ウッタル・プラデーシュ州のヴァーラーナスィーは、ヒンドゥー教最大の聖地のひとつであり、外国人観光客にも人気の街だ。ガンジス河沿いに沐浴場が並び、下流には火葬場がある。「バナーラス」、「ベナレス」ともいうが、古名を「カーシー」という。また、ガンジス河は現地では「ガンガー」と呼ばれる。
2018年10月26日公開の「Kaashi in Search of Ganga」は、その題名の通り、ヴァーラーナスィーを舞台にしたサスペンス映画である。主人公の名前もカーシーといい、行方不明になった妹ガンガーを探すというプロットである。
監督はボージプリー語映画で身を立てたディーラジ・クマール。主演はシャルマン・ジョーシー。ヒロインは南インド映画女優のアイシュワリヤー・デーヴァーンで、彼女にとってはヒンディー語映画デビュー作となる。他に、プリヤンカー・スィン、ゴーヴィンド・ナームデーヴ、クラーンティ・プラカーシュ・ジャー、マノージ・ジョーシー、アキレーンドラ・ミシュラー、マノージ・パーワー、パリトーシュ・トリパーティーなどが出演している。
舞台はヴァーラーナスィー。火葬場で遺体の火葬を生業とするドーム・カーストのカーシー・チャウダリー(シャルマン・ジョーシー)は、両親および大学生の妹ガンガー(プリヤンカー・スィン)と共に暮らしていた。ホーリーの日、カーシーは女性ジャーナリストのデーヴィーナー(アイシュワリヤー・デーヴァーン)と出会い、やがて恋に落ちる。 ある日、ガンガーが大学から帰って来ず、行方不明となる。カーシーとデーヴィーナーは大学に行くが、ガンガーという名の女性は籍を置いていないといわれる。カーシーは、彼と対立していたバビーナー(クラーンティ・プラカーシュ・ジャー)の仕業だと考え、彼に暴行を加えるが、バビーナーもガンガーの行方は知らなかった。 だが、ガンガーの友人シュルティから重要な情報を得る。ガンガーは、同じ大学に通うアビマンニュと恋仲にあり、妊娠したことが分かるが、その直後、行方が分からなくなったという。アビマンニュは政治家バルワント・パーンデーイ(ゴーヴィンド・ナームデーヴ)の息子だった。カーシーはアビマンニュを探して家まで行くが、バルワントは、アビマンニュはマスーリーにいると答える。そこでカーシーとデーヴィーナーはマスーリーへ行く。カーシーはアビマンニュを見つけ、ガンガーの行方を問いただすが、アビマンニュはガンガーなど知らないという。怒ったカーシーはアビマンニュを上階から突き落として殺してしまう。 ガンガーの遺体が見つかったとの報を受け、カーシーとデーヴィーナーはヴァーラーナスィーに戻る。遺体は判別不可能な状態だったが、デーヴィーナーがガンガーに贈った服を着ていた。カーシーはガンガーの遺体を荼毘に付す。そして、アビマンニュ殺害の容疑で逮捕され、裁判所に出廷する。 カーシーは、アビマンニュ殺害を否認する。カーシーの弁護士(マノージ・ジョーシー)は敏腕で、カーシーがアビマンニュを突き落としたところを目撃した人物がいない事実を利用して、カーシーの無罪を立証しようとする。それに対して検察側弁護士(アキレーンドラ・ミシュラー)は、カーシーが精神疾患を抱えていることを証明しようとする。彼は、ガンガーや両親は存在しないと言い出す。確かに両親は家にいなかった。 カーシーは、友人などの証言によって両親やガンガーが存在したことを証明しようとするが、様々な証拠から、カーシーは幻を見ていたことが証明されていく。遂に激昂したカーシーは裁判所で銃を奪ってバルワントを射殺する。カーシーは精神病患者収容所に入れられる。 実は、カーシーが精神疾患を抱えていたのは真実だった。バルワントに父親と兄を殺されたデーヴィーナーは、カーシーを使って復讐をしようとしたのだった。だが、カーシーと一緒に過ごす内に彼女は彼に本当に恋してしまっていた。デーヴィーナーは収容所にカーシーを訪ね、真実を明かす。だが、カーシーはスプーンを尖らせて凶器を用意しており、デーヴィーナーを刺し殺す。
行方不明になった妹のガンガーを探す兄カーシーの物語と聞いただけで何となく想像できることがある。上述の通り、「カーシー」とはヴァーラーナスィーのことであり、ヴァーラーナスィーのすぐそばを流れるのがガンジス河、つまりガンガーである。ヴァーラーナスィーがガンガーを見失ったということは、汚染が深刻な問題となっているガンガーが本来の聖性を失ったということである。ガンガーを探すカーシーの物語に、ガンジス河の窮状が重ね合わされた作品なのだろうと予想して見始めた。
ところが、映画は全く違った展開をした。ガンガーは存在せず、カーシーの幻覚だったのである。幼い頃に両親と妹を伝染病で失ったカーシーは、その精神的ショックから、両親と妹の幻覚を見るようになったのだった。カーシーとで出会い、彼の問題をいち早く察知したデーヴィーナーは、彼のその疾患を利用して、父親の仇であるバルワントに復讐を果たそうとしたのだった。
デーヴィーナーの策略通りに動き、バルワントの息子アビマンニュを殺したカーシーは警察に逮捕され、裁判が開かれる。カーシーは容疑を否認する。カーシーがアビマンニュを突き落としたところを見ていた目撃者がいなかったことで彼の有罪の立証が難しくなった検察側弁護士は、代わりにカーシーが精神疾患を抱えていることを立証しようとする。それを見たときはなんとお粗末な展開かと思ったが、なんと本当にカーシーは幻覚症状を発症していた。彼に嘘を吹き込んでいたのはデーヴィーナーの方だったのである。
論理的に細かい部分を見ていくと無理がある脚本だが、それをものともせず堂々と一本の映画を完成させたところには、ボージプリー語映画譲りのエネルギーを感じる。またにはこういう猪突猛進型の映画があってもいいだろう。
主演のシャルマン・ジョーシーは、「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)や「Ferrari Ki Sawaari」(2012年/邦題:フェラーリの運ぶ夢)など、好青年役でお馴染みの俳優である。だが、「War… Chhod Na Yaar」(2013年)辺りから従来のイメージの払拭に乗り出しており、シリアスな役にも挑戦するようになった。「Kaashi in Search of Ganga」も、沸点の低い精神病患者役を硬派に演じ切った。
ヒロインのアイシュワリヤー・デーヴァーンはケーララ州生まれの女優で、テルグ語映画、タミル語映画、マラヤーラム語映画などに出演してきた。タミル語映画「Anegan」(2015年)でダヌシュと共演し、映画をヒットさせている。ヒンディー語映画のヒロインとしては、あと一歩足りない何かがある。
前半と後半ではガラリと雰囲気が変わる。前半は曲者俳優ゴーヴィンド・ナームデーヴの憎たらしい演技が効いていた。後半の法廷シーンでは、マノージ・パーワー、アキレーンドラ・ミシュラー、マノージ・ジョーシーといった名脇役俳優たちが次々に出演し、映画を引き締める。
カーシーは火葬業に携わるドーム・カーストという設定だった。遺体を扱うドームは不可触民であり、社会の最底辺に位置づけられている。デーヴィーナーの嘘の中で、カーシーの妹ガンガーはアビマンニュと結婚しようとするが、アビマンニュはブラーフマン(バラモン)であり、普通に考えたら二人の結婚は認められない。ドーム・カーストが主人公の映画には、過去に「Masaan」(2015年)があった。
「Kaashi in Search of Ganga」は、ボージプリー語映画で身を立てたディーラジ・クマール監督の作品である。かなり強引なプロットの作品で、そんな馬鹿なと椅子からずり落ちるほどの大どんでん返しがあるが、これはこれで面白い展開であった。荒削りで、一体どうやってまとめるのかハラハラするが、最後にはきちんとまとめられており、感心した。