Dassehra

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 インドには数々のユニークな祭典があるが、例年10月頃に祝われるダシャハラー祭は、悪に対する善の勝利を祝う大祭であり、インド全土で様々な形で祝われる。ヒンディー語映画でもダシャハラー祭を下敷きにして勧善懲悪の映画が作られることはとても多い。

 2018年10月26日公開の「Dassehra」は、その名の通りダシャハラー祭を主題にした勧善懲悪の復讐劇である。また、2010年代のヒンディー語映画に特徴的な、汚職テーマの映画でもある。監督はマニーシュ・ヴァトサーリヤ。主演はニール・ニティン・ムケーシュ。他に、ティナ・デーサーイー、ゴーヴィンド・ナームデーオ、シャラト・サクセーナー、アーリヤ・バッバル、ムラーリー・シャルマーなどが出演している。さらに、マニーシュ・ヴァトサーリヤ監督が悪役で出演している。アイテムソングが2つあり、ヤナ・グプターが「Joganiya」にて、スカーレット・メリッシュ・ウィルソンが「Maee Re」でアイテムガール出演している。

 ウッタル・プラデーシュ州警察のルドラ・プラタープ・スィン・チャウハーン警部(ニール・ニティン・ムケーシュ)は、犯人を問答無用で射殺するエンカウンター・スペシャリストとして知られていた。だが、妻で上司のアディティ警視(ティナ・デーサーイー)はルドラの行動を諫めていた。

 女子大学の寮で、3人の女性と寮監が自殺する事件が起き、ルドラが事件の担当となる。ルドラは殺人事件だと考え、捜査を進める。しかし、プラサーディー・ラール州首相(ゴーヴィンド・ナームデーオ)やその義弟シャンカル(マニーシュ・ヴァトサーリヤ)の妨害が入り、思うように捜査が進まない。だが、事件当日現場に居合わせ、意識を失っていた寮監の娘プージャーが意識を取り戻したことで、プラサーディー州首相とシャンカルが犯行に関与したことが分かる。

 ルドラ警部はルドラ警視の意思を尊重し、シャンカルを殺す機会を得たが殺さなかった。だが、それが仇と也、アディティ警視は殺されてしまう。ルドラ警部はNKシャルマー警視総監(シャラト・サクセーナー)に辞表を提出してプラサーディー州首相とシャンカルに復讐を果たそうとするが、汚職政治家の好き勝手な行動に幻滅していたシャルマー警視総監はそれを受理せず、逆にルドラ警部に協力する。ルドラ警部はダシャハラー祭の日、まずシャンカルを殺し、次にプラサーディー州首相を拉致して首を切断する。

 ヒンディー語映画界では、汚職などで機能不全に陥ったシステムを正すため、2つの道が提示されてきた。ひとつはシステムの中からシステムを正す道、もうひとつはシステムの外からシステムを正す道である。システムの中からシステムを正すとは、警察官、官僚、政治家などになって内側から汚職を撲滅していくことだ。一方、システムの外からシステムを正すとは、超法規的な手段を使って悪の根源を絶つことだ。インドではマハートマー・ガーンディーの影響もあって、正しい目的を達成するためには正しい手段を採らなければならないという価値観が根強いのだが、悪でもって悪を倒す手段も支持されることがある。

 「Dassehra」は後者、つまり、システムの外からシステムを正そうとする警察官の物語であった。主人公のルドラ警部は、いくら犯罪者を捕まえても、有力な政治家などの介入によってすぐに釈放されてしまうため、犯罪者を見つけたら射殺していた。これはインドの専門用語でエンカウンターという。ルドラ警部はエンカウンター・スペシャリストであった。

 だが、妻のアディティ警視は法律の枠内で物事を解決する真っ当な警察官僚であり、すぐに犯人を射殺してしまうルドラを責めていた。ルドラも妻を尊重し、映画が扱う女子大生偽装自殺事件においては、犯人のシャンカルやその黒幕のプラサーディー州首相をすぐには射殺せず、証拠を集めた上で、法の下で裁こうとする。だが、その代償は大きかった。アディティ警視はシャンカルの手下によって殺されてしまうのである。

 結局、ルドラ警部は元のエンカウンター・スペシャリストに戻り、シャンカルとプラサーディー州首相を次々に殺す。興味深かったのは、ルドラ警部が復讐に乗り出す前にシャルマー警視総監に辞表を提出したシーンであった。彼は法律から外れた行為をしようとしたが、ギリギリの範囲で死んだ妻の意思を尊重し、警察官の身分を捨てて敵討ちをしようとしたのである。ところが、汚職政治家から屈辱を受けてきたシャルマー警視総監は以下のサンスクリット語の格言を引き合いに出し、超法規的手段で汚職政治家とその一味を一掃する指令を出す。

अधर्मस्य विनाशकरणे पापं न भवति।
不正の撲滅は罪ではない。

 つまり、不正を正すためには暴力に訴えることも許されるということだ。特に何かの文献に記載されている文ではないようだが、映画のキャッチコピーとして大々的に提示されており、映画の内容とも確かに合致していた。最後は残酷な終わり方をしており、普段はお上品なヒンディー語映画らしくないと感じたため、南インド映画のリメイクかとも考えたが、そうではないようだ。

 「Dassehra」の舞台はウッタル・プラデーシュ州だが、ゴーヴィンド・ナームデーオ演じる悪役プラサーディー・ラール州首相は、1990年から97年までビハール州首相を務めたラールー・プラサード・ヤーダヴに酷似している。

 ニール・ニティン・ムケーシュは今回初めて警察官役を演じ、南インド映画的なアクションスターとしての新たな可能性を模索した。しかしながら、色白で華奢な印象のあるニールをアクションスターとして受け入れるのにはもう少し時間が必要である。彼のために作られた映画なのだろうが、ミスキャスティングに感じた。さらに、ヒロインのティナ・デーサーイーは、「Table No.21」(2013年)などに出演していた女優であるが、彼女についても線が細すぎで、エリート女性警察官役を演じるには荷が重すぎた。また、監督自身が悪役シャンカルとして出演していたが、身長が低く、悪役としての迫力にも欠け、残念ながら作品の質をさらに落としてしまっていた。総じて、キャスティングに難のある映画だった。

 ダンスシーンやアクションシーンからもB級臭がプンプンして、お世辞にも完成度の高い映画とは評価することができなかった。

 「Dassehra」は、ニール・ニティン・ムケーシュが初めて警察官役に挑戦し、アクションスターへの脱皮を模索した作品であるが、マニーシュ・ヴァトサーリヤ監督にそれを支える力量がなく、キャスティングにも失敗し、最初から最後まで低空飛行を続ける映画で終わってしまっている。無理して観なくてもいいだろう。