2016 The End

2.5
2016 The End
「2016 The End」

 2017年10月6日公開の「2016 The End」は、7日後に地球に巨大隕石が衝突して世界が滅びると知った4人の若者が死ぬまでに自分の夢を叶えようとする物語だ。ヴィム・ヴェンダース監督の「夢の涯てまでも」(1991年)を思わせるが、基本的にはチープなコメディーで、荒唐無稽なサイドストーリーが詰め込まれ、先が読めない展開になっている。

 プロデューサーと監督はジャイディープ・チョープラー。通信事業で成功した実業家であり、趣味で映画の製作や監督をしているような人物だ。音楽はファイザーン・フサインとアグネル・ローマン。

 キャストは、ハルシャド・チョープラー、プリヤー・バナルジー、ディヴィエーンドゥ・シャルマー、キクー・シャールダー、ナレーンドラ・ジャー、スプリヤー・カールニク、トム・アルター、ラーフル・ロイ、アショーク・バンティヤー、スシール・パラーシャル、ルベン・イスラーイル、パンカジ・アローラー、ミール・サルワール、レーハーナー・マロートラー、スラビ・スィングワール、テレザ・フィセロヴァなど。

 ウッタル・プラデーシュ州ムラーダーバード在住のサニー・シャーストリー(ディヴィエーンドゥ・シャルマー)は無職だったがずる賢く、天才的な手段で金を作って小遣いにしていた。サニーには3人の友人がいた。アスィーマーナンド、通称アッスィー(キクー・シャールダー)は、新興宗教団体の教祖である父親スワーミー・シュラッダーナンド(アショーク・バンティヤー)の後継者であることに嫌気が指しており、食欲や性欲の煩悩に悩まされていた。実業家の息子ラーフル(ハルシャド・チョープラー)は、父親の決めた許嫁サンディー(レーハーナー・マロートラー)と無理やり結婚させられることを嫌がっていた。ラーフルに片思いをするシータル(プリヤー・バナルジー)は、職場でボス(パンカジ・アローラー)のセクハラに悩んでいた。

 サニー、アッスィー、ラーフル、シータルはある晩、道端で科学者バーマー(トム・アルター)と出会う。バーマーはもうすぐ巨大隕石が地球に衝突するという説を唱えており、四人を自宅に招待する。そこでバーマーは自分が開発した天体観測ソフトを見せるが、隕石が地球に衝突するまでにあと7日しかないことに気付いてショックを受けて死んでしまう。四人は警察を呼び、プラタープ警部補(ナレーンドラ・ジャー)が駆けつける。

 翌朝、プラターブ警部補は四人を警察署に呼びつけ待たせる。夕方、四人は解放される。その夜、彼らはクラブへ行き、酒を飲んで酔っ払う。このクラブにはプラタープ巡査も来ていた。

 翌朝、四人が目を覚ますと、彼らは赤い高級車に乗っていた。しかもトランクの中に多額の現金が入ったバッグを見つける。調べてみると、彼らはマディヤ・プラデーシュ州ティーカムガルにいた。彼らは深く考えず、どうせ地球が滅びるならこの金を使って楽しもうと、ゴアへ向かう。

 途中で立ち寄った村でサニーは略奪結婚の被害に遭い、太った女性と結婚させられてしまう。ラーフルの協力でサニーは脱出に成功し、そのまま逃げ出す。夜になり、途中にあった邸宅で部屋を貸してもらうが、その女主人ラーニー・サーヒバー(スプリヤー・カールニク)はSM趣味があり、アッスィーを性奴隷にしようとする。やはり四人はほうほうの体で逃げ出す。

 ゴアに着いた四人は高級リゾートホテルにチェックインし、エンジョイする。サニーはチェコ人美女イリアナ(テレザ・フィセロヴァ)と仲良くなり、アッスィーはイスラーム教徒女性ラーズィヤー(スラビ・スィングワール)に一目惚れして告白する。ラーフルとシータルも両思いになる。

 だが、サニー、アッスィー、ラーフルは、ゴアを縄張りとするマフィアのドン、デコスタ(ラーフル・ロイ)に捕まってしまう。赤い高級車もバッグの中の現金も彼の物だった。ムラーダーバードのクラブにはデコスタも来ており、手違いからクラブを出た彼らに赤い高級車が渡されたのだった。高級車も現金もなくなっており、彼らは24時間以内に見つけ出すと約束して解放される。その間、シータル、イリアナ、ラーズィヤーは人質に取られてしまった。

 三人は、ゴアに来ていたプラタープ警部補に助けを求める。赤い高級車と現金の入ったバッグはプラタープ警部補が押収していた。デコスタ逮捕のために動いていた彼は、三人に指示し、バッグをデコスタに届けさせる。そして頃合を見計らってデコスタを逮捕する。また、プラタープ警部補は、地球に接近していた巨大隕石は破壊したと伝える。

 7日後に地球が滅びると知ったら何をしたいのか。そんなSF風味の問い掛けと共に始まるこの映画は、スター不在の低予算映画であると分かっていながらも、興味を引かれた。インド人は一体何をするのだろうか。

 主人公は4人いたが、それぞれなかなかぶっ飛んだ設定だった。ラーフルとシータルについてはそれほどユニークではなかったが、サニーとアッスィーは突き抜けている。サニーは、ガミガミうるさい父親が所有するオンボロスクーターのタイヤを勝手に廃品回収屋に売り払い、小遣いを手にする。そして父親には、廃品回収屋からタイヤを買ってくるといって2倍の金をむしり取る。こうして彼は差額を手にする。そんなずる賢い人物だった。彼の夢は白人女性からエロティックなマッサージを受けることだった。アッスィーは、新興宗教団体の教祖をする父親を持ち、禁欲生活を強いられフラストレーションを抱えていた。彼の夢は肉を腹一杯食べることだった。おそらく当初の予定ではラーフルとシータルが主演格だったと思われるが、サニーとアッスィーのハチャメチャ振りの方が面白くなってしまったため、撮影または編集の段階でこの二人に中心が移ったのではないかと思われる。ラーフルとシータルが主体であったらロマンス映画になっていただろうが、サニーとアッスィーが主体になったのでコメディー映画化した。

 主人公の四人は偶然、巨大隕石衝突による地球滅亡説を唱える科学者バーマーと出会い、彼から7日後に地球が滅びると知らされる。しかもクラブで酒を飲んで酔っ払い、目を覚ますとなぜか高級車に乗り大金を手にしていた。どうせあと7日しか生きられないのだからと、家族や日常を放り出し、やりたいことをやろうと決意する。彼らが目的地に選んだのはゴアだった。バンコクも候補に出たがパスポートを持っていなかったし、マナーリーに行ってもよかったが少し遠かった。彼らは人生最後の日々を謳歌するため、ゴアを目指した。

 ただ、監督が未熟であるためか、ストーリーに軸がなく、フラフラしていて心もとない。道中、サニーは何の脈絡もなく略奪結婚の被害に遭い、アッスィーは官能小説「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」(2011年)に感化されたマダムにSMの道具にされそうになる。チープといえばチープだが、どこへ物語が向かうのかよく分からず、それが逆に「この先どうなるんだろう」「結末はどうまとめるんだろう」という緊張感を生んでいた。

 だが、ゴアに着いてからは、実力が露呈し、力尽きてしまった。マフィアのドンが現れ、高級車や大金の謎も解かれるのだが、想像の範囲内であり、興が冷めてしまった。しかもいつの間にか隕石の話が脇に追いやられていた。もうすぐ地球が滅亡するかもしれないという世紀末的な雰囲気で始まったにもかかわらず、この話は、隕石が核ミサイルで破壊されたと言葉で簡単に説明されただけで終わった。なんという尻切れトンボであろうか。

 また、最後にはプラタープ警部補が急にカメラ目線になり、観客に向かって「今日が最後の日だと思って生きろ」と説教をし出す。どこにたどり着くか分からないジェットコースターライドのはずだった映画は、説教で盛り下がって終了するのである。

 ほとんど無名の若手俳優たちが起用されていたが、サニー役のディヴィエーンドゥ・シャルマーとアッスィー役のキクー・シャールダーからは才能を感じた。その後、二人ともそれぞれの路線で一定の成功を収めていくことになる。

 監督の素人臭さは挿入歌やダンスシーンにも見え隠れしていた。一般的なマサーラー映画を意識してストーリーの合間にダンスシーンを入れていたが、既にインド映画のダンスシーンは専門家が作り上げないと観客の視聴に耐えるレベルには到達しなくなっており、低予算映画が無理にダンスシーンを入れると、低予算映画であることがますます強調されてしまう。ダンスシーンはなくてよかったとまではいえないが、もし入れるならばもう少しコストを掛けるべきだった。

 「2016 The End」は、地球滅亡を7日後に控え、悩みを抱えた若者たちが人生あと数日だからと思い切って自分の生きたいように生きようとする物語だ。だが、低予算で作られており、監督も異業種からの参入組で素人臭さが抜けず、ストーリーは不安定である。その不安定さが面白く思える時間帯もあったが、最後で力尽きてしまった。ディヴィエーンドゥ・シャルマーやキクー・シャールダーの奮闘は評価できるが、無理して観る必要はない映画である。


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