Doob (Bangladesh)

3.0

 「Doob」はベンガル語で「沈む」という意味で、英語では「No Bed of Roses」という題名を付けられている。これは英語のイディオムで「楽なことばかりではない」という意味だ。インドとバングラデシュの合作であるが、監督はバングラデシュ人であり、舞台もバングラデシュの首都ダッカであるため、ここではバングラデシュ映画の扱いをすることにする。2017年6月25日に上海国際映画祭でプレミア上映され、同年10月27日にインドとバングラデシュで公開された。

 監督はモストファー・サルワール・ファールーキー。「Third Person Singular Number」(2009年)や「Television」(2012年)などの傑作で知られるバングラデシュ人映画監督である。インド人俳優イルファーン・カーンが主演を務める他、ファールーキー監督の妻ヌスラト・イムローズ・ティシャー、ローケーヤー・プラーチー、パルノ・ミトラーなどのバングラデシュ人俳優が出演している。イルファーン・カーンはこの映画のプロデューサーも務めている。

 一説によると、この映画は、バングラデシュで有名な作家・映画監督のフマーユーン・アハマドの人生をモデルにしている。

 舞台はダッカ。ジャーヴェード・ハサン(イルファーン・カーン)は著名な映画監督であった。彼には、駆け落ち結婚した妻マーヤー(ローケーヤー・プラーチー)、娘のサベーリー(ヌスラト・イムローズ・ティシャー)、息子のアヒールがいた。

 ある日、彼がニートゥー(パルノ・ミトラー)という女優と浮気していることが知れてしまう。ニートゥーはサベーリーの幼馴染みでもあり、何かと彼女にライバル心を燃やしていた。マーヤー、サベーリー、アヒールは家を出て行くが、ジャーヴェードも家を出て、彼の仕事場であるナヤンターラー・フィルムシティーの社宅に住むようになる。そして彼はニートゥーと結婚する。それを知ってサベーリーは父親と絶交する。

 ジャーヴェードはサベーリーとの関係を修復しようとするが、彼女は頑として彼を受け入れず、彼を「父親」とは決して呼ばなかった。だが、突然彼は死んでしまう。ニートゥーは妻としてジャーヴェードの遺体を引き取り、彼をフィルムシティーの敷地内に埋葬する。遺体を前に、サベーリーは泣きながら父親に「お父さん」と呼び掛ける。

 非常に詩的な映画であり、重要なシーンがあまり映像で語られず、観客には出来事の断片しか提示されない。よって、観客はそれらを結びつけてストーリーを追わなければならない。知的な活動が要される映画である。それでいて、物語の中心となるのは登場人物の心情の動きであり、それらを感じ取るため、心も十分に開いていなければならない。冗長に感じるシーンも多いが、ラストまで十分に溜めを作って、最後の最後で一気に放出する手法は見事だった。

 映画の核は、ジャーヴェードとサベーリーの父娘関係である。ジャーヴェードはサベーリーの同級生と浮気した上に結婚し、サベーリーから毛嫌いされる。ジャーヴェードは何とかサベーリーとの関係を改善しようと努力するが、サベーリーは絶対に受け入れない。ジャーヴェードは急死してしまうが、それを機にサベーリーの感情が溢れ出る。全てが溢れ出た後、彼女は父親の遺体の前で涙を流し、「お父さん」と呼び掛ける。

 なぜジャーヴェードが死んだのかは明示されない。この映画は万事がこの調子で、重要な事実はほとんど明かされず、観客は展開を予想するしかない。その独特の文法に慣れるのに多少の時間を要するが、慣れると味わいを感じるようになる。しかしながら、難解な映画であることには変わりない。観る人を選ぶ映画であろう。

 イルファーン・カーンはどうもモストファー・サルワール・ファールーキー監督のファンのようで、自らプロデューサーを務めてまで彼の映画に主演した。彼のフィルモグラフィーを見てみるとベンガル語映画出演歴がある。「Doob」の中でも彼の声でベンガル語の台詞が入っていたので、多少はベンガル語の嗜みがあるのかもしれない。ベンガル語映画ながらいつもの通りのイルファーンであり、眼力ある、とぼけた表情での演技は健在であった。

 「Doob」は、ヒンディー語映画界切っての演技派俳優であるイルファーン・カーンがプロデューサー兼主演を務めるインド・バングラデシュ合作映画である。詩的で難解な映画だが、いかにもベンガル人が好みそうな、複雑に絡み合う感情を前面に押し出した味わい深い作品だ。