Cash (2021)

2.0

  2016年11月8日午後8時、ナレーンドラ・モーディー首相が突然TV演説をはじめ、500ルピー札と1,000ルピー札の流通廃止を宣言した。いわゆる高額紙幣廃止、英語で言えば「Demonetisation」、ヒンディー語では「नोटबंदीノートバンディー」である。その主な理由はブラックマネーの撲滅であった。500ルピー札と1,000ルピー札は当時の最高額紙幣であったが、ブラックマネーはこれらの現金で保管・流通することが多く、その流通を廃止することで、一気にブラックマネーを駆逐しようとしたのである。当然、インドの社会や経済は大混乱に陥ったが、主に損を被ったのは富裕層であり、普段は500ルピー札や1,000ルピー札を手にすることが少ない貧困層からは絶大な支持を集めた政策となった。

 2016年の高額紙幣廃止は既にヒンディー語映画「Choked: Paisa Bolta Hai」(2020年)で映画になっているが、2021年11月19日からDisney+ Hotstarで配信開始されたヒンディー語映画「Cash」も、同様のテーマの映画となっている。ちなみに2007年にも「Cash」という題名のヒンディー語映画があったが、全く別物である。

 2021年の「Cash」の監督はリシャブ・セート。主にTV業界で活躍してきた人材である。主演はアモール・パラーシャルとスムリティ・カルラー。どちらもTV業界でのキャリアが長く、映画業界では知名度は低い。他に、グルシャン・グローヴァー、カヴィン・ダヴェー、スワーナンド・キルキレー、アーナンド・アルクンテー、クリシュナ・スィン・ビシュト、パワン・チョープラーなどが出演している。

 舞台はムンバイー。アルマーン・グラーティー(アモール・パラーシャル)は起業と倒産を繰り返す起業家だった。アルマーンの親友ソーダ(カヴィン・ダヴェー)はアルマーンに振り回されながらも彼に協力をしていた。

 2016年11月8日、高額紙幣廃止が宣言され、古い500ルピー札と1,000ルピー札が使えなくなる。アルマーンはビジネスチャンスとばかりに、古い紙幣を新しい紙幣に交換するビジネスを始める。アルマーンの叔父サンジャイ(スワーナンド・キルキレー)を介して、悪徳政治家ガウタム・アーチャーリヤ(グルシャン・グローヴァー)が隠し持っていた5,000万ルピーの現金をロンダリングする仕事を請け負う。彼のロンダリング・ビジネスには、ネーハー(スムリティ・カルラー)という美女も加わったが、彼女は豊富なコネを使って資金洗浄の手助けをする。

 だが、ダッバーワーラー出身の警察官トゥカーラーム・ピングレー(アーナンド・アルクンテー)が合計10億ルピーのブラックマネー摘発を目標に急襲を繰り返しており、なかなかうまく行かなかった。アルマーンが頼りにしていたロンダリング専門マフィアのカーズィー(クリシュナ・スィン・ビシュト)も逮捕されてしまった。とうとう期日までにアーチャーリヤに約束の金額を返済できなくなり、その上アルマーンたちはピングレーに逮捕されてしまう。しかし、アルマーンはピングレーと共にアーチャーリヤを罠に掛け、ブラックマネーを引き出すことにする。これも一筋縄では行かないが、最終的には成功し、ピングレーが目標にしていた10億ルピーのブラックマネー摘発も達成した。

 監督や俳優に特筆すべき点はなく、ストーリーも凡庸だった。だが、高額紙幣廃止の直後、インドの人々がどのように旧紙幣を新紙幣に変えようとしていたのか、特に裏の方法にはどんなものがあったのか、その様子がよく再現されていた。もちろん、全てが事実に基づくわけではないだろうが、この映画で触れられていたエピソードは、新聞やニュースでも目にしたものが少なくなかった。ノートバンディーが歴史の一部になった頃、当時の世相をよく記録した映画として参照されることになるかもしれない。

 高額紙幣が廃止されて一番困ったのは、家に高額紙幣の現金を貯め込んでいた人々だった。普通は旧紙幣を銀行に預金して、後日引き出せば新紙幣となるわけだが、銀行に預けることでそのお金はブラックマネーではなくなり、表に現れることになる。すると、所得税局の監視にさらされることになり、収入に見合わない預金にはチェックが入ることになる。よって、ブラックマネーを易々と銀行に預けることはできなかった。

 そこでよく採られた手段が、銀行口座を持つ人々に旧紙幣の現金を分散して渡し、預金させることだ。後日、彼らが引き出した新紙幣を受け取れば、これでロンダリングは完了する。もちろん、預金した人々はマージンを受け取る。だが、政府は1日の引き出し額に上限を設けており、すぐにロンダリングができないようにしていた。銀行やATMには長蛇の列ができており、彼らは毎日、炎天下の中、現金引き出しのために列に並び続けた。

 他にも、旧紙幣が使える内に、金などの換金価値の高い品物を購入する手段も採られた。驚きだったのは、インド鉄道のチケットを大量購入する方法だ。高額紙幣廃止後も、公営のインド鉄道はしばらく旧紙幣を受け入れていた。そこで、旧紙幣を使って大量にチケットを購入し、すぐにキャンセルをすれば、新紙幣で払い戻しが受けられるという寸法である。

 結婚をしたカップルに対しては、引き出しの上限額が高めに設定されるという措置も取られた。「Cash」の中では、アルマーンの叔父が、同棲していた外国人女性と結婚して多額の新紙幣を引き出す場面もあった。

 このように、高額紙幣廃止時のインドで俄に起こったブラックマネーの駆け込みロンダリングの方法がひとつひとつ語られており、その点は面白かった。しかしながら、映画としての完成度は低いと言わざるを得ない。

 主演のアモール・パラーシャルには残念ながら主演俳優としてのオーラがなく、ヒロインのスムリティ・カルラーにしてもヒロイン女優の器ではなかった。むしろ、コミックロールを演じていたカヴィン・ダヴェーの方に将来性を感じた。エキセントリックな役を演じることの多いグルシャン・グローヴァー、作詞家としても知られるスワーナンド・キルキレーと、有名な脇役もいるのだが、全体的には華やかさに欠けるキャスティングであった。

 「Cash」は、2016年の高額紙幣廃止をビジネスチャンスと見て旧紙幣のロンダリングを始めた青年起業家を主人公にしたコメディー映画である。しかしながら、監督や俳優が経験不足、役不足で、観客を引き込む作りになっていなかった。高額紙幣廃止時のインドの裏社会の動きを知りたいという目的がなければ、鑑賞するに値しない作品である。