Yeh Ballet

4.5
Yeh Ballet

 ダンスはインド映画の心であり、ダンスを主題にしたインド映画は多い。「Dance Like A Man」(2004年)、「Naach」(2014年)、「Aaja Nachle」(2007年)、「Lafangey Parindey」(2010年)、「ABCD: Any Body Can Dance」(2013年)、「Munna Michael」(2017年)などである。だが、バレエを題材にしたインド映画というのは初めて聞いた。2020年2月21日からNetflixで配信開始された「Yeh Ballet(このバレエ)」である。

 プロデューサーは、UTVやウォルト・ディズニー・インディアなどで社長を務めてきたスィッダールト・ロイ・カプール、監督は「Little Zizou」(2008年)のスーニー・ターラーポールワーラー。キャストは、「キリング・フィールド」(1984年)や「眺めのいい部屋」(1986年)などの英国人俳優ジュリアン・サンズ、新人のアチンティヤ・ボース、新人マニーシュ・チャウハーン、ジム・サルブ、ダーニシュ・フサイン、ヴィジャイ・マウリヤー、ヒーバー・シャー、カリヤーニー・ムレー、サシャー・シェッティー、プールヴァー・バールヴェー、メーコラー・ボースなど。また、ボーマン・イーラーニー、サラ・ジェーン・ディアス、ラーフル・カンナーが特別出演している。

 実話に基づく話で、貧しい生まれながらバレエダンサーになった2人のインド人男性、アミールッディーン・ジャラールッディーン・シャーとマニーシュ・チャウハーンの半生を描いた作品である。マニーシュ・チャウハーンは、本人が出演している。

 舞台はムンバイー。イスラエル系米国人バレエダンサー、サウル・アロン(ジュリアン・サンズ)は、ダンス学校でバレエを教えるためにインドにやって来た。そこで彼は、スラム街出身のダンサー、アースィフ(アチンティヤ・ボース)の体型がバレエ向きだと察知する。アースィフは普段、仲間たちとブレイクダンスをして遊んでいたが、兄の勧めでダンス学校に入学したのだった。

 サウル先生はアースィフにバレエを教え込む。一方、同じダンス学校に、親に内緒で通っていたニーシュー(マニーシュ・チャウハーン)もバレエに興味を持つ。裕福な家庭の娘ニーナ(サシャー・シェッティー)に個人的に特訓を受けるものの、彼女の両親から侮辱を受け、バレエで彼らを見返すことを誓う。父親からは勘当されてしまうが、ダンス学校に住み始め、やがてサウル先生と一緒に住み始める。アースィフもサウル先生の家に同居することになる。

 アースィフとマニーシュはバレエダンサーとしての才能を急速に伸ばす。マニーシュも今やアースィフに比肩するバレエダンサーに成長していた。サウル先生は彼らを米国のダンス学校に留学させようとし、彼らのダンスを録画して各地のダンス学校に送る。一度、ニューヨークの有名なダンス学校に奨学金付きで合格するが、ヴィザが下りなかったために渡米を諦めることになった。しかし、今度はオレゴン州のダンス学校から2年間の奨学金付きで入学許可が下りる。

 アースィフとマニーシュは、米国総領事の前でバレエを踊る。そのおかげで今度は彼らに無事にヴィザが下り、米国へ向かうことになった。

 スラム街出身の貧困者が何かに熱心に取り組んで成功を掴むというストーリーは、「Slumdog Millionaire」(2008年/邦題:スラムドッグ$ミリオネア)や「Gully Boy」(2019年/邦題:ガリーボーイ)など、過去にいくつも例がある。結末も容易に予想できるため、今やそれだけで観客の感動を勝ち取るのは難しい。その点、この「Yeh Ballet」は、まずインドでバレエという意外な取り合わせを持ってきてユニークな上に、スラム街からバレエダンサーが輩出されるというトリッキーな筋書きが興味を引く。しかも映画の最後では、もったいぶったように、実話に基づく物語ということが明かされ、今まで観てきたストーリーは実は完全なフィクションではなかったことに驚かされる。

 バレエを主題にした映画で、主人公がまともなバレエを踊れなければ興ざめであるが、なんとこの映画では、主題にした2人のインド人バレエダンサーの内、1人をマニーシュ・チャウハーン本人が演じている。よって、バレエの技術は折り紙付きだ。また、もう1人を演じるアチンティヤ・ボースは、アミールッディーンやマニーシュと同じダンス学校に通うダンサーのようだが、バレエは基本しか習っていなかった。この映画のために半年間、バレエや演技の特訓を受け、映画で見せたようなプロのバレエダンサーのような動きを手に入れた。バレエの質が高かったために、映画の質も自然と高まった。

 いかにもインド映画らしいのは、このような立身出世の物語の中に、家族愛が入ってくることだ。ニーシューもアースィフも、家族から全面的な支援を受けてバレエダンサーを目指していたわけではなかった。もちろん、二人ともスラム街出身であり、金銭的な支援はほとんどなかった。だが、彼らに必要だったのは家族からの精神的な支えだった。どちらも、父親がダンスに熱中することを許さなかったのである。だが、ニーシューもアースィフも最終的には自分の才能を認めてもらい、夢を追うことを応援してもらえる。この映画の中でもっとも感動するのは間違いなく、二人が家族から認めてもらえたシーンである。

 また、宗教の要素が混ぜ込まれていたのもインド映画らしい。イスラーム教徒のアースィフはヒンドゥー教徒の女性ダンサー、アーシャーと仲良くなるが、それがヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の間で緊張を生んだ。また、アースィフの叔父は、ダンスはハラーム(宗教的タブー)だと言って止めさせようとするが、彼の父親は、アースィフに備わったダンスの才能は神から与えられたものであり、それを使わないことこそがハラームだと言い返す。

 ジュリアン・サンズが演じるバレエ教師サウルは、インド生活に慣れ親しめない典型的な外国人であった。とにかく回りに当たり散らしてばかりでインド人からは嫌われていた。だが、ニーシューは彼の人柄を「ココナッツのように、殻が固くても中身は柔らかい」と表現する。サウルは気に入った生徒をとことん可愛がって伸ばすタイプの教師であり、ニーシューとアースィフは彼の眼鏡に適った2人だった。そして、サウルは彼らを「家族」と表現し、自腹を切ってまでして成功を後押しする。ジュリアン・サンズのエキセントリックな演技も、「Yeh Ballet」の大きな見所だった。

 映画がモデルにしたアミールッディーンとマニーシュも、ヤフダ・マオルというイスラエル系米国人バレエ教師と出会ったことで才能を開花させることができた。三人の偶然の出会いが、スラム出身のインド人バレエダンサーというユニークな存在を生み出したのだが、逆にいえば、インドは途方もない潜在力を持った人材の宝庫で、正しい出会いと支援さえあれば、スラム街からでも、さらに多くの才人が出て来ることが示唆されていた。

 「Yeh Ballet」は、実在するインド人バレエダンサーたちが、スラム街からいかにして海外に羽ばたいたかを追ったドラマである。主演2人のバレエが本格的な上に、物語がよく構成されており、インドならではの家族愛にホロリとする上質の映画に仕上がっている。必見の映画である。