Petta (Tamil)

3.5
Petta

 2019年1月10日公開のタミル語映画「Petta」は、タミル語映画界のスーパースター、ラジニカーント主演のアクション映画である。題名の「Petta」とは、ラジニカーントが演じるキャラクターの名前である。劇中ではペッタヴェーラン神から取られた名前だとされていたが、そのような神様が実在するかどうかは確認できなかった。

 監督はカールティク・スッバラージ。タミル語映画界で活躍する映画監督で、過去にホラー映画「Pizza」(2012年)や「Jigarthanda」(2014年)などのヒット作を送り出している。彼がラジニカーント主演作を撮るのは初めてである。

 主演はもちろんラジニカーント。悪役に、ヒンディー語映画界の演技派男優ナワーズッディーン・スィッディーキーが起用されている。他に、ヴィジャイ・セートゥパティ、スィムラン、トリシャー、シャシクマール、ボビー・スィンハー、サナント、メーガー・アーカーシュ、マーラヴィカー・モーハナン、ヴェッタイ・ムトゥクマール、ラームダースなどが出演している。また、ヴァイバヴ・レッディーがダンスシーン「Aaha Kalyanam」で特別出演している。

 タミル・ナードゥ州山間の町ウーティーにあるセント・ウッズ大学の男子寮に新たな寮監カーリ(ラジニカーント)が着任した。この男子寮は、マフィアの息子マイケル(ボビー・スィンハー)とその仲間たちによって支配されており、新入生いじめが行われていた。また、マイケルの父親が食堂の業者を請け負っていたが、まずい食事しか出していなかった。無敵の強さを誇るカーリはそれらをひとつひとつ解決して行く。

 寮生の一人アンワル(サナント)は、オーストラリアからやって来た学生で、同じ大学に通うアヌ(メーガー・アーカーシュ)と恋仲にあった。だが、キャンパスではマイケルによるカップル取り締まりが行われていた。カーリはそれにも介入し、アンワルとアヌを助けると同時に、マイケルたちを停学処分に持ち込む。

 マイケルはカーリに復讐しようとし、仲間たちと夜中に寮に忍び込むが、そこには別の団体が潜入していた。カーリは寮生たちを守りながら、刺客を撃退する。彼らの目的はアンワルであった。

 実は、アンワルの母親プーンゴーディ(マーラヴィカー・モーハナン)とカーリは旧知の仲だった。カーリの本名はペッタといい、マフィアのドン、マーリク(シャシクマール)の舎弟であった。ペッタにはサラスワティー(トリシャー)という妻と、チンナーという息子がいた。プーンゴーディは敵対マフィアの娘であったが、マーリクは彼女と結婚し、プーンゴーディはアンワルを身籠もる。しかし、プーンゴーディの2人の兄、スィンガール(ナワーズッディーン・スィッディーキー)とデーヴァーラム(ヴェッタイ・ムトゥクマール)はその結婚を認めず、父親を殺害する。ペッタはデーヴァーラムを殺し、スィンガールを追い払う。スィンガールは北インドに逃げるが、プーンゴーディのベイビーシャワーの日に帰ってきて、マーリク、サラスワティー、チンナーたちを爆殺する。ペッタはプーンゴーディと一緒に逃げるが、途中で産気づいたプーンゴーディはアンワルを産む。ペッタはプーンゴーディとアンワルを安全のためにオーストラリアに逃した。

 北インドで政治家になっていたスィンガールは、アンワルがインドに戻ってきたことを知り、彼を殺そうと刺客を送り込んだのだった。その一方で、ペッタもアンワルを守るために、彼が入寮した寮の寮監になっていたのだった。

 ペッタは武器を持ち、アンワルを連れて北インドに乗り込み、スィンガールと対峙する。スィンガールには2人の息子がいた。長男のジトゥ(ヴィジャイ・セートゥパティ)と次男のアルジトであった。ペッタは、アンワルを囮に使ってジトゥをおびき出すが、ジトゥが実は自分の息子であることに気付き、彼を味方に付ける。そしてスィンガールに復讐を果たすが、最後に実はジトゥは自分の息子ではないと明かす。

 ラジニカーント・ファンがラジニカーント映画に期待するものを詰め込んだ、典型的なラジニカーント映画であった。一介の寮監ながら、空手の達人で囚人になった経験もあるという謎の多い男カーリをラジニカーントが演じ、やがて彼の正体が明らかになっていく。最強の一般人という役柄はラジニカーントが好んで演じるものである。

 ただ、カールティク・スッバラージ監督はどんでん返しで知られる映画監督である。この「Petta」にも衝撃のラストが用意されている。そのどんでん返しに中心になるのが、悪役スィンガールの「息子」ジトゥである。スィンガールに復讐を果たすために北インドに乗り込んだペッタは、アンワルの刺客として現れたジトゥを見て、自分の息子だと考える。そして彼に、スィンガールは実の父親ではなく、自分が父親だと言う。ペッタの息子チンナーはスィンガールによって爆死させられていたはずだが、実は生きており、スィンガールによって復讐の道具として育てられていたのだった。それを聞いたジトゥは、スィンガールから蔑ろにされていたこともあって、ペッタの言葉を信じ、スィンガールを裏切る。ところが、スィンガールが死んだ後、ペッタはジトゥに、スィンガールが実の父親だと明かすのである。

 「私はお前の父親だ」という台詞は、「スター・ウォーズ エピソード5 帝国の逆襲」(1980年)であまりにも有名である。ペッタは、スィンガールへの復讐を果たす上で、死んだと思っていた息子との再会も果たし、気持ちよくエンディングを迎えるかと思われた矢先、上記のどんでん返しがある。これがなければ、暴力的ではあるものの、一応、後味のいい映画で終わっていたのだが、この真相の暴露があることで、観客は複雑な気分に襲われる。「Petta」はヒットしたものの、賛否両論とされているが、その要因の大部分はこの意外すぎるエンディングから来るものであろう。敢えて好意的に評価するならば、スッバラージ監督によるお決まりのエンディングへの強烈なアンチテーゼといったところだろう。ラジニカーントを使って、「俺の映画は最後の最後まで気が抜けないぜ」というメッセージを観客に送っているといえる。いつものラジニカーント映画と思っていたら、最後にひっくり返されるのである。かなりラディカルな仕掛けをする監督だ。

 ただ、エンディングまで持って行くための理論武装は完璧ではない。ジトゥを騙すにしても、DNAテストや過去の写真など、スィンガールがジトゥを実の息子と証明するための動かぬ証拠を出してくる可能性はあったわけで、そこはペッタがコントロールできない部分でもあった。それにもかかわらず、あまりにペッタの思惑通りに事が進み、ジトゥがあっさりと寝返ったことに無理を感じる。

 ラジニカーント映画にはありがちなことだが、冒頭のダンスシーン「Marana Mass」で「人々の平等」が威勢良く歌われていた割には、スーパースター、ラジニカーント演じるペッタが圧倒的な強者として描かれていた上に、執拗なタミル中心主義も気になった。悪役として描かれていたスィンガールは、タミル人であるものの、北インドを拠点に政治家として成り上がった人物であり、北インドを象徴している。また、彼が所属する政党は、明らかに北インドを主な支持基盤とするインド人民党(BJP)を意識している。悪役の台詞の端々にはヒンディー語が交ぜられ、北vs南、ヒンディー語vsタミル語の対立構造が刷り込まれている。「どこでもタミル人が助けてくれる」という台詞もあり、タミル人同士の団結を呼び掛けている。「Petta」には「インド人」という意識は希薄で、どこまで行っても「タミル、タミル、タミル」である。タミル語映画がインド全土を市場にしようと思ったら、そしてタミル語映画界のスターを汎インド的スターに押し上げようとするならば、このタミル中心主義はいつか放棄しなければならないだろう。

 「Petta」は、意外性のある脚本で知られるカールティク・スッバラージ監督が初めて撮ったラジニカーント映画である。ラジニカーント・ファンの期待に応えるアクション映画ではあるが、スッバラージ監督らしいどんでん返しが最後の最後に用意されており、賛否を呼んでいる。ヒンディー語映画ファンの視点から観ると、行き過ぎたタミル中心主義が気になる映画でもある。典型的なラジニカーント映画として純粋に楽しめる映画だが、物議を醸す映画でもある。