706

3.5
706
「706」

 2019年1月11日公開の「706」は、高い演技力を持ちながらメインストリーム映画で脇役に徹している俳優2人が主演を務める上質のホラー・サスペンス映画である。3桁の数字の題名は意味深だが、劇中に出て来るホテルの部屋番号だ。

 監督はシュラヴァン・クマール。過去に「The Advocate」(2013年)と「The Last Don」(2014年)の2作品を撮っているが、ほとんど無名の映画監督だ。主演はアトゥル・クルカルニーとディヴィヤー・ダッター。他に、モーハン・アーガーシェー、アヌパム・シャーム、ラーヨー・S・バキールター、ヤシュヴィト(子役)などが出演している。

 ムンバイーにある私立病院のオーナー、アニル・アスターナー(モーハン・アーガーシェー)が行方不明になり11日が過ぎていた。事件の捜査にあたるシェーカーワト警視(アトゥル・クルカルニー)は、アニルの妻スマン(ディヴィヤー・ダッター)を訪れ、進捗を報告する。スマンは夫が経営する病院の院長を務めていた。

 夫が行方不明になって以来、スマンは出勤していなかったが、いつまでも埒が明かないため、久々に登院する。そこで彼女はニーラジ(ヤシュヴィト)という少年を診察する。ニーラジは時々激しい発作を起こし、おかしなことを口走ったため、入院していた。だが、あらゆるテストを行ったが異常は感知されなかった。ニーラジはスマンを見た瞬間、彼女の全てを知っていると語り出す。そして、アニルの居所まで口にする。ニーラジ曰く、アニルは既に死んでおり、ローナーヴァラー近郊の車の中に遺体があるとのことだった。連絡を受けたシェーカーワト警視は半信半疑のままニーラジの言う場所を捜索する。すると、本当にアニルの自動車が見つかり、中には彼の遺体が横たわっていた。

 シェーカーワト警視はニーラジがなぜアニルの遺体の場所を正確に言い当てられたのか調べ始める。ニーラジはシェーカーワト警視のことも知っていた。そして、3年前に彼がヴァーラーナスィーで殺した女性スニーターのことも知っていた。シェーカーワト警視は驚愕する。

 スニーターはシェーカーワト警視の不倫相手だった。だが、スニーターが妊娠したため、シェーカーワト警視は彼女を殺し、ガンガー河の辺に埋めた。それ以来、スニーターの亡霊に悩まされることになったため、彼は呪術師のバーバー(アヌパム・シャーム)からお守りを授かり、それを肌身離さず持ち歩いていた。

 シェーカーワト警視はすぐにヴァーラーナスィーに住むバーバーに連絡する。バーバーは、ニーラジにはピシャーチ(悪鬼)が取り憑いていると言う。この世に未練を持って死んだ霊魂は悪鬼となってこの世に留まり続けるとのことだった。

 シェーカーワト警視はそのピシャーチの謎を追い始める。ニーラジは両親と共にアハマダーバードからムンバイーに来ており、入院する前はメーグドゥート・ホテルの706号室に滞在していた。シェーカーワト警視は、数ヶ月前にその部屋でラーフル・ボーラー(ラーヨー・S・バキールター)という青年が自殺したことを突き止める。ニーラジに取り憑いているのはラーフルの悪鬼であった。また、ラーフルは死ぬ直前までスマンの患者だったことも分かる。ラーフルは失恋して自殺未遂を繰り返すようになっており、入院していた。

 シェーカーワト警視はヴァーラーナスィーに飛び、バーバーに会う。バーバーは、ラーフルの悪鬼がスマンを殺そうとしていると同時に、スニーターの悪鬼がシェーカーワト警視を殺そうとしていると告げる。だが、シェーカーワト警視はお守りを持っていたため、亡霊から殺されずに済んでいた。スマンを助けるためには、ニーラジに取り憑いた悪鬼を取り除くか、ニーラジを殺すしかなかった。

 ムンバイーに戻ったシェーカーワト警視はスマンを呼び出して今回の事態の全貌を話す。スマンが明かしたところでは、彼女はラーフルのカウンセリングをしている内に彼と不倫関係になってしまった。ある時点で彼女は関係を清算しようとするが、ラーフルはスマンを離そうとしなかった。そこで彼女は彼にとって毒になる薬を飲ませて彼の精神を崩壊させ、自殺に追い込んだのだった。シェーカーワト警視は、ニーラジを殺すようにスマンに言う。スマンは、シェーカーワト警視からお守りを借り、ニーラジをメーグドゥート・ホテル706号室に運ぶ。そこで彼女は自殺をする。また、シェーカーワト警視のところにはスニーターの悪鬼が現れる。

 ほとんど話題になっていない映画だが、アトゥル・クルカルニーとディヴィヤー・ダッターの演技が素晴らしく、途中までは非常に面白かった。行方不明になった夫を持つ女医、全てを見通す少年、そして過去にトラウマを残す警察官。複数のサスペンスが見事に絡み合って、先が気になって仕方が無い緊迫感ある映画になっていた。

 惜しむらくは最後のまとめをきっちりとしていなかったことだ。スマンがラーフルの自殺に何かしら関係していたことは中盤くらいから容易に予想ができる。自殺願望のあるラーフルのカウンセリングをしている内にスマンはラーフルと不倫関係になってしまったという展開は分かりやすすぎる。しかしながら、ラーフルが取り憑いたニーラジの前でスマンがあっけなく自殺してしまうのは若干急展開すぎた。彼女もやはりラーフルを愛していたのだろうか。さらに、その後、ニーラジが正常に戻ったのかどうかは明らかにされていない。また、死ぬつもりだったのになぜシェーカーワト警視からお守りを借りたのか、この点もはっきりと説明されていなかった。

 シェーカーワト警視も過去に愛人スニーターを殺しており、その亡霊に悩まされていた。そのお守りは、スニーターの怨念から彼を守っていた。それをシェーカーワト警視から借り受けたことで、結果的にスマンは、シェーカーワト警視を無防備な状態にし、スニーターの復讐を手助けすることになった。これが自発的かつ偶発的なものだったのか、それともスニーターの亡霊が何かしらスマンに働きかけてそうさせていたのか、この点もはっきりしなかった。この辺りを関連付けさせられると、映画がもっとグッと引き締まったと思う。

 さらに、アニルの死についても今回の事件と何らかの関係がありそうなのだが、これも解決されずにエンディングを迎えていた。もしかしたら本当に事故なのかもしれないが、ラーフルの亡霊が殺したという線と、スマンが殺したという線のふたつが考えられる。

 それでも、序盤から中盤にかけてのストーリーテーリングが秀逸であり、ベテラン俳優たちも高い集中力と共に演技をしていて、非常に質の高いサスペンス映画に仕上がっていた。特にディヴィヤー・ダッターの表情の作り方が素晴らしかった。無表情なポーカーフェイスの中に、ピンポイントで感情を入れ込み、奥行きのある演技をしていた。ディヴィヤー・ダッターといえば名脇役女優として知られているが、もっと高く評価されていい女優である。

 「706」は、地味ながら高品質のサスペンス映画である。ホラーの要素もあるが、謎が解決されていくのを楽しむサスペンス映画としての性格の方が強い。普段は地味な役を演じることの多いアトゥル・クルカルニーとディヴィヤー・ダッターが主演として存分に演技を見せているのが特筆すべきである。