Lines

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Lines
「Lines」

 「Lines」は、インドのOTTプラットフォームVoot Selectが開催したオンライン短編映画祭において、2021年7月29日から配信開始された作品である。「短編映画」とはいいつつも、「Lines」の上映時間は1時間17分(77分)ある。インドにおいて「短編映画」の定義は72分以下の映画であるため、厳密には「Lines」は短編映画ではない。

 監督は「Kashmir Daily」(2018年)のフサイン・カーン。カシュミール地方出身の映画監督であり、引き続き当地を舞台にした映画を作り続けている。キャストは、ヒーナー・カーン、リシ・ブーターニー、ファリーダー・ジャラール、ラーニー・バーン、ラリター・タパスヴィー、ザーヒド・クライシー、アハマル・ハイダルなど。

 映画の舞台になっているプーンチは、印パ間の事実上の国境となっている管理ライン(LoC)のすぐそばにある山間の町だ。向こうに見える山はもうパーキスターン領という最前線である。

 1999年、プーンチ。印パ間で砲撃の応酬があり、ナズィヤー(ヒーナー・カーン)は、祖母ファーティマー(ファリーダー・ジャラール)、母シャキーラー(ラーニー・バーン)と共にキャンプに避難していた。キャンプでは、同じ村に住むヒンドゥー教徒の文学者スジャーン・スィン(アハマル・ハイダル)はラジオに耳を傾けていたが、避難解除の報道を聞き、村人たちにそれを知らせる。

 ファーティマーは、現在はパーキスターン領になっているミールプル出身で、結婚後にプーンチに嫁いできた。ミールプルには妹のヌーラーン(ラリター・タパスヴィー)が住んでおり、もう40年間も会っていなかった。ファーティマーは死ぬ前にヌーラーンに会いたいと切望していた。それを知っていたナズィヤーは何とかヌーラーンと連絡を取ろうとする。ドバイ在住でミールプル出身のパーキスターン人とつながり、そこからミールプルでレストランを経営するナビール(リシ・ブーターニー)と連絡することに成功する。偶然にもナビールはヌーラーンの孫だった。二人の間でナズィヤーとヌーラーンを引き合わせる計画はトントン拍子で進む。折しも印パ間で信頼醸成措置(CBM)が進んでおり、デリーとラホールを結ぶ国際バスの運行も始まっていた。ついにナビールがヌーラーンを連れてプーンチまでやって来る。ファーティマーとヌーラーンは涙の再会を果たす。

 ヌーラーンとナビールはしばらくナズィヤーたちの家に滞在する。その内、ナズィヤーとナビールの間に恋が芽生え、ファーティマーとヌーラーンは相談の上で二人を結婚させる。ナビールはナズィヤーを必ず迎えに来ると約束し、ヌーラーンと共にパーキスターンに帰る。

 ナズィヤーはパーキスターンに移住するための手続きを始める。スジャーンは彼女をジャンムーまで連れて行き役人と会うが、すぐにはヴィザが下りそうになかった。そうこうしている内にカールギル紛争が始まってしまい、印パ間の国際バスも運行停止となる。ナビールと電話で話すことも難しくなってしまった。

 ナズィヤーは、小間使いをしていたビラール(ザーヒド・クライシー)に相談する。武装勢力とのコネがあったビラールは、違法な越境を提案する。ナズィヤーは何としてでもパーキスターンに入国してナビールと会いたいと考えており、ビラールに紹介されたミールと共に越境しようとする。だが、国境地帯に広がる森林の中で数発の銃声が響く。

 映画の時間軸は1999年だが、その前年には印パ両国が相次いで核実験をし、世界中から経済制裁を受けることになった。核保有国になった両国は、その後急速に歩み寄りを開始し、1999年初頭には両国首脳がラホール宣言を発表して親善をアピールした。信頼醸成措置(CBM)の一環として始まったのがデリーとラホールを結ぶ国際バスの運行だった。国境の町プーンチを舞台にした「Lines」は、国境を挟んで両国間で砲撃の応酬があり緊張が高まった状態で始まるが、外交の場では雪解けムードが進んでおり、それを背景にしてパーキスターン領のミールプルから生き別れ状態にあった妹がインド領のプーンチに姉を訪ねてやってくることで物語が動き出す。

 主人公のナズィヤーは一人娘であり、野良仕事などをして祖母と母親を支えるしっかり者の娘だった。女性ながらバイクも乗りこなし、市場に買い物に行ったりしていた。祖母ファーティマーのために彼女の妹ヌーラーンをミールプルから呼び寄せたのも彼女だった。ヌーラーンに同行して孫のナビールもプーンチにやって来る。二人は恋に落ち、ファーティマーとヌーラーンも進んで二人を結婚させる。ナズィヤーとナビールは又従兄妹の関係になるが、イスラーム教徒の中ではこれくらいの近親婚はそれほど珍しくない。

 ただ、1999年という年は、印パ関係が激しく変化したことで知られている。親善ムードで始まったものの、同年5月にはカールギル紛争が起こり、10月にはパーキスターンでパルヴェーズ・ムシャッラフ陸軍参謀長による軍事クーデターがあって、12月にはパーキスターン国籍のテロリストによるインディアン航空814便ハイジャック事件が起こった。ナズィヤーと挙式した後、ナビールはパーキスターンに帰国するが、その後はカールギル紛争などで二国間関係が急速に悪化し、核戦争の一歩手前まで行くほどだったので、ナズィヤーを呼び寄せることが非常に困難になってしまったのである。

 何としてでもナビールに会いたいナズィヤーが採った手段は、国境を不法に越境してパーキスターンに密入国することだった。こういう判断を一人の女性が採ることに非常に驚いた。プーンチの住民にとって非公式な越境は割と身近なことなのかもしれない。映画を観る限り、国境地帯に広がる森を抜けていけば向こう側に行けるみたいだ。カシュミール人監督が撮っている映画なので、おいそれと「そんな馬鹿な」と否定することもできない。ただ、この越境は失敗した可能性が高い。明示はされていなかったが、森林に響き渡る数発の銃声により、ナズィヤーが国境を警備していた兵士に撃たれたことが暗示されていた。早まったものである。

 「Lines」は、国境により分断された人々を悲劇的に映し出すことで、国境を批判するメッセージを発信している。印パ間を自由に往き来できる世の中になることを切に願っており、1999年初頭のあの束の間の親善ムードを懐かしんでいる。対パ強硬政策を採るモーディー政権の時代に、カシュミール地方からこの映画が送り出されたことにも意義があるだろう。果たして、そういう平和な時代が再びやって来るのだろうか。

 低予算映画であり、監督もまだ発展途上で、映画としての完成度は低い。特にナズィヤーのキャラクター作りが甘かった。ナズィヤー役を演じたヒーナー・カーンは村の娘に全く見えないし、彼女がどういう人物なのかを描き出す時間も不十分だった。それでも、カシュミール地方を舞台に映画を撮るカシュミール人映画監督の存在は注目であり、今後も是非作品作りを続けてほしいと思う。

 「Lines」は、カシュミール人映画監督フサイン・カーンによる、印パ国境を越えたロマンス映画だ。インド人女性とパーキスターン人男性が出会い、結婚し、そして二国間関係の悪化により会えなくなる。時代と国境に翻弄される二人の物語に、国境最前線に住む人々の日常生活の描写が重ねられ、低予算映画ながらユニークな作品になっている。