インドでは英領時代から同性愛は刑法377条で禁止とされており、違反者に対する最高刑は無期懲役となっていた。実際に377条違反で刑罰を受けた者はいないとされているが、インドの同性愛者は潜在的な犯罪者として肩身の狭い思いをしていた。ところが2018年9月6日に最高裁判所が377条を違憲とし、以後、インドでは同性愛は合法化された。
インドにおいて同性愛を扱った映画はいくつかある。ディーパー・メヘター監督の「Fire」(1996年)はもっとも早い例で、レズを主題にしたが、インドとカナダの合作であり、純粋なインド映画ではない。「Girlfriend」(2004年)もレズを主題にした映画であった。他に、「Mango Souffle」(2002年)、「My Brother… Nikhil」(2005年)、「Dunno Y… Na Jaane Kyon」(2010年)、「I Am」(2010年)、「Aligarh」(2015年)など、意外に多くの同性愛映画が作られている。だが、その中でもっとも影響力の強かった映画が「Dostana」(2008年)である。ジョン・アブラハム、アビシェーク・バッチャン、プリヤンカー・チョープラーが主演のこのコメディー映画では、主人公の2人は実際にはゲイではないが、とある事情からゲイのふりをすることになり、同性愛者の哀楽を経験することになる。そして何より、同性愛者にとってもっとも重要な、家族へのカミングアウトと、それの受容のシーンが感動的に描写されており、同性愛者からも非常に評価の高い映画となっている。この映画をきっかけに、インドでは家族にカミングアウトする同性愛者が増えたと言われている。
2020年2月21日公開のヒンディー語映画「Shubh Mangal Zyada Saavdhan」は、最新の同性愛映画である。勃起不全を主題にした「Shubh Mangal Saavdhan」(2017年)の続編扱いだが、ストーリー上のつながりは全くない。インド刑法377条の撤廃前夜の物語であり、ゲイのカップルが家族から認めてもらうまでの顛末を描いたコメディー映画である。
監督はヒテーシュ・ケーワリヤー。「Shubh Mangal Saavdhan」の脚本家であり、長編映画の監督は今回が初となる。主演は「Shubh Mangal Saavdhan」と同じくアーユシュマーン・クラーナー。他に、ジテーンドラ・クマール、ニーナー・グプター、ガジラージ・ラーオ、マヌ・リシ、スニター・ラージワル、マーンヴィー・ガグルー、パンクリー・アワスティーなどが出演している。また、ブーミ・ペードネーカルがカメオ出演している。
デリー在住のカールティク(アーユシュマーン・クラーナー)とアマン(ジテーンドラ・クマール)はゲイのカップルであった。アマンの妹ゴーグル(マーンヴィー・ガグルー)が結婚することになり、二人はアマンの実家へ行く。そこでカールティクとアマンは公衆の面前でキスをしてしまい、二人が同性愛カップルであることがばれてしまう。アマンの父親シャンカル・トリパーティー(ガジラージ・ラーオ)はカールティクを追い出し、アマンの「治療」をすることを決意する。また、ゴーグルの結婚は中止となってしまった。 アマンには、幼馴染みのクスム(パンクリー・アワスティー)との縁談も来ていた。実はクスムには恋人ラーケーシュがおり、彼女も結婚には反対だった。だが、アマンがゲイだと知って、アマンと偽の結婚をして実際にはラーケーシュと住めばいいと思い付く。アマンもクスムと結婚することを決める。ところがクスムは結婚式の日に義理の母親からもらった装飾品と共に逃げてしまう。クスムの代わりにカールティクがアマンと結婚しようとするがシャンカルにばれてしまう。そこへ警察が踏み込んで来て、同性愛の容疑で逮捕すると言い出す。だが、その日はちょうど、最高裁判所がインド刑法377条の合憲性について判決を出す日の1日前だった。警察は判決が出るまで待ってくれることになった。翌日、最高裁判所は377条を違憲とし、同性愛を合法化する。
カールティクとアマンがどのようにゲイ・カップルとなったのかは描かれていない。また、カールティクは既に家族にゲイであることを明かしていたが、両親は亡くなっていた。そこで、物語は、アマンの一家が彼の性的趣向を認めるかどうかに集中していた。父親のシャンカルは、遺伝子組み換えのカリフラワーを栽培する科学者であったが、アマンは父親が同性愛を認めるとは期待していなかった。
アマンの予想通り、シャンカルは息子が同性愛者であるとは認めない。一時的に「病気」になっているだけだと考え、どうにかして「普通」に戻そうとする。カールティクがいるから悪影響が出たのだと考えて、彼をアマンから引き離そうとする。カールティクを棒で殴る暴挙にも出た。
だが、シャンカルにはかつてラーニーという恋人がいた。また、シャンカルの妻スナイナー(ニーナー・グプター)にもクマールという恋人がいた。シャンカルとスナイナーはお見合い結婚をし、昔の恋は諦めなければならなかったが、今でもシャンカルはラーニーを、スナイナーはクマールのことを想っていた。現在の自分たちの状態と、カールティクとアマンの状態を比べ、自分が好きな人と結婚するのが一番だと思うのようになる。ラストで、警察が踏み込んで来たことをきっかけに、シャンカルは完全に改心し、カールティクとアマンの仲を認めることになる。
中盤はスローペースで中だるみする場面があり、序盤と終盤にも不必要なシーンが散見された。ストーリーテーリングに難があるが、メッセージは明確で、同性愛が認められた新インドに向けて、同性愛を力強く肯定しようとする意欲に満ちている。ポスト377時代の同性愛映画として意義のある映画である。
「Dostana」ではジョン・アブラハムとアビシェーク・バッチャンのキスシーンがあったが、「Shubh Mangal Zyada Saavdhan」では、アーユシュマーン・クラーナーとジテーンドラ・クマールのキスシーンが2回ある。アーユシュマーンが無意味に裸になっているシーンもあったが、ゲイ向けのサービスであろうか。
「Shubh Mangal Zyada Saavdhan」は、同性愛を主題にしたコメディー映画である。同性愛合法化前後を描いた同性愛映画としてはもっとも早い例となる。ストーリーテーリングに弱さはあるが、主演アーユシュマーン・クラーナーや脇役陣の好演もあって、コメディーの壺は押さえている。LGBTに興味のある人は外せない映画だ。