Indu Sarkar

4.0

 1975年から77年までインドでは非常事態宣言が発令され、憲法が停止された。インディラー・ガーンディー首相の強権政治が行われ、野党政治家や活動家は投獄され、言論の自由は制限された。また、人口抑制のために、貧困男性たちに対して強制的に「ナスバンディー」と呼ばれる精管切除手術(パイプカット)が行われた。現代においても、国民会議派が批判されるとき、この非常事態宣言時の混乱が揚げ玉に挙げられることは多い。

 2017年7月28日公開の「Indu Sarkar」は、非常事態宣言下のインドを時代背景とした政治ドラマである。監督は、リアリスティックな娯楽映画群で知られるマドゥル・バンダールカル。主演はキールティ・クラーリー。他に、トーター・ロイ・チャウダリー、ニール・ニティン・ムケーシュ、アヌパム・ケール、スプリヤー・ヴィノード、ラシュミー・ジャー、シーバー・チャッダー、マーナヴ・ヴィージ、ザーキル・フサイン、パルヴィーン・ダバスなどが出演している。

 1975年、デリー。インドゥ(キールティ・クラーリー)は吃音障害を抱える女性であった。幸せな結婚生活を夢見ており、役人のナヴィーン・サルカール(トーター・ロイ・チャウダリー)と結婚していた。インディラー・ガーンディー首相(スプリヤー・ヴィノード)によって非常事態宣言が発令され、その息子チーフ(ニール・ニティン・ムケーシュ)がナスバンディーの指揮を執っていた。ナヴィーンは緊急事態宣言をキャリアアップのチャンスと見ていたが、インドゥは抑圧された庶民の声を聞いて、非常事態宣言に疑問を持っていた。

 ある日、デリーのトゥルクマーン・ゲート地域のスラム街の家が強制撤去された。そこに偶然居合わせたインドゥは、人々が警察によって殺されるのを目の当たりにする。また、両親とはぐれた二人の子供を見つけ、家に連れて帰る。ナヴィーンはその子供たちを「ナクサライトの子供」と決め付け、早く追い出すように言いつける。インドゥは子供たちの両親を探して回る内に、反体制派の活動家たちと知り合う。子供たちの両親が警察によって殺されたことを知ったインドゥは、ナヴィーンと喧嘩をし、子供を連れて家を飛び出る。ナヴィーンは彼女に離婚届を送り付け、インドゥもそれに署名をして送り返す。こうして二人の離婚が成立した。ナヴィーンは腹いせに子供たちをインドゥから奪い去る。子供たちは行方知れずとなった。

 インドゥは、反体制活動グループのリーダー、ナーナージー(アヌパム・ケール)と出会い、活動にのめり込んでいく。彼らは外国の代表が集まる集会で反体制のチラシを配り、世間を騒がす。インドゥはナーナージーを助け、自身が逮捕される。逮捕された活動家たちは、政治犯ではなく犯罪者として投獄された。

 1977年、非常事態宣言が解除され、インドゥたちも釈放された。インドゥは子供たちと再会し、新たな人生を始めることを誓う。

 2014年にインド人民党(BJP)が中央で政権を樹立して以来、アンチ国民会議派の映画がこぞって作られるようになった。マドゥル・バンダールカル監督の「Indu Sarkar」も、国民会議派の過去の汚点である非常事態宣言を取り上げており、インディラー・ガーンディー首相の独裁政治を断罪している。ニール・ニティン・ムケーシュが「チーフ」と呼ばれる政治家を演じていたが、彼はガーンディー首相の愛息子サンジャイ・ガーンディーであることは誰の目から見ても明らかだ。登場人物の中には、非常事態宣言を好意的に受け止める者もいた。憲法が停止され、人々の人権が保障されなくなったのをいいことに、矢継ぎ早に改革を進めようとする人々がいた。主人公インドゥの夫ナヴィーンも、非常事態宣言を出世のチャンスと見ていた。

 インドゥはごく普通の女性だった。普通ではないところがあるとすれば、孤児であったことと、吃音障害を抱えていたことだ。ナヴィーンと結婚し、幸せな結婚生活を送っていたが、非常事態宣言が発令されたことで彼女の生活は一変し、反体制活動に飛び込んで行くことになる。きっかけとなったのは、強制撤去されつつあるスラム街の中で見つけた2人の子供であった。その子供を守りたいという気持ちから、非常事態宣言に立ち向かうようになって行く。

 反体制運動も一枚岩ではなかった。アヌパム・ケール演じるナーナージーは非暴力の抵抗運動をしていたが、彼の同志の中には、そんな生ぬるい方法では革命は起こせないと考える者もいた。そして、ナーナージーから離れ、暴力を使った革命の道を模索する。だが、インドゥは最後までナーナージーに付き従う。

 体制の中にもナーナージーのシンパがいた。マーナヴ・ヴィージ演じるソーディー警部補もその一人であった。インドゥが逮捕され、拷問を受けているのを見て、彼は辞職する。また、インドゥの夫ナヴィーンも、元妻のインドゥが反体制運動の活動家になってしまったことで職場で冷遇され、非常事態宣言を敵視するようになる。そして、インドゥ宛てに謝罪の手紙をしたためて自殺する。

 全体としては非常事態宣言への批判が込められていたが、インドゥという一般人女性を主人公にし、非常事態宣言解除により釈放されたシーンを結末にしていたことで、映画のメッセージが少しぼやけてしまっていたようにも感じた。時代に翻弄された一人の女性の物語ということであろうが、もっと主張を絞った方がまとまった映画になっていたように感じる。

 それでも、マドゥル・バンダールカル監督の成熟が見られた映画だった。彼のこれまでの作品は、アイデア勝負のきらいがあった。従来のヒンディー語映画があまり取り上げて来なかったような主題を映画にして話題にはなっていたが、映画の作りについては必ずしも最上位の腕を持っている訳ではなかった。しかし、「Indu Sarkar」では、今までになく落ち着いた展開を最初から最後まで守っており、一段上の監督に成長したのを感じた。

 主演キールティ・クラーリーは、「Pink」(2016年)などで注目を浴びた女優であり、この「Indu Sarkar」では主演を勝ち取っている。吃音障害の女性をかなり自然体で演じ切っている他、拷問を受けるシーンなどもあって、かなり体当たりの演技をしていた。今後の成長が見込まれる女優である。

 チーフを演じていたニール・ニティン・ムケーシュは、サンジャイ・ガーンディーにかなり似せたメイクをしており、誰だか分からなかった。母親の権威を後ろ盾にして政治家や官僚を強引に従わせていくところは、かなり本人を意識している。

 「Indu Sarkar」は、リアリズムとエンターテインメントを融合させた作風で知られるマドゥル・バンダールカル監督が作った政治ドラマである。一般人女性の視点から、1975-77年の非常事態宣言が語られている。もちろん、非常事態宣言にはアンチの立場である。国民会議派の支持者たちは映画の公開差し止めを求めて裁判を起こしたが却下され、映画はそのまま公開された。これが公開できたのも、BJPが中央の政権を握っているからであろう。