Dhamaka

3.5

 ムンバイーを舞台とする近年のヒンディー語映画では必ずと言っていいほど背景に登場するシーリンク。半島状の形状をしており、市街地へ行けば行くほど土地が狭くなるムンバイーの、都市部と郊外を結ぶ渋滞解消用バイパスであり、アラビア海上を通っているためにそう呼ばれる。2000年に着工され、2009年に竣工した。このシーリンクを爆破する架空のテロ事件を題材にしたスリラー映画が、2021年11月19日からNetflixで日本語字幕付きで配信開始された「Dhamaka(爆発)」である。韓国映画「テロ、ライブ」(2013年)のかなり忠実なリメイクだ。

 監督は「Neerja」(2016年)のラーム・マードヴァーニー。主演はカールティク・アーリヤン。ヒロインは「Toofaan」(2021年)のムルナール・タークル。他に、アムルター・スバーシュ、ヴィカース・クマール、ヴィシュワジート・プラダーン、ソーハム・マジュムダールなどが出演している。

 以下、途中までのあらすじである。

 かつてインドで最も有名なニュースキャスターだったアルジュン・パータク(カールティク・アーリヤン)は、上司アンキター(アムルター・スバーシュ)から見捨てられ、ラジオDJに左遷された。妻のソウミヤー(ムルナール・タークル)とも離婚協議中であった。

 アルジュンのラジオ番組に一人の男性から電話が掛かって来る。ラグヴィール・マハターと名乗るその男性は、シーリンクを爆破すると予告する。アルジュンが相手にしないでいると、シーリンクの一部で本当に爆発が起こった。アルジュンは警察に通報せず、この電話を自身のキャリア回復に利用しようとし、アンキターに電話をする。こうして、アルジュンは生放送の中でラグヴィールと名乗るテロリストと交渉することになった。

 ラグヴィールは、シーリンク建設に関わった労働者と明かす。2年前、嵐の日に無理矢理補修工事をさせられ、仲間を3人失っており、補償金と謝罪を大臣に求めていた。アルジュンは、時間を稼ぎながらラグヴィールの逮捕に協力しようとするが、さらに多くの爆弾がシーリンクに仕掛けられており、現場のレポートに駆けつけたサウミヤーも危険にさらされることになる。

 2008年11月26日のムンバイー同時多発テロでは、ムンバイーの象徴とも言えるタージマハル・ホテルが狙われ、炎上した。植民地時代に建てられた瀟洒なタージマハル・ホテルから煙が上がる映像は、ムンバイー市民のみならず、インド全国民にとってショッキングなものであった。

 「Dhamaka」では、現在のムンバイーを代表するシーリンクが爆破される映像が映し出される。これはこれで、フィクションとは分かっていても、心に異様にズキンと来るものだ。どうしても2008年のあの事件の映像と重なってしまう。

 ムンバイー同時多発テロは、パーキスターンから海を渡って上陸したテロリストたちによる犯行であり、外患と言えたが、「Dhamaka」は、権力者や富裕層に虐げられて来たインド国民が爆破犯という設定であり、内憂と言っていい。また、真実の報道よりも特ダネを優先し、人々の心を不安にさせて視聴率を稼ぐニュース番組の過度な報道姿勢と競争が、庶民の搾取につながっている現実も突かれていた。

 映画はほとんど、ラジオ局のスタジオという密室で進行する。場が極度に限定されていながら、脚本が優れており、非常に緊迫感のある展開が繰り広げられていた。主演カールティク・アーリヤンの演技も素晴らしく、刻一刻と移り変わって行く状況に応じて表情や態度を変幻自在に変化させられていた。相手役のムルナール・タークルも、出番は限られていたが、パワフルな演技をしていた。

 原作が韓国映画なだけあって、結末は暴力的かつ破滅的なアンハッピーエンドだ。その点は、インド映画らしくアレンジしても良かったのではないかと思うが、あくまで原作に忠実に映画化をした形となった。救いらしきものも見当たらなかったし、家族愛といったエモーショナルな要素も皆無であった。爆破犯がどうやってここまで大量の火薬を入手し、シーリンクのあちこちに仕掛けることができたのか、という謎も明かされぬままであった。単なるリメイクではなく、インド映画としてより完成度の高い作品に仕上げる努力が欲しかったものだ。

 「Dhamaka」は、原作の脚本が優れているため、ほぼ密室で展開される物語ながら、非常に緊張感がある。グリップ力があり、終始目を離すことができない。主演カールティク・アーリヤンの迫真の演技も見物だ。だが、インド映画らしいアレンジがなかったのが気になった。インド人観客を主眼に置いた(歌や踊りを入れるということではない)リメイクに挑戦しても良かっただろう。