Dream Girl

4.0
Dream Girl
「Dream Girl」

 2010年代のヒンディー語映画界を彩った女優というと、カトリーナ・カイフ、ディーピカーパードゥコーン、カンガナー・ラーナーウト、アヌシュカー・シャルマーなどがトップリストに挙げられるが、彼女たちも30代となっている。アーリヤー・バットが一番若くて、まだ20代である。そんな彼女たちと同世代で、そこまで目立った活躍はしていないながらも、確かな演技力を持ち、スターのオーラを放っているのが、ヌスラト・バルチャーだ。2019年9月13日公開の「Dream Girl」も彼女の主演作であり、ヒットにもなっている。

 監督は新人のラージ・シャーンディリヤー。著名なコメディアン、カピル・シャルマーの台本を書いていた経歴を持っている。ヌスラト・バルチャーと共演するのは、やはり演技力に定評のあるアーユシュマーン・クラーナー。他に、アンヌー・カプール、マンジョート・スィン、ラージェーシュ・シャルマー、ヴィジャイ・ラーズ、アビシェーク・バナルジー、ニディ・ビシュトなどである。また、映画中には使用されていないのだが、プロモーション用のダンスソング「Dhagala Lagali」でリテーシュ・デーシュムクが特別出演している。

 舞台はウッタル・プラデーシュ州の聖地マトゥラー。カラム(アーユシュマーン・クラーナー)は、祭祀用品店を経営する父親ジャグジート(アンヌー・カプール)と暮らす、求職中の青年であった。カラムはある日、マーヒー(ヌスラト・バルチャー)と出会い、恋に落ちる。マーヒーも満更ではなく、二人は婚約する。

 カラムは女性の声を出す特技を持っており、それを活かして、電話デートのコールセンターに務め始める。そこで「プージャー」を名乗って男性たちと会話をする内に大人気となってしまう。プージャーの顧客には、詩人警察官ラージパール(ヴィジャイ・ラーズ)、3人の男性に振られて男性不信となった女性ローマー(ニディ・ビシュト)、チンピラのトートーなどがいた。しかも、マーヒーの兄マヒーンダル(アビシェーク・バナルジー)や、あろうことか、父親のジャグジートまでプージャーの虜となってしまう。カラムはコールセンターの仕事を辞めようとするが、プージャーの人気を見たボスのマウジー(ラージェーシュ・シャルマー)は、彼を脅して辞めさせない。その内、マーヒーにも正体がばれそうになる。 

 とてもきれいにまとまったコメディー映画だった。ロマンス映画の要素は希薄で、ヒロインであるヌスラト・バルチャーの出演シーンや見せ場は思いのほか少なかったが、安定のアーユシュマーン・クラーナーが今回も魅せてくれた。小さな町の小さな騒動を描いた作品であったが、最後は現代人の孤独を指摘して、大きく終わった。安心して楽しめる映画である。

 笑いの要点は何と言ってもアーユシュマーン演じるカラムがなりすますプージャーである。プージャーと電話で会話したたけで彼女に恋してしまった男たちがたくさんおり(女も1人いる)、彼らの人生はバラ色に変わる。急に派手になったり、若作りし出したり、挙げ句の果てにカラムの父親は、プージャーをイスラーム教徒だと思い込み、自身がイスラーム教徒に改宗してしまう。

 嘘を付いて何かが動き出したとき、インド映画では、必ずその嘘を告白するシーンがやって来る。カラムも終盤で遂に皆の前でプージャーの正体を明かすことになる。ひとつ間違えればリンチとなるところだったが、マーヒーの支えもあり、丸く収まる。気持ちよくストーリーを切り上げることに成功していた。

 映画の舞台となっているのは、クリシュナの生誕地として知られるマトゥラーであり、その中でもゴークルといえば、クリシュナが幼年期を過ごした場所とされる。モテモテのクリシュナはゴーピー(牧女)たちと戯れるが、カラムがプージャーになりすますことで、多くの男性たちからモテモテになる様子と重ね合わせられていた。また、1人の女性がたくさんの男性と同時に関係を持つ様子は、インド神話に登場するドラウパディーにもなぞらえられていた。ドラウパディーは、パーンダヴァの五兄弟の共通の妻となったのだった。

 過去の映画のオマージュもいくつか散りばめられていた。カラムの父親ジャグジートが若作りをしてカラムの前に登場したシーンで流れるのは不朽の名作ロマンス映画「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)であるし、プージャーがイスラーム教徒であると知って落ち込んでいるときに流れるのは「Hum Dil De Chuke Sanam」(1999年)だ。また、ジャグジートという名前は、ガザル歌手ジャグジート・スィンから取られていることは明白である。1985年生まれのラージ・シャーンディリヤー監督の思い出のメロディーが使われているようであった。また、「Dream Girl」という題名は、往年の女優ヘーマー・マーリニーの1977年の代表作と同じであるし、ヘーマーの愛称にもなっている。

 「Dream Gril」は、女性の声を出す特技を持つ青年カラムが、電話デートのコールセンターでプージャーという女性になりすまして働き出したことで起こる騒動を描いたドタバタコメディー映画である。無駄のない脚本をきれいにまとめあげた作品で、インド本国では大ヒットとなった。まとまり過ぎていて面白味がないともいえるのだが、気軽に楽しめる映画であることには変わりがない。