「Bebaak(反抗)」は、2019年にスペインで開催されたインド映画祭にて5月23日にプレミア上映された作品だ。その後、同年に日本で開催されたショートショート フィルムフェスティバル&アジアでも上映されている。その際には「無風になびく髪」という邦題が付けられた。20分弱の短編映画である。
監督はシャズィヤー・イクバール。「Bebaak」は、彼女が自身の経験にもとづいて作った作品だという。アヌラーグ・カシヤプがプロデューサーを務めている。キャストは、サラー・ハーシュミー、ナワーズッディーン・スィッディーキー、ヴィピン・シャルマー、シーバー・チャッダーなどである。
舞台はムンバイー。ファーティーン(サラー・ハーシュミー)は貧しいイスラーム教徒の家庭で生まれ育った女性だったが、勉学に秀で、大学で建築学を学んでいた。録音スタジオで働く父親(ヴィピン・シャルマー)は、彼女が学業を続けるためには奨学金が必要だと考え、奨学金を出している宗教基金に彼女を連れて行き、奨学金のための面接を受けさせる。面接官のニヤーズ・シェーク(ナワーズッディーン・スィッディーキー)は、ファーティーンの学業成績には感心したものの、彼女の服装が宗教的に適切ではないと指摘する。ニヤーズは彼女に、翌日ヒジャーブをかぶって出直すように言う。 学業を続けたかったファーティーンは、体を覆う服とヒジャーブを買い、再び基金の事務所を訪れる。すっかりイスラーム教徒女性らしい外見になったファーティーンを見てニヤーズは喜び、小切手が準備できるまで待つように指示する。待っている間、ファーティーンは基金が運営する学校で学ぶ少女の視線を感じ、小切手を受け取らずに事務所を後にする。
現代的な価値観や学業を続けたいという気持ちと、保守的なイスラーム教の価値観との間で板挟みになるイスラーム教徒女性の苦悩を端的に描写した作品であった。
主人公のファーティーンは大学で建築学を学び、将来はエンジニアになりたいと考えていた。彼女はイスラーム教徒ではあったが、それほど信心深いわけでもなく、自由を重視するモダンな女性だった。ところが彼女の家庭は貧しく、奨学金を得なければ学業を続けられなかった。そこで彼女は父親と共に宗教団体の基金が出している奨学金の面接を受けに行く。面接では学業成績の他に信心深さもテストされ、ファーティーンは、肌の露出のない服を着て、頭をヒジャーブで覆わなければ奨学金が得られないというジレンマに陥る。勉学を続けたかったファーティーンは仕方なくヒジャーブと長袖の服を購入し、再び事務所を訪れる。
しかし、彼女はその基金が運営する学校で出会った少女の視線を感じる。彼女たちもファーティーンと同じく宗教によって抑圧されていた。ヒジャーブで頭を覆わずに事務所を訪れたファーティーンを見て、彼女は少女たちの憧れの的になった。少女たちもファーティーンのように自由を欲していたのである。だが、今日のファーティーンは、他の敬虔なイスラーム教徒女性たちと同様にヒジャーブで頭を覆い、抑圧に屈していた。少女の失望した視線を感じ取ったファーティーンは、奨学金を受け取らずに事務所を後にする。
果たしてファーティーンがその後どうなったのか、この短編映画は提示していない。普通に考えたら、奨学金がもらえなかったことで大学の授業料が払えなくなり、退学となったはずである。ただ、家族内の会話で他にも金策の余地はありそうだったので、もしかしたら別の手段を採ったのかもしれない。どちらにしろ、ファーティーンにとって、ヒジャーブを着用して奨学金を受け取ることは妥協でしかなかったし、何より、次世代を担うイスラーム教徒女性たちの手本にならなかった。ファーティーンは意志の強い女性として描かれていた。きっと、自力で難局を乗り越えたことだろう。
ナワーズッディーン・スィッディーキーをはじめとして、実力派の俳優たちが起用されている。主演のサラー・ハーシュミーは「Dil Dhadakne Do」(2015年)などに出演していた女優だが、知名度はまだあまりない。しかしながら、しっかりした演技をしていた。
「Bebaak」は、モダンな価値観を持ったイスラーム教徒女性が現代社会で直面するジレンマを、ヒジャーブの着用を巡るひとつのエピソードに凝縮させて表現した短編映画である。小品ながら現代インドに住むイスラーム教徒女性の横顔がよく見える佳作だ。