インドで最も人気のあるスポーツはクリケットである。インドのクリケット熱は「宗教」と呼んで差し支えないほどであり、広大かつ多様なインドをひとつにする唯一の事物とも言える。クリケットは頻繁に映画の題材にもなっており、様々な側面からクリケットが取り上げられて来た。ただ、昔からクリケットがここまで人気だった訳ではない。元々インドで一番人気のスポーツはホッケーだった。だが、1983年にクリケットのインド代表がワールドカップで初優勝したことで、落ち目だったホッケーに代わってクリケットの天下となった歴史がある。
2019年9月20日公開のヒンディー語映画「The Zoya Factor」は、クリケットが主題のロマンス映画である。監督は「Tere Bin Laden」(2010年)のアビシェーク・シャルマー。主演はソーナム・カプールとドゥルカール・サルマーン。ドゥルカールは、マラヤーラム語映画界のスーパースター、マンムーティーの息子である。他に、サンジャイ・カプール、アンガド・ベーディー、スィカンダル・ケール、マヌ・リシ、コーエル・プリーなどが出演している。また、ソーナム・カプールの父親アニル・カプールが特別出演している他、シャールク・カーンがナレーションを務めている。
ゾーヤー(ソーナム・カプール)は、インドがワールドカップで初優勝した1983年6月25日に生まれた。ゾーヤーは、クリケットの試合で勝利を呼び込む幸運の女神であった。ゾーヤーのおかげで、父親(サンジャイ・カプール)や兄ゾーラーワル(スィカンダル・ケール)は草クリケットで負けなしだった。だが、自身はアンラッキーであり、広告代理店でもお荷物扱いで、上司のモニカ(コーエル・プリー)からは干されていた。 ゾーヤーは、クリケットのインド代表チームの広告制作担当となり、スリランカでキャプテンのニキル・コーダーと知り合いになる。ニキルは、インドクリケット委員会の委員、ジョーグパール(マヌ・リシ)の息子ロビン(アンガド・ベーディー)に代わってキャプテンを務めていたが、ここのところ負け続きだった。他の代表選手もすっかり自信を失っていた。だが、ゾーヤーが幸運の女神であることを知って、藁にもすがる思いで彼女と朝食を一緒に取る。 すると、インド代表は強運に恵まれることになり、スリランカでの国際試合で連勝する。だが、ニキルは、地道な練習による勝利を信じており、幸運をもたらすというゾーヤーの存在はチームにとって有害だと考えた。ニキルはゾーヤーをインドに帰す。すると、インド代表は試合で敗北してしまう。 帰国後、ニキルはゾーヤーに会いに行き謝罪する。2人はデートを重ねるようになり、恋仲になる。一方、ジョーグパールはゾーヤーのことを知り、彼女をラッキーマスコットとして正式採用することを考える。だが、ニキルと恋仲になっていたゾーヤーは、そのオファーを断る。ジョーグパールとロビンは一計を案じ、ゾーヤーの務める広告代理店に広告制作を任せ、ゾーヤーを担当者に指名する。ゾーヤーは、ワールドカップにインド代表と共に帯同することになった。 ゾーヤーの存在はインド中に知れ渡ることになった。彼女がクリケット代表と一緒に朝食を食べ、試合を観戦すると、必ず奇跡が起こり、インドが勝利した。人々はゾーヤーを女神として扱い始めた。全ての勝利はゾーヤーのおかげと考えられるようになった。面白くないのはニキルである。また、ニキルを追い落としたいロビンは、ニキルがゾーヤーの幸運を独占するために彼女を騙して恋人の振りをしているとゾーヤーの吹き込む。ニキルとゾーヤーは仲違いする。ゾーヤーは、ニキルに自分の力を思い知らせるため、インドクリケット委員会と正式にラッキーマスコットとして契約をする。インド代表は連勝に連勝を重ねるようになった。 インド代表は決勝戦まで辿り着いた。だが、事が大袈裟になり過ぎたことを自覚したゾーヤーは、一方的に契約を破棄し、ラッキーマスコットを辞退する。インド国民は一転してゾーヤーを売国奴として糾弾する。だが、ニキルはチームを奮い立たせ、試合に臨む。途中でロビンがわざと負けようとするが、ニキルは彼をアウトにして、試合を取り戻そうとする。勝敗は最後の最後までもつれこみ、インドは辛勝する。こうして、運ではなく、地道な練習によって勝利する意識がインド代表に戻ったのであった。ニキルはゾーヤーにプロポーズし、2人は結婚する。
クリケットとロマンスをうまくミックスしたラブコメ映画だった。インドがワールドカップ初優勝した瞬間に生まれた主人公ゾーヤーは、クリケットの幸運の女神であり、彼女の応援を受けたチームは必ず勝利した。その力はインド代表の勝利にも活用されるようになったが、キャプテンのニキルは迷信を信じておらず、チームメイトが運のみに頼るようになって練習をしなくなるのを恐れていた。その一方でニキルとゾーヤーは恋仲となる。また、ニキルのライバル、ロビンは、前のキャプテンであり、何とかしてニキルを失脚させて自分が再びキャプテンに返り咲こうとしていた。彼は、ゾーヤーをチームに呼び込むことで、勝利を全てゾーヤーのおかげとし、ニキルの存在感を低下させようと目論んでいた。これらキャラクターの配置はよく考えられており、よくできた脚本だった。
主演のソーナム・カプールは、美人だが演技が安定しない女優である。よって、彼女の起用法は難しいのだが、「The Zoya Factor」で演じたゾーヤーは、ソーナムにピッタリの役だった。幸運の女神にふさわしい容姿をしている一方で、自身はアンラッキーであり、その二面性をよく表現することができていた。キャスティングの妙である。
ニキルを演じたドゥルカール・サルマーンは、マラヤーラム語映画を中心に活躍している男優で、ヒンディー語映画には「Karwaan」(2018年)でデビューした。ヒンディー語映画界のスター女優であるソーナムの相手役であったが、全く怯むことなく堂々と演技をしていた。さすがの貫禄であった。
純粋なスポーツ映画ではないので、クリケットの試合シーンがメインではなかったが、多すぎず、少なすぎず、それでいて緊迫感のある描写がされており、監督の巧さを感じた。クリケット映画として見ても悪くない作品である。
試合を決するのに運が重要な要素であるかのように始まった物語だったが、結末は正反対であり、運に頼らず、地道な練習を積み重ねた上での実力を信じて試合を戦うことの大切さが説かれていた。
「The Zoya Factor」は、クリケットとロマンスの絶妙な融合を実現した優れたラブコメ映画である。すぐに迷信に頼るインド人の悪い癖がよくストーリーに組み込まれていて面白い。ロマンス部分もきれいにまとまっている。観て損はない映画である。