議員アームダル(キショール・カダム)に可愛がられていた。サントーシュは近所に住むパッラヴィー(ティティクシャー・ターウデー)に恋していたが、教養あるパッラヴィーはサントーシュを歯牙にもかけていなかった。

 あるとき、近所に住むレーカーというメイドをして生計を立てていたアーディワースィーの女性が、雇い主のヴィカース・ククレージャー(アマル・ウパーディヤーイ)に強姦され殺害される事件が起きる。ククレージャーと通じていたアームダルは、彼が200万ルピーの賠償金を遺族に払うと約束したため、コミュニティー間の対立を避けようと、サントーシュに沈静化を命じる。サントーシュはレーカーの夫に賠償金のことを伝え、抗議運動を取り止めさせた。

 サントーシュはBRアンベードカル生誕祭の祝賀会を取り仕切る。だが、近所で夜間教師をするアショーク・マーリー(ミリンド・シンデー)と口論になる。マーリーの教え子パッラヴィーもその議論に加わり、ろくにシヴァージーやアンベードカルも知らない人間が彼らの名前を連呼する滑稽さを喝破した。ショックを受けたサントーシュはククレージャーの家に殴り込むが、手下のムンナーたちに返り討ちにされ、警察に逮捕される。サントーシュはそのまま留置所に6ヶ月間入れられた。

 マーリーは牢屋にいるサントーシュを訪ねる。彼にまず新聞紙を与え、次に本を与えた。他にやることがなかったサントーシュは徐々に読書を始め、やがてシヴァージーやアンベードカルの伝記や思想に関する本を読みふけるようになる。

 釈放されたサントーシュは人が変わり、入り浸っていたチャーイ屋で下働きを始める。そこで料理に目覚めた彼は、今度は町に出てレストランで下働きをし、お金を貯めて、自分の食堂を開く。かつて仲間だったシュバム、チョートゥー、ラーフルも誘い入れた。また、レーカーの裁判に資金提供もする。ヴァトサーラーという女性活動家がククレージャーを有罪にするために活動していたが、パッラヴィーも彼女の下で働いていた。パッラヴィーは久しぶりにサントーシュと再会し、彼の変わった姿に驚く。

 一審ではレーカーの遺族側が敗訴したが、二審ではサントーシュのスティングオペレーションによって手に入れた証拠が功を奏し、勝利する。ククレージャーは有罪となり、牢屋に入れられる。また、サントーシュは表彰されることになる。そして、マーリーはパッラヴィーとサントーシュを結びつける。

 マフィアのドンがマハートマー・ガーンディーの思想に触れてガーンディー主義者になるという、一見荒唐無稽だがよくできたコメディー映画「Lage Raho Munna Bhai」(2006年)があった。この映画は、21世紀において古臭いものになりつつあったガーンディー主義を現代的かつユーモラスに解釈し直し、分かりやすく観客に提示したことで、大ヒットしたばかりでなく、社会的に少なからぬ影響を与えた。

 「Jayanti」も、町のゴロツキがBRアンベードカルなどの思想に触れて心を入れ替え、カースト主義的な視点を払拭して自立しようと努力し始めるという筋書きで、「Lage Raho Munna Bhai」とよく似ていた。だが、コメディーの要素はほとんどなく、より真面目に、しかしながら退屈にならないように工夫しながら、社会的なメッセージを発信していた。

 BRアンベードカルとは、不可触民出身の法学者であり、インド憲法を起草した一人である。彼は不可触民の地位向上とカースト制度の廃止を求めて活動をし、最終的には多くの不可触民をヒンドゥー教から仏教に改宗させたことで非常に有名だ。アンベードカルは不可触民を中心に神格化されており、彼らの間では「ジャイ・ビーム(ビーム万歳)」が合い言葉になっている。

 映画にアンベードカルが登場すると、どうしても不可触民の立場からカースト差別の問題を糾弾するような作品になりがちだ。だが、「Jayanti」の視点は非常にバランスが取れており、決して不可触民の立場だけを代弁している映画ではなかった。むしろ、アンベードカルが不可触民のみの地位向上を求めていたのではないことに注目し、血筋や運命ではなく努力によって自分の未来を切り拓く大切さを説いていた。そのための武器として提示されていたのが読書である。特に、過去の偉人たちの偉業を正確に知ることでインスピレーションが受けられ、人生を前向きに捉えられるようになることが、主人公サントーシュの心変わりによって象徴されていた。自己啓発本のような映画であった。

 逆に、自分の所属するカーストの偉人を盲信的に持ち上げる昨今の風潮に警鐘が鳴らされていた。サントーシュはマラーターの家系で、マラーターの偉大な英雄チャトラパティ・シヴァージーを崇拝していた。だが、パッラヴィーからシヴァージーについて何を知っているのか問われると、しどろもどろになる。それは、「ジャイ・ビーム」を連呼する不可触民たちも同じだった。アンベードカルの思想もよくに理解せず、単に自分たちのコミュニティーのトーテムポールとして使っていただけだった。不可触民は不可触民、アーディワースィー(先住民)はアーディワースィー、そしてOBC(その他の後進階級)はOBCで固まっており、アンベードカル生誕祭もコミュニティーごとに祝っていた。これでは、インド社会はコミュニティーごとに分断されたままになってしまう。シヴァージーもアンベードカルも、宗教やカーストで人を区別していなかった。彼らの思想の根本を理解し、本当に従うならば、インド社会は分断されないはずである。

 サントーシュとパッラヴィーの恋愛も、理想論すぎたが、素直に感動的なものだった。サントーシュは一方的にパッラヴィーに恋していたが、ゴロツキとして偉そうに振る舞っていた間はパッラヴィーから無視されていた。だが、6ヶ月の拘留期間を終え、心を入れ替えたサントーシュがレストラン経営者として成功し、レイプされ殺害されたアーディワースィーの女性の裁判に積極的に資金援助をする様子を見ると、今度はパッラヴィーの方が自然にサントーシュに惹かれるようになる。アンベードカルの思想は女性の心を勝ち取るのにも有用ということのようだ。

 サントーシュを演じたルトゥラージ・ワーンケーデー、パッラヴィーを演じたティティクシャー・ターウデーは、どちらもまだ若手の俳優のようである。ルトゥラージはランヴィール・スィンに似た外見で、演技力にも問題はなかった。ティティクシャーはヒンディー語映画「Shabaash Mithu」(2022年)に出演歴があるが、全く覚えていない。「Jayanti」がヒットになったことで、二人とも活躍の場が増えそうだ。

 「Jayanti」は、インド社会の分断に警鐘を鳴らしながら、先人たちの偉大な思想を読書でもって吸収し、明るい未来を切り拓くことを若者たちに告げる、非常に真面目で自己啓発的な映画である。ただ、物語としても面白く作られているため、退屈はしない。マラーティー語映画の生真面目さと可能性を同時に感じさせてくれる良作である。