Kashmir: War in Paradise (France)

3.5
Kashmir: War in Paradise
「Kashmir: War in Paradise」

 アジアンドキュメンタリーズで配信されている「Kashmir: War in Paradise」は、インドとパーキスターンの間で紛争の火種になっているカシュミール地方(参照)で撮影されたドキュメンタリー映画である。監督はポール・コミティというフランス人で、2019年9月30日にAmazon Prime Videoで配信されたと思われる。邦題は「カシミール 楽園の紛争地帯」である。

 撮影が行われたのは2017年から2018年である。2016年に独立派武装組織ヒズブル・ムジャーヒディーンの司令官で、カシュミール地方の若者に絶大な人気を誇ったブルハン・ワーニーがインドの治安部隊によって殺されたことで、大規模な暴動が頻発し、政情不安が続いていた時期だ。撮影隊はまずインドのジャンムー&カシュミール地方に入り、現地の状況を秘密裏に撮影する。彼らが見たのは、シュリーナガルなどの市街地に配備された大量の治安部隊と、インドの支配に必死に抵抗するカシュミール人の姿であった。市民が治安部隊に対して投石して抗議する様子も収められている。また、治安部隊が発砲した散弾銃に当たり障害を抱えることになった少年などの姿も捉えられていた。

 その一方で、カシュミールの美しさにも言及されていた。フランス人スパイス商がシュリーナガルなどでサフランの買い付けを行うシーンもあったし、シュリーナガルの名物であるハウスボートの紹介もされていた。

 しかしながら、コミティ監督がカシュミール地方で撮影を行っていることは当局に察知されており、とうとう呼び出され、3週間の軟禁の後にフランスに強制送還されてしまった。よく映像が没収されなかったものだ。

 ここまでが前半だとすると、後半はパーキスターン側のアーザード・カシュミール州が舞台となる。パリのパーキスターン大使館から全面的な協力を得て、撮影隊はアーザード・カシュミール州に招かれる。もちろん、パーキスターン政府によるプロパガンダの一環であることを十分に承知しての取材であった。

 確かにアーザード・カシュミール州の州都ムザッファラーバードは、シュリーナガルなどと比べたら平和であった。しかしながら、パーキスターン側でも武装勢力によるテロが頻発しており、パーキスターン軍は武力で武装勢力を抑え付けようとしていた。

 カシュミールとは離れるが、コミティ監督らはアフガーニスターンとの国境近くにも招待される。彼らは、ターリバーンによって支配されたものの軍によって奪い返された町も見せられる。ターリバーンの基地は「恐怖の博物館」として公開されており、押収した武器や拷問部屋などが展示されていた。

 コミティ監督たちは、パーキスターン軍の計らいによって、印パを結ぶティートワール橋の撮影も許可される。管理ライン(LoC)上に架かるこの橋では、平和なときには印パ間での市民の往き来が行われている。

 パーキスターン政府に見せられたものを完全に信じているわけではないが、インドでは軟禁された挙げ句強制送還され、パーキスターンでは歓待されたこともあって、全体的にパーキスターン寄りの内容になっている。このドキュメンタリー映画を観た者は、誰しもがインドの横暴に批判的になるだろう。ただ、コミティ監督も映画の中で語っているが、この紛争においてもっとも犠牲になっているのはカシュミール地方の一般市民であり、その不幸を終わらせるためには、印パ両国のイニシアチブが必要であるとの主張が感じられた。

 ちなみに、映画の中でビートルズがシュリーナガルのダル湖を訪れたことがあると語られていたが、これは誤りである。彼らが訪れたのはリシケーシュであって、シュリーナガルは訪れていない。ポール・マッカートニーが岸辺で水に手を入れている映像が使われていたが、これはリシケーシュで撮影されたものだ。

 「Kashmir: War in Paradise」は、ドキュメンタリー映画としてまとまりがある作品ではなかったが、カメラがなかなか入れない場所にも果敢に潜入し、生の姿を捉えているため、カシュミール地方の現状を知るための資料としては価値がある。もっと印パそしてカシュミール人の視点のバランスが取れているとさらに良かったのだが、パーキスターン寄りの映画であることを念頭に観れば一定の参考になるだろう。