Bombay Rose

3.5

 インドには「グラフィックノベル」と呼ばれるコミックのジャンルがある。その名が示す通り、小説に近い大人向けの漫画のことである。サールナート・バナルジーの「Corridor」(2004年)が先駆けで、その後もいくつものグラフィックノベルが出版された。

 2021年3月8日からNetflixで配信開始された「Bombay Rose」はインド製のアニメ映画である。その作風はディズニーとも日本のアニメとも異なり、どちらかといえばグラフィックノベルのアニメ映画化と形容したくなる。プレミア上映は2019年8月28日のヴェネツィア国際映画祭である。

 「Bombay Rose」の監督はギーターンジャリ・ラーオ。「October」(2018年)で主人公シウリーの母親役を演じていた人物で、過去に短編アニメ映画をいくつか撮っている。声優として、アヌラーグ・カシヤプ、マカランド・デーシュパーンデー、ヴィーレーンドラ・サクセーナーなど、ある程度名の知れた映画監督や俳優などが参加している。

 舞台はムンバイーである。おそらくまだムンバイーがボンベイと呼ばれていた時代のことである。いくつか古い映画音楽が使われていたが、その中に「Don」(1978年)の「Yeh Mera Dil」があったので、1978年以降、カシュミールの騒乱に言及があったので、おそらくは1980年代末の時代設定なのではないかと思われる。だが、劇中にダンスバー禁止の下りがあり、それをヒントとすると2005年になるのだが、携帯電話なども出て来なかったし、さすがにそこまで新しい時代を描いてはいないと感じた。

 主人公はボンベイの路上で花を売るカムラーである。カムラーには時計職人の祖父と学校に通うターラーという妹がいた。一家は元々どこかの村に住んでいたのだが、無理矢理結婚させられたカムラーが婚家から逃げ出し、村にいられなくなったため、祖父がカムラーとターラーを連れてボンベイまで移住してきたのだった。また、ターラーは食堂で皿洗いをしていた唖の少年ティープーを家に連れてくる。折しもボンベイでは児童労働の取り締まりが厳しくなっており、ティープーは居所がなくなってしまった。それをターラーが匿ったのだった。

 もう一人の主人公はサリームである。サリームはカシュミール出身だったが、両親を騒乱で失い、ボンベイに逃れてきていた。彼はキリスト教徒の墓場から花を盗んで道端で売って生計を立てていた。サリームはカムラーに惹かれる。だが、カムラーに付きまとうもう一人の男がいた。マイクである。実はカムラーはダンスバーで踊り子をしており、マイクは彼女にドバイ行きを打診していた。そしてマイクはカムラーに言い寄ろうとしているサリームに対し警告を発する。

 カムラーとサリームに加え、もう一人、重要人物が登場する。シャーリーという老婦人で、かつては女優をしていたが、今は昔の思い出と共に一人で暮らしていた。シャーリーはターラーに英語を教えていた。シャーリーが墓場に置いていく花をサリームが盗んでいたという事実も後に発覚する。

 輪郭のない独特の画法で描かれたアニメーションで、しかも現実と幻想が入り乱れる。特にカムラーは所々で中世の姫のような姿になる。おそらく前世の記憶なのだろう。また、「レーワー河が私の目に宿る」という歌詞の悲しげな曲が度々繰り返される。レーワー河とはナルマダー河のことで、おそらくカムラーの前世か、もしくは彼女の生まれ故郷がナルマダー河の河畔にあったのではないかと思われる。

 アニメ先進国で作られるようなスムーズな動きのアニメではなく、どちらかというと静止画が動き出したようなノッペリとしたアニメである。だが、色使いはインドらしくとてもカラフルで、歌と踊りでも彩られていた。

 「Bombay Rose」は、かなり個性的なインド製アニメ映画で、グラフィックノベルを映画化したような、大人向けのアニメ映画である。昔のヒンディー語映画の楽曲に乗せて、カラフルなボンベイの街景色と淡い恋の物語が描写される。アニメ映画の新たな地平を切り拓く作品である。